2話「冒険者と出会う」
気がつくと森の中にいた。
もう転生が終わったのか……。
なんか急がれてるなぁ、いろいろと。
森は鬱蒼と茂っているけど、かすかに木漏れ日が差し込んでいるから昼間のようだ。
見慣れた樹木、見慣れた草むら、嗅ぎなれた土の匂い。
よく見慣れた森の風景が広がっているので、今のところ異世界っぽさは感じない。
「なんか実家の庭みたいなんだけど……っ!?」
と思ったら、いた。
草むらの陰から黒い獣が姿を現したのだ。
黒い毛皮、血走った眼、口からはみ出るほど長い牙。
一瞬、大型犬かと思った。
だけど違う。
足が6本ある。
魔物だ。
「ゴルルウルルルルルァ!!!!!」
ものすごい吠え声。
魔物がこっちに走りだした。
あれがなんなのかわからないけど、肉食獣であることは疑いようがない。
そしてこの場合、捕食対象は……?
逃げなきゃ!
わたしは慌てて走りだそうとしたけど、振り向いたときに足がもつれてしまった。
ずざっと顔面から地面に倒れこむ。
あ、やべ……。
顔を上げると、大口を開けた魔物の鋭い牙が目の前に見えた。
嘘でしょ???
転生してまだ1分もたってないのに。
もう死ぬの……???
咄嗟に手を前に出して首を守った。
直後、鋭い痛み。
牙が肉に食いこんでくる嫌な感覚。
噛みつかれた腕がすごい力で引っ張られる。
わたしは抵抗できずに地面を引きずられてしまう。
「痛い痛い痛いっ!!! やめておねがい!!!」
引きずられながら叫んでいたら、ふっと痛みが消えた。
なんで離したんだろう……?
まさか言葉が通じたとか?
そんなわけがない。
疑問の答えはすぐに出た。
魔物はもう1度噛みつきなおそうとしていたのだ。
首に。
死ぬっ。
「でりゃあ!!!」
今にもわたしの首を掻っ切ろうとしていた牙が、その頭ごとなにかに殴り飛ばされた。
黒い獣は何度か地面を転がってから立ち直り、自分を殴りつけた人物に怒りの目を向ける。
剣と盾、それに鎧。
まんまファンタジーの女性戦士がそこにいた。
女性戦士と魔物はすぐに激しい戦いを始めた。
女性戦士が獣の攻撃を盾でガード。
そのまま盾で押し返しつつ、体勢を崩した魔物を剣で突く。
魔物は警戒するようにいったん距離を取った。
けっこういい感じでは?
素人目にも女性戦士が優勢に見える。
「おねーさん、だいじょうぶ?」
「あ、はい……なんとか」
「待っててねー。こんなザコ、すぐ片付けるからっ!」
なんて勇ましい言葉。
その凛々しいお姿、これは間違いなく勇者様。
どうやら死なずに済みそう……。
しかし、それは早計だったようだ。
草むらから新たに2匹の魔物が現れたのだ。
女性戦士は目の前の1匹に集中していて、新手にまったく気づいていない。
「危な――」
わたしが警告するよりも早く、新手の魔物たちは横手から女性戦士に襲いかかった。
「いっくよーーー! な、どこから?? ちょわわわ???」
あっという間に女性戦士は3匹にもみくちゃにされてしまった。
地面で激しく絡み合う1人と3匹。
えっ……?
これって、どういう状況?
もしかして、助けないとあの人死んじゃうのでは?
