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モニトルの話にうんざりした頃、軍の訓練場に到着した。モニトルは元々ここの教官なのだという。年端も行かぬ子供が、ナイフで仮想敵と戦っている。少年たちは、一人の例外もなく異形の姿をしていた。そういえば、司令官も、司令官補佐も監視の男も、一見したところでは異形ではなかった。だからこそ、使い捨ての兵士ではなく役職のある仕事をしているのだろう。
この程度の景色では、アロイスの心は動かない。それを見越しているのか、モニトルはニタリと笑うと建物の地下へアロイスを案内した。地下は埃っぽくてカビ臭かった。そこで見たものに、アロイスは目を見張った。その表情を見て、モニトルが満足げに頷く。
少年兵が構えているのは短銃だった。そのフォルムは、随分昔の反政府ゲリラが使っていた短銃である。
「この世界に銃があるのか」
アロイスは驚きを隠すこともせずに、大きな声でモニトルに尋ねた。モニトルは銃、という単語を知らないようだった。
「これは火の魔法が使える。伝説の勇者が持っていた武器なのです」
モニトルは誇らしげにそう言った。
アロイスは驚いて再び少年兵を見た。ドイツ軍の使っていた短銃をより無骨にしたものを子供が握っている。その光景は少なくともアロイスの胸を打った。
モニトルが「フォイア」と言うと、少年兵は短銃の先から火を噴いた。
銃撃ではなかった。ただ、昔の勇者が異世界から持ってきた銃を持ち、それを杖代わりにして炎の魔法を出しているだけだった。おそらく、この世界の人間は勇者が銃を撃っているところを見てそう解釈したのだろう。モニトルに許可を取り短銃を触ったが、すでに空になった弾倉はいくらトリガーを引いてもうんともすんとも言わない。その様子を見て、モニトルは笑って「修行が足りませんね」と言った。少年兵は得意げに腰に手を当てた。彼らは魔法が使えるが、元の世界で戦争をしたら何も出来ずに全滅するだろうなと思ったが口にはしなかった。
彼らは銃の構造などほんの少しも理解していなかったが、それはそれで良いのだろう。銃などない方が平和かもしれない。
どこかからラッパの音が聞こえた。モニトルが「昼だ」と言った。モニトルについて階段を上がると、建物の中で炊き出しの準備が整っていた。いくつかの机を寄せてあり、その上にプレートがのっていた。プレートの上にはいくつかの食べ物のようなものと薬のようなものが載っていた。
彼らの真似をして、プレートに手を延ばすと、モニトルに止められた。それは少年兵用だという。
大人に配られたプレートは、彼らとほとんど同じだったが、唯一違うのは薬が乗っていないことだ。
少年兵に配られる薬は、阿片だろう。どういう製法か知らないが、昨日アロイスが飲まされたように飲み込むことで効果を発揮するように作られている。そうやって、年端も行かぬ子供にドラッグと酒を与え少年兵として作り上げることは、どこの世界でも行われている。残酷なことだが、兵士にならなかったとしても、悲惨な人生を歩むのだ。一瞬でもドラッグで快楽を得られるなら悪くない取引だとアロイスは考えていた。グレーザが聞いたらどう思うだろうか。彼はこの村に来てからはほとんどアロイスとは別行動だ。気に入らないのだろう。
少年兵達は屈託のない笑顔で食事を楽しんでいる。お世辞にも美味しいとは言えない、芋と汁と正体不明の肉を混ぜて煮たものととうもろしの粉を水で練ったものだ。どれも味がない。
彼らは酒で食事を流し込むと、最後のお楽しみとばかりに薬を口に含んだ。飲み込むのではなく、舌の下に薬を置いて少しずつ成分を取り込む。そうすることで効きやすくなることを彼らは知っている。この分では、蝦蟇の膏も飲んでいそうだ。
すぐに彼らの目はトロンとしてきた。
「おまえはどこから来たんだ」
少年兵がアロイスに尋ねた。その質問を皮切りに、少年兵がアロイスの周りに集まってきた。彼らは外から来たアロイスという人間に興味津々だったのだ。
「別の世界だ」
そう言っても、少年たちは理解できないようだった。
「フランクライヒから来た」
そう言ってみても、少年は首を捻る。
「フランクライヒって何だ? チナ国の中にあるのか?」
彼らはこの国の外を何も知らないのだ。古代ローマ帝国の学者たちが地動説を唱えたように、彼らはこの狭い世界がすべてなのだ。下手をしたら、この村からすらでたことがないかもしれない。唯一知っているのは、この国の支配国であるチナ国だけだ。チナ国は彼らにとって、雲の上に座する大きな存在なのだろう。
私も同じなのかもしれない――アロイスはため息をついた。ただ知らなかっただけで、この異世界だって本当はみんなが知っている場所なのかもしれない。そんな、自分の価値観を揺るがされた。
面倒なので、フランクライヒはチナ国ということにした。彼らは色々なことを尋ねてきたが、すべて適当に答えた。
答えるのが面倒くさくなってきた頃、建物の外でズドンと砲撃のような音がした。驚いて外を見ると、迷彩服を着た男達が立っていた。砲撃かと思ったが、砲台はどこにも見当たらず、彼らの魔法であるらしいと気付くことに時間がかかった。それほど、ここは元の世界と同じような泥臭い戦争の匂いがするのだ。
食堂にいた少年兵達は、その音を聞くとすぐに立ち上がって、綺麗な列を作って外へ出て行った。途中、アロイスにぶつかった。彼らはぶつかったことにまるで気付いていないみたいに、そのまま迷彩服の男達の後ろに並んだ。彼らはきっとこれから戦争に行くのだろう。
少年兵達がいなくなったあと、心なしかどこからか硝煙のような匂いがした。
戦争の匂いだ。懐かしい。
戦争はこうでなければ。魔法など邪道である。
しかし、火薬がない世界では硝煙の匂いもしないはずだ。これはきっと錯覚だろう。
遠くで煙が上がる。森が燃えている。
彼らは何と戦っているのだろうか。
きっと、彼ら自身も何と戦っているかわかっていないだろう。
食堂で見た少年兵達と、アロイスは二度と顔を合わせることはなかった。




