4話「城塞都市ミルトン2」
ミルトンの街をぶらついた。
ウサギは人がいても気にせず話しかけてくる。
返事はできないから適当にうなずいて返す。
しゃべるウサギを見ても街の住民は反応しないから、どうやらウサギの声はわたしにしか聞こえないようだ。
たまに物珍しそうな視線を向けてくるひとはいるけれど、すぐに関心を失う。
珍しいペットを連れているな、程度の関心だったのだろう。
わたしだってハクビシンを連れているひとがいたら珍しがるだろうし。
もしかしたら「しゃべるウサギ」が当たり前に存在する世界なのかもしれないと思ったけど、ウサギがそれを否定した。
「この世界に兎はおらん。似た種は存在するが、低知能の下等な畜生どもなのじゃ」
ひとのこと言えないけど、口悪いなこいつ。
そんなわけでウサギの存在はとくに問題にならないらしい。
どちらかというと、巫女服を着ているわたしのほうが問題だ。
露出狂なら大喜びしそうなくらい視線を集めている。
そりゃ目立つよなぁ。
西洋ファンタジーのコスプレ大会に巫女服で乱入したら。
この恥ずかしさ、高校の文化祭でメイドコスやらされたのを思いだす……。
…………。
回想はしない。
したくもない。
賑わっている方向へなんとなく歩いていたら、街の中心部らしき場所についた。
ここは市場らしい。
昼下がりの市場には多くの客がつめかけ、活気があって賑やかだ。
この世界にはスーパーやコンビニなんて当然ないだろうから、多くの露店や屋台が立ち並び、さまざまな物品が売られている。
形が崩れた野菜。
すこし臭う肉や魚。
新鮮とは言いがたい果物。
そのほか日用品や衣類や装飾品などに混じって真贋のよくわからない宝飾品なんかも並べられている。
うーん、戦後の闇市にしか見えない。
客の手から商人の手へ、商人の手から客の手へと渡っていく銅貨を眺めているうちに、わたしは自分が困った状況にあることに気づいた。
銅貨が存在するということは、貨幣経済が存在するということだ。
つまり。
お金がない。
『鍛冶の神』スキルにどんなにすごい能力があるにしても、料理を出せるわけじゃないだろうし、先立つものがないと街ではなにもできそうにない。
ここで暮らしていくなら、鍛冶屋をやるのが手っ取り早く生活する近道なのだろうけど、そのためにはまず店舗を借りたり道具をそろえたりしなきゃいけない。
それには当然お金がかかるだろう。
いや、それ以前の問題で、そもそも今夜の宿賃すらない。
いくら田舎育ちでも魔物やアウトローがうろうろしている世界で野宿するのはあまりにもリスキー。
まあ文明社会で生きていたときにも野宿なんてしたことないけど。
カネだ。
結局どこにいてもカネだ。
「ウサギ、ログインボーナスちょうだい」
「唐突になんなのじゃ?」
「お金ちょうだい。初心者応援期間限定ボーナス! とかあるんでしょ?」
「なんじゃそれは。あるわけなかろう。サ終間際のゲームではあるまいし」
「えー。スキルをリセマラさせてくれなかったんだから、当面の生活費くらいくれてもいいじゃん」
「ちゅーか、ほれ、このナリで金なんぞもってると思うか?」
ウサギは短い手足を目いっぱい広げてバタバタした。
うーん、食中毒で苦しんでる小動物にしか見えない。
使えない神さまだ……。
まあ、文句を言っても状況がよくなるわけじゃない。
すぐにお金が工面する必要がある。
せっかく便利スキルがあるんだから、これを使って稼ぐのが近道ではあるんだろう。
だけど、壊れた武具を直したがっている冒険者がそうそう都合よく見つかるわけもないだろう。
鍛冶スキルで稼ぐのは、今は現実的じゃない。
だから、わたしはちょっと思いついたことを試してみることにした。
さっきから観察していると、街の住民たちの衣服のレベルは中世クオリティだとわかった。
素材にしても縫製にしても粗雑。
元文明人の目からだと、申し訳ないけど「ボロ服」に見える。
市場で取引されている布についても同レベルだ。
ちょっとさわらせてもらったけれど、黄ばんでるしヤスリみたいにゴワゴワしていて肌が切れそうだった。
それに比べてわたしが着ている巫女服は、TPOはともかく、素材は一級品と言っていい。
TPOはともかく……。
滑らかですべすべした質感、均一性が高く解れひとつない糸。
元の世界でもいい値で取引されそうなほど質が高い。
これならそれなりの値段がついてもいいはずだ。
できるだけ高く売りたいので、屋台ではなく、ちゃんと店舗を構えている路面店を選びたい。
店を何軒も回って、表に「ゴンドのよろずや」と看板がある店に目を付けた。
店主の名前っぽいのが店名に入っているのがいい。
自分の名前を屋号にしているということは、信用される商売をしている可能性が高い。
店に入った。
店内には雑多な商品が並べられていて、ラッキーなことに衣類や布類も取り扱っている。
伊達によろず屋を名乗ってない。
わたしが商品を眺めていると、中年の男性がじろじろと遠慮のない視線をむけてきた。
たぶん店主だろう。
「なんのご用で?」
「この服、売りたいんですけど」
「ほう。ずいぶん汚れてますねえ。生地の発色はいいが……なッ?」
頭のおかしな紅白女などすぐに追っ払おう、とでも思っていたにちがいない店主の顔が豹変した。
シュバババっとにじり寄ってくると、目の色を変えて巫女服を子細に観察しはじめる。
観察、というよりは鑑定?
しばらく「見事……」とか「なんと!」とか、感嘆の声を漏らしていたと思ったら、服に触れる許可を求めてきた。
肌ざわりをじかに確かめたいのだろう。
よかった、どうやらこの店主の目利きはまとものようだ。
―――
そんなわけで、わたしは無事、20枚もの銀貨がずっしりつまった布袋を手に入れた。
いちおう百円玉も銀貨のはずだけど、それより重い気がする。
銀の純度のちがいが原因かもしれない。
これが唯一にして最後の手段だったので、ほっと胸をなでおろす。
替えの衣服を手に入れても十分にお釣りはでた。
正直、この世界の布地や繊維の相場はさっぱりわからないし、ぼったくられた可能性はある。
だけど、あの店主はそんなに悪い人間には見えなかった。
それに、わたしが今手にしているのが銅貨ではなく、銀貨というのもいい判断材料だ。
店主がちゃんと巫女服の価値を評価してくれた証拠じゃないだろうか?
そういうことにしておこう。
ゴンドのよろずやを出ると、もう夕暮れ時だった。
いろいろあって疲れた。
わたしはゴンドに紹介された近所の宿屋で部屋を取り、ベッドに倒れこんだ。
この部屋は一晩に銅貨が2枚だ。
銅貨10枚で銀貨1枚と等価らしいので、やっぱり巫女服はかなり高く売れたことになる。
懐には余裕ができたけど、しょせん一度っきりの金策にすぎない。
明日からは、鍛冶師としての活動をさっそくはじめないと……と思いながらもすぐにわたしの意識は枕に沈みこんでいった。
カネ……カネ……カネ……。