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異世界拷問  作者: よねり
第三章 リッサの鉄棺
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「起きろ、朝だぞ」

 やかましい声に、アロイスは目を覚ました。まだあの甘い香りが体に残っている。

「事件の聞き込みに行くんだろ。さっさと起きろ」

 朝早くから家にやってきたマヌの声に、グレーザが不機嫌そうな顔で起き上がった。無言でアロイスを睨みつけている。昨晩のうちに彼には説明をしたが、グレーザは憮然とした表情で、抗議の目だけをアロイスに向けた。何を言ってもアロイスは考えを曲げないということがわかっているのだ。それに加えて、どういうわけかグレーザはアロイスに従順である。恐らく、秘密警察の気質なのだろう。祖国でもそうであったように思う。はっきりと秘密警察であるという人間を知らないが、それらしい人間と話したときに同じ印象を持った覚えがある。

「この女が捜査を手伝ってくれるそうだ」

 まるで言い訳のようだった。グレーザは何も答えなかった。

「早速行こう」

 マヌはハツラツとしている。朝から阿片でも吸ってきたのだろう。

 村に出ると、マヌは村人によく声をかけられた。声をかけてくるのは、もっぱら「首輪付き」ばかりだったが。

 この村では犬のような扱いをされている村人はいなかった。その代わり、所有者の自己顕示欲のためだろうか、他の村には見られないような、主張の強い首輪が多かった。

 マヌは村人たちに殺人事件のことを尋ねるが、一つも有意義な答えは返って来なかった。

「俺達に許されてるのは、家と畑の往復だけだからな」

 確かに、彼らが奴隷だとするならば、彼らの言い分は最もだ。

「よく思い出してみてよ。何でも良いんだ」

 マヌは必死に食い下がるが、奴隷たちは微塵も頭を働かせる気配もなく答える。

「そんなこたぁわかんねえ。第一、そんなことを覚えていて俺に何の得があるってんだ」

 奴隷たちを奴隷たらしめる奴隷根性は、魂までも蝕む。世界が変わっても、それは変わらない。

「司令部の仕事をしている人間はいないのか」

 声をかけたのがもう何人目か数えるのも面倒になった頃、アロイスは言った。あの粗末な建物を司令部、と呼ぶのは噴飯物だが、思い返してみれば終戦直前の我が軍も大差ない状態だった。

 モニトル程度、内部に詳しい人間がいれば、情報を吐かせてやるのに――いっそ、拉致してこようかとアロイスは考えていた。

 マヌは気まずそうな顔を伏せた。葉っぱの効果がなくなったのだろう。先程までの調子と全く違って、おとなしい家猫のような雰囲気だ。

「お困りですかぁ」

 期待はずれのマヌを連れて、事件現場である役人の家の近くをうろついていると、聞き覚えのある声がした。

「貴様は……」

 振り返ると入国してからここまでアロイスとグレーザを連れてきた門番のシルムだった。彼は同僚を殺して捨てたのに、どうしてこんな場所に堂々といるのか。無罪放免となったのだろうか。

「捕まっているものだと思ったぞ」

 シルムは笑う。

「俺が捕まる理由なんてありませんよぉ」

 まるで同僚を殺したことをなかったことにしたみたいに、シルムはシシシと笑う。立ち上がった髪の毛がやわらかそうに揺れる。罪悪感のようなものを一切感じていない様子だ。

「それで、門番がどうしてこんなところにいる」

 ここは国境から離れた村である。彼と一緒に、国境の門からずいぶん歩いたのを覚えている。

「俺の先輩が行方不明になりましてねえ。その人の代わりに急遽こちらに呼ばれたんですよ」

 行方不明、だと――?

 アロイスの眉がピクリと跳ね上がった。自分で殺しておきながら、何を言っているんだ。もしかして、自分が殺したことを覚えていないのだろうか。

「今日は少年はご一緒じゃないんですかぁ。もう死んじゃいました?」

 シルムは無邪気に尋ねる。グレーザのことだろう。彼は薬物をやっている雰囲気はない。単純におかしい人間なのだ。こういう人間が、拷問を学びたいと言ってくることがよくあった。しかし、こういった類の人間は拷問に向いていない。拷問とは、手段であって目的ではないのだ。往々にして、こういう輩はやりすぎて意味もなく虐殺してしまう。拷問とは、むしろ高度な知能を持った普通の人間のほうが向いているのだ。

「こちらはマヌ。私の監視係だ。この男はシルム。門番で私とグレーザが入国したときにここまで連れてきた男だ」

 マヌが何か言いたげに見ていることに気付いて、アロイスは嫌々彼を紹介した。

「今は司令部の衛兵やってまーす」

 衛兵とは名ばかりだ。汚れた革の鎧を着ていて、刃物や長物を持っているだけのチンピラである。しかし、衛兵のくせに司令部から離れて何をやっているのだろうか。彼のことだから、特段何の目的もないのだろうが。

 司令部の、と聞いた瞬間、マヌが真顔になった。初対面の相手だからか、と思ったが、アロイスと初めて対峙したときとは空気感が違いすぎる。緊張しているのだろうか。

 アロイスと初めてあったときのマヌは、今にも喉元を食いちぎろうとする犬のようだった。今は、厳しい表情こそしているが殺気が無い。

「我々は司令部の役人が殺された件で調査をしている。何か知っていることがあったら喋ってもらおう。まあ、着任したばかりの貴殿に知っていることなど……」

「ああ、その件なら知っていますよぉ」

 あっけらかんとしてシルムが答える。

「何だと」

 アロイスの眉毛がピクリと跳ねる。

「え、だめでした?」

「知っていることをすべて話せ」

「えーどうしよっかなあ」

 シルムがとぼけた顔をする。本来ならば、こんな得体のしれない男とはさっさと別れてたいところだが、今は藁にもすがる想いである。

「でも、まあ、いっかあ。そっちのほうが面白そうだもんな。うんうん」

 アロイスがまだ何も言わないうちからシルムはなにか一人で納得したようだった。

「殺された人、たぶん自分が殺されると思ってなかったと思うんですよねぇ」

「どういうことだ」

 アロイスが尋ねると、シルムは親指で現場の家の方向を指し示した。

「ちょっと、現場に行ってみますか」

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