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男の後ろをついて行くと、あの女郎屋だった。アロイスが初めて来たときのように灯りがついており、甘い匂いがした。
男に案内されて部屋の奥に進む。
廊下を裸の女がひとり歩いてくる。肌の浅黒い女だった。顔中ピアスだらけ、肌の表面積の半分くらいにタトゥーが入っており、スキンヘッドで乳首にもピアスをしている。特に女性器に大きな鈴の着いたピアスをしていて、歩く度にやかましく鳴っていた。女はアロイスと目が合うとピアスで突っ張ったまぶたで器用にウインクした。
「私はこんなところのサービスには興味がないぞ」
男はキョロキョロとあたりを伺うようにしたあと、アロイスへ部屋に入るよう指示するので拒んだ。しかし、男の力強い腕がアロイスを部屋の中へと押し込む。
つんのめるように部屋の中に飛び入ると、部屋の中に待っていたのは、マヌだった。振り返ると、もう大男はどこかへ消えていた。図体の割によく動く男だ。
「貴様、生きていたのか」
マヌは顔に大げさに包帯を巻いていた。それでも、包帯の隙間から見える目付きだけは変わらない。見ただけで喰い殺されるような気持ちになる蛇のような目付きだ。
「男前にしてもらったようだな」
隣の部屋から嬌声が聞こえてくる。先程のピアス女だろう。チリンチリンと音が聞こえる。あんな女を抱くとは、よほどの物好きがいるのだ。壁の方を見ていると、首筋のあたりにチクチクと視線を感じる。殺気に似た視線である。彼女と行動をともにしたのはほんの少しだったのに、ずいぶん懐かしい気持ちになる。
「何か言ったらどうだ」
アロイスに言われ、ようやくマヌは「ふう」と声を漏らした。
「面倒に巻き込まれているようだね」
殺気立っていたのが一転して愉快そうにマヌが言う。
「おかげさまで。この国の洗礼を受けている」
マヌが顔を歪めて笑った。包帯がねじれて隙間ができた。その隙間から、痛々しいやけどの痕が覗く。
「ずいぶん余裕じゃないか。三日後に殺されるんだろう?」
「詳しいな」
「それじゃあ、あたしと一緒だねえ」
自嘲気味に笑うと、マヌは細長い紙巻たばこを咥えた。たっぷりと時間をかけて煙を肺に送り込むと、またゆっくりと時間かけて吐き出す。
「あたしはこんな顔になっちまって、もうお払い箱さ。女郎としてさえ価値がない」
たしかに、顔中を包帯でぐるぐる巻にしている女郎など求める物好きは流石にいないだろう。
「笑いたければ笑っても良いんだよ」
マヌが挑発的に言う。
隣の部屋から嬌声が止んだ。人が出てくる気配がする。そこに、再び別の人間の声。回転の早い店だ。
「別段、貴様の顔面の構造がどうなろうと面白くはない」
意外そうにマヌがアロイスを見上げる。
「あんた、面白いね」
初めて顔を合わせたときと、印象が違うように感じる。
「それで、私をここに呼んだのはその顔を見せて慰めてほしかったのか?」
マヌがアロイスを睨んだ。
そうだ、その目だ――アロイスは口の端を歪めて笑った。もっと敵意を、殺意を、憎悪を向けてほしい。馴れ合いなんて御免こうむる。
「あんたがとんだクソ野郎だってこと、忘れてたよ。ただ、それ以上に我慢ならないのは司令官さ……なにさ、そんなに見て。まだ、あたしの顔がおかしいって言うのかい?」
「初めて会ったときと印象が違って、随分良く喋るようになったものだと思ってな」
無意識に彼女を見詰めていたようだった。
「つまり、今の敵は私ではなく、司令官になったというわけか」
「勘違いするんじゃないよ。あたしとあんたは味方じゃない。共通の敵がいると言うだけさ」
「ふん、何でも良い」
アロイスがマヌと並んで寝台に座る。シーツは湿っていて不潔そうだ。思わず腰を上げたくなった。
マヌが尻をずらしてアロイスに近付いた。アロイスの顔の前に人差し指を立てる。
「本題だ。あんたは殺人事件を解決したい。そのために、協力者がいる。そうだろ?」
マヌが顔を近づけてくる。部屋に充満している甘い匂いが、強くなったように感じた。
「あたしが協力してやる。そうすれば、この村の人間も話を聞いてくれるはず」
「良いのか? このまま放っておけば、私が死ぬところを見られるぞ」
「それも良いかもねぇ」
マヌは顔を離した。ポケットから紙巻き煙草を取り出す。それをくわえて、ロウソクの火に顔ごと近づける。包帯が燃えてしまうのではないかと思ったが、彼女は器用に煙草にだけ火をつけた。
彼女が吐き出した煙は、阿片の匂いがした。
「でも、あんたの命をもっと有益に使う方法を思いついたのさ」
「ほう」
煙草がジリジリと音を立てて燃える。また隣の部屋が騒がしい。
阿片窟も、女郎屋も、塹壕も同じだ。みんな、穴の中にこもって夢を見る。現実は辛いから、外に顔を出したら死んでしまうから、暗闇の中に潜む。きっともう、二度と空を見上げることはないのだとわかっているから、立ち上ってゆく煙や、汗や、砂埃の中にそれぞれの星空を見る。そうやって自分を騙しながら他人を、自分を貪って生きてゆくのだ。
「まあ、あんたに貸しを作っておけば、良い思いが出来るだろうと思ってさ」
嘘だな――しかし、何を企んでいるのか知らないが、今は彼女に乗っておくのが得策だと感じた。
「そうか。私に出来ることなら力になろう」
手を差し出す。この世界には握手の習慣は無いのだろうか。マヌがポカンとした顔をしていたので、彼女の手を取って無理やり握手する。アロイスはニヤリと笑って彼女の手を離した。
「おかしなことをするもんだね」
たった今握手された手を、マヌがじっと見つめる。アロイスは立ち上がって、彼女を振り返った。
「この国は私を虚仮にしている。その責任はとらせなくてはな」




