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9話「ぼったくりのツボ」


 神官の態度がガラっと硬化した。


「非常に強い呪いです。このままでは数日以内に腐り果てるでしょうな。さすれば、もはや切断よりほかに処置はないでしょう」



 横からクスクスとウサギの笑い声が聞こえてきた。



『腕切られたらもう鍛冶師は廃業じゃな。あ、まだ開業もしとらんかったか!』


「うるさいだまれ!」


「は? なんですと?」



 やべっ、つい声を。


 ばっちり勘違いした神官の態度がさらに硬化してしまった。


 いや、まあ心の声的には、あながち勘違いともいえないか……。


 呪いうんぬんはともかく、このままだと切断の未来が待っているのは同じことだろう。



 わたしはお願いして治療術を受けることにした。


 不敬な態度にヘソを曲げていた神官だけど、さすがに公衆の面前で治癒術を拒否したりはしなかった。


 治癒術そのものは驚異の体験だった。


 さっきまでグズグズになっていた傷が、温かな白い光につつまれたと思ったらすぐに癒えてしまったのだ。


 傷跡も残らず、まるで最初から傷などなかったかのように。


 すげえ、治癒術マジすげえ!!!


 問題はそのあと。

 料金を払う段になってからだ。



「ンンッ!」



 わたしが財布から銅貨を取りだすと、神官はおおげさに咳払いしてみせた。


 それじゃない、ってことかな?


 お布施はお気持ちで……なーんて言ってたのに。

 銀貨1枚ならどうだろうか?



「ンンンッ!」



 これもちがうらしい。


 なら、銀貨3枚?



「ン! ンンンンッ!」



 まだダメか……5枚では?



「ンンッッ! ンンンンンンンッッッ!!!!」



 なんかもう車のエンジン音みたいになってるし……いくらなのかはっきり言ってくれればいいのに……。


 結局、銀貨10枚がお気持ちとやらの値段だった。


 銀貨10枚は大打撃だ。

 たけえ、この世界の医療費マジでたけえ……。


 ちなみにワグネリア工房でわたしがもらう予定だった賃金は、週給銅貨2枚。

 逃げたから当然もらえないけど。


 銅貨10枚が銀貨1枚と等価である。


 つまり、治癒術1発で、鍛冶見習いの50週ぶんの給料が消し飛んだわけだ。


 一年間あのクソみたいなパワハラブラック労働に耐えることと、治癒術1発が等価なのだ。



「わたし、神官を目指すべきなのでは……?」


「むりじゃろ。おぬしみたいな不信心者が神の恩寵を得られるとは思えん」


「たしかに……」



 わたしは信者用の長椅子で長いあいだ頭を抱えていた。

 巫女服を売って手に入れた財産が半分吹っ飛んでしまい、今後が不安でしょうがなくなってきたのだ。


 なんかもうHPが半分以下になった気分。

 知らない土地では、持ち金はHPと同じ意味があるんだな……。


 工房から逃げたのは早まったかも……?



『こんなクソ職場辞めてやらぁ!!!』



 などとワグネリア親方に宣言して辞めたわけじゃないから、今からでもしれっと戻れないかな?

 いや、ムリか!


 何十人だか何百人だかわからないけど、大勢の弟子の頂点に立つ一番弟子にヤキ入れちまったんだから戻れるわけがない……。


 というかヘタすりゃ捕まる。


 そんなふうに後悔していたとき。



「あっれー、もしかしておねえさん?」



 どこかで聞いたことのある声がした。


 顔を上げると、赤髪の少女がわたしの顔を覗きこんでいた。

 冒険者エリンだ。


 ああ、命の恩人様……神々しいよ……。



「たしか、ヨシノさん? だよねー?」


「あぁ、そうです。ひさしぶり……」


「すぐ気づいたよ。この街に黒髪なんて1人しかいないから」



 1人はさすがに言いすぎでは、と思ったけど、そういえば街に来てから1人も見てない。

 目立つのはなんか嫌だな。



「ヨシノさんも治癒術? けっこう深かったもんねーあの傷」


「ほっといたら悪化しちゃって……エリンちゃんも?」


「エリンでいいよー」


「じゃあ、エリンも治癒術を?」


「うんそう! またケガしたっ!!」



 元気いっぱいに言うことかね……。


 病院、じゃなくて神殿でこんなに元気なひとは他にいない。

 ケガ人や病人はいまのわたしみたいにしんみりしているものだ。


 まあ、わたしがいま落ちこんでるのはケガが原因じゃないけど。



「あたしそそっかしいからさー、冒険にでると毎回どこかケガしちゃうんだよねー。お父さんにもいつも心配かけちゃって、冒険者やめろーってすぐ言われるんだ。過保護だよねー」



 それは、そそっかしいから、だけじゃないと思う。


 見ず知らずの人間を助けるために迷うことなく体を張っていれば、ケガが多くなるのは必然だろう。


 なんていい子……。

 そりゃあ親御さんも心配になるて……。


 …………ん?

 ケガが多い?


 あやうく聞き流すところだったけど、それは聞き捨てならない。



「ち、治療費は? 払えてるの?」


「あー高いよねー、治癒術。わかるわかる。せっかくの依頼報酬がパーになっちゃうこともあるもん。なかなか武具を新調できなくて困るよー」


「報酬がパーになるって、その程度で済むの???」



 こっちは年収分が一瞬で吹っ飛んだんだが。


 ひょっとして、冒険者って儲かるのか?

 わたしが目指すべきは冒険者か?


 いやー急に思い出したけど、わたしって昔から冒険者に憧れてたんだよなー。

 とくに、酒場に入り浸ってるだけなのに生活できてそうなところとか。



「ちょっと傷を治してもらうだけで銅貨5枚はボリすぎだよねー。っと、神官に聞かれたらまずい」


「銅貨……5枚?」


「うん。銅貨5枚」



 ちょっと待て話がちげえぞ。

 わたしが銀貨10枚請求されたことを話すと、



「えーっ!!! なにそれ、高すぎ!」



 と、エリンは驚いた。



「あたしもそこまで詳しくないけど、腐肉狼に呪いの力があるって聞いたことないけどなぁ」



 だって呪いじゃなくて感染症だからね!


 ぼったくられた……あの野郎……白衣を着たペテン師め……。

 おのれセヌアス・カイシン、きさまの名は覚えたぞ。

 絶対に忘れん。


 ちなみに治癒術へのお布施を払えなかったらどうなるのか聞いてみた。



「ふつうに借金だよー。りし? ってやつもつくしねー。冒険者なら神殿の依頼をしばらくタダで引き受けることになったり」



 神様、この世界には医療保険が必要です。



「なんなのじゃ?」



 そっちじゃなくて。


 そういえば昔、おじいちゃんが重病を患ったとき、親族が顔を合わせればお金の話ばかりしていた。

 どこの世界でも医療費というのは負担が大きいものなのかもしれない。


 シスターっぽい女性職員にお布施を返還してもらえないか聞いてみた。

 念のためにね。



「まあ、なんという罰当たりなことをおっしゃるのですか……!?」



 と、引きつった顔をされた。

 周りの信徒さんもドン引きしてた。


 はいはいわかってるよ。

 宗教関連でツボに消えたお金が返ってこないってことは……。


 どうしよう。


 あの金は店舗や工房を借りる資金にするつもりだったのに……。

 体調はよくなったけど、ここに来たときよりも気分は重い。


 しょんぼりして神殿から出ようとすると、エリンがまた声をかけてきた。



「ヨシノさん、うちにおいでよ!」



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