わたしがあわてて立ち上がったとき。
女性戦士にまとわりついていた1匹の頭に矢が突き立った。
その魔物が声もなく倒れる。
仲間が倒れたことに警戒して、他の2匹は跳び退った。
すると、1匹が突然炎上した。
肉の焦げる匂いが漂う。
最後の1匹は微塵も迷わず逃げだした。
「逃がすな! 全部倒すぞ!」
「わ、わかってます……!」
たたた、と走ってきた2人の女性がそのまま駆け抜けて、森の奥へ逃げた魔物を追っていった。
残されたのは2匹の死体とわたしと……。
地面に横たわっている女性戦士。
あの人は命の恩人だ。
身を挺してわたしを守ってくれたのに、あっさり食い殺されてしまった。
なんて恐ろしい世界。
ウサギが「インフェルノなところ」って言ってたけど、こういうことだったんだ……。
「ふぁーっ!! 死ぬかと思ったーーー!」
ガバっと女性戦士が身を起こした。
そのまま勢いよく立ち上がると、元気そうに駆け寄ってくる。
「おねーさんだいじょうぶ? ケガしてないー?」
と、軽い感じで質問してきた本人がダバダバ流血している。
革製の鎧がずたずたに引き裂かれ、そこらじゅうに引っかき傷や噛み傷がある。
だけど、本人には気にする様子がない。
「あたしエリン。あっ、やっぱケガしてるじゃん! 痛くない?」
「わたしは、はい。あの、むしろ、だいじょうぶですか……?」
「あーこれ? またやっちゃったよー。帰ったら鍛冶屋で直してもらわないとー。はぁーまた鍛冶料が……」
いや、そっちじゃなくて!
たしかに鎧もボロボロだけれども!
どう見てもわたしよりエリンのほうが重傷なのに、エリンはわたし(と鎧)の心配をしている。
あらためて見るとエリンはわたしより若い。
少女といってもいい年齢だろう。
変わってるけど、いい子だな。
そのとき、突然声が聞こえた。
『触るのじゃ』
「?」
『その娘の鎧に触るのじゃ』
わたしはエリンを見た。
違う、エリンは話していない。
だいたい声が違う。
この声は……さっきの神様、ウサギの声だ。
『なにもたもたしとるんじゃ。とろいのう。はよ触れ! 最速で恩返しするチャンスじゃぞ!』
恩返し。
それなら……。
わたしは声に導かれるように、エリンの壊れた革鎧に手を触れた。
すると、一瞬光ったと思ったら、革鎧が直った。
まるでさっきの戦いがなかったかのように。
完全に直っていた。
「えっ、すごい!!! なにそれ!?」
エリンが驚いたが、わたしはもっと驚いた。
「おねーさん鍛冶師だったんだ! 神鍛冶師だったんだ! ねーみんなー、このおねーさん神だよー!」
と、エリンは向こうから戻ってくる仲間のところへ駆けていった。
なにやら仲間に興奮気味に話しながらこっちを指さし、コミカルに手足を動かしている。
とても全身ケガだらけとは思えない。
なんなら今も出血してるのに。
わたしは呆然と自分の手を見下ろした。
触った。
触っただけだ。
ただ触っただけで、ボロボロの鎧が直ってしまった。
「それが『鍛冶の神』スキルのアビリティの1つ『上位修復』なのじゃ」
さっきの声がしたので地面を見た。
白い小動物……ウサギがこっちを見上げていた。
いや、見上げるというより、心なしか睨んでいるような……。
「わしから盗った神スキルじゃ。ドロボーめ。せいぜいありがたく使うんじゃな!」
それで気づいた。
このウサギはあの神さまのウサギだ。
そして、わたしが今使った力はウサギから移されたものなのだ。
これが、わたしに与えられた神スキル……。
……こんなのが?
「感動して言葉も出ないか。そうじゃろそうじゃろ! わしの力はすごいからのう!」
「いや、なんかチート感なくてしょぼいなって」
「しょぼ、なにをぬかすか!?」
「だって壊れた防具直しただけでしょ。ふつうじゃん。なんなら雑用スキルじゃん」
死にかけたときになんの役にも立たなかったし。
エリンが助けてくれなきゃとっくに死んでたし。
「ぐぬぬぬ……かやせ! いらぬならかやせ!」
「いいよ。わたしを元の世界に返してくれたらね」
「それができたらこのような場所で小動物やっとらんわ!」
ウサギが後ろ足をばたばたさせた。
地団太を踏んでいるつもりのようだ。
ちょっとかわいい。
「今に見ておるのじゃ! わしの真の力を見せてほえ面かかせてやるからのう!」
「はいはい」
そんなわけで、わたしは冒険者と出会ったのである。