XX 50 XX それでも彼女が良いんだよ
~エンゼ視点~
フワフワと妖精達が淡い緑の光を発しながら飛び回る夜の空中庭園で、フェル様が優雅にティーカップを傾ける。
静寂の中、凛と響いた声に自然と背筋が伸びる。
「で――エンゼ、君はどう思う?」
フェル様は見ていた資料を置き、机上でそっと手を組んだ。フェル様が見ていたグラフは、リコリスがまとめたルチアーノ=セレアンスロゥプの成績データだ。特にここ数日の小テストで飛躍的に伸びた座学の点数に、フェル様は上機嫌に口の端を上げていた。
「基礎体力、反射神経、バランス感覚は申し分ないほどですわ。また、問題だった成績も、ここ最近改善されてきておりますわ。魔力の利用法がやや雑であることが少々気がかりですが、一応、新世校における選抜メンバー規定は満たしているかと……」
選抜メンバー……様々な特性・技能・成績等で特に優れた者だけが選ばれる新世校のエリート。より強い種族を生み出すため、新世校ではその選抜メンバーの情報をメンバー全員へと通達する。花嫁・花婿強奪戦がこのメンバー内で起きるよう仕向けるシステム――
これにより、強い者同士が張り合うことで成長もでき、尚かつ、強い種族の誕生も促すこともできるという仕組みだ。
新世校の一部の者にしか知られていないこの選抜メンバーに、まさかあのルチアーノ=セレアンスロゥプまで入ってしまうとは……。
(まあ、まだ正式な発表はされてはいないのですけど――)
「そう、それは良かった。でも――君は不満げみたいだね?」
「あ、も、申し訳