第3話 風が吹いた
庭でジャックと遊んでいた時のことだ。
ジャックがつまずいて転ぶ。
よくあることだけど、毎度ヒヤッとする。
今もそうだ。
「あーー!」
まだ地面に膝も手もついていない、その瞬間――
空気が、変わった。
ひんやりと、冷たくなる。
風が起きた。理由は分からない。
ただ、体の奥で「助けたい」と思っただけだった。
その瞬間、小さな風の渦が足元から広がる。
ジャックの体を、わずかに持ち上げるように。
――ドサッ。
転びはしたものの、泣かなかった。
膝にうっすらと擦り傷ができただけだ。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとだけ。クッションがあったみたいなの」
そう言って、ジャックはもう走り出していた。
……クッション?
オリバーの心臓が、大きく跳ねた。
これが――魔法なのか。
⸻
翌日、教室。
窓から風が差し込む。
なんとなく、昨日のことを思い出していた。
あれは、なんだったのだろう。
「……ん?」
そのとき。
風が、不自然に流れた。
オリバーの背中を、すり抜ける。
次の瞬間――
教科書のページが、一斉にめくれた。
パラパラと、乾いた音が教室に広がる。
「なあにこれ?」
「風だよ。窓、開きすぎてたんじゃない?」
周囲の子どもたちは気づかず、ざわざわと席に戻っていく。
けれど。
隣のレオだけが、違った。
教室ではなく、オリバーを見ている。
「なあ。今の……風、変じゃなかった?」
その言葉に、オリバーはうつむいた。
言えない。
自分でも、分かっていない。
ただ――怖い。
胸の奥を、冷たいものが締めつける。
――小さな出来事なのに。
魔法は、もう自分の中で暴れている。
オリバーは顔を背け、強く掌を握った。
「どうして……私のせいじゃない」
机の端を、ぎゅっとつかむ。
「おやおや。窓を少し閉めましょう」
ノア先生の声に、オリバーは顔を上げた。
黒板を見る。
大丈夫。
何も起きていない。
何も、なかった。
――そう思い込むことにした。
けれど。
何事もなく過ごしたいのに。
その願いは、少しずつ遠ざかっている気がした。




