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臆病な魔法使いは、小学部で静かに暮らしたい ――なのに気づけば仲間たちと笑っていた  作者: 南山


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35/191

第35話  1センチの風

第35話です。

できなかったことが、できるようになる。

それだけで、世界は少し広がるのかもしれません。      

―たくさんのアプリコット―



アプリコットは思った以上に量があった。

「これ、全部やるの?……」

「文句言わないの。売ったんだから責任持つのよ.

その代わり、美味しく出来たらちゃんと食べさせてあげるから」

母さんの一声で、作業開始。


レオは種を外し、ガイルは蜂蜜を持ち上げてうなる。

「重っ……! なんで砂糖じゃねえんだよ」

「砂糖は貴重品なの。うちは蜂蜜多め」

「覚えて帰って、母ちゃんにやってもらう!」

「レオ。あんたんちのお母さんの方が上手よ、きっと」

「俺は自分ちの母ちゃん信じてるぜ」

「ガイルは自分でやる気ないだろ」

「だってさあ!」

笑いが転がる。

ジャックはもう半分飽きている。




    ―針に糸を通すみたいに―



ドライアプリコット用のざるが並ぶ。

母さんが言う。

「風で少し乾かせると楽よ。でもね――」

ちらり、とオリバーを見る。

レオが物知り顔で言う。

「姉ちゃんがさ、細かい風魔法は『針に糸を通す』ようにやるって言ってたぜ。俺は裁縫しないからわかんないけど。」

…こっちだって、やってないよ。


それでも、やってみる。


細く。まっすぐ。

アプリコットにだけ。


集中する。


あと少し――


「お、なんか涼しい」

ガイルがぬっと横に入る。

「いいきもちー」


その瞬間。


びゅおっ。


強くなりすぎた風がざるをあおる。

「うわっ!」

半乾きのアプリコットが庭に散る。

ジャックとジュニアが突撃。

いくつか持っていかれた。

「待てー!」

「ちょっとぉー!」

母さんの声と笑いが混じる。


レオがざるを拾いながら言う。

「だから力が荒いって」


オリバーは黙る。


できなかった。


また。





   ―やり直し―



庭を片づけて、もう一度。


「失敗して覚えるのよ」

母さんは怒っていない。

「風は目に見えないから難しいの」


レオが、そっと土を盛る。


簡単な壁。

風が逃げないように。


ガイルは今度こそ真面目に蜂蜜を混ぜる。

「今度は邪魔しねえ」


ジャックは……たぶん草を千切っている。


夕方なのに汗ばむ。

夏草は、もう少し固い。


オリバーは深く息を吸う。


細く。まっすぐ。


今度は、ざるは揺れない。


アプリコットの表面だけが、静かに揺れる。


風が、通る。


ちゃんと、届く。


「……うん。今のは上手」

母さんがぽつりと言う。


大きな声じゃない。

でも、聞こえた。


レオが横目で見る。

「方向はいいんだよ、お前」


ガイルは寝転がる。

「真面目だなあ」


オリバーは何も言わない。

でも、胸の奥が、ほんの少しだけ軽い。


昨日できなかったことが、今日できた。


大袈裟じゃない。


世界が変わったわけでもない。


けれど――


自分の中の何かが、

1センチだけ、広がった気がした。


ざるを壁ぎわに立てかける。


風はもう、乱れていない。


静かに、アプリコットの上を過ぎていった。






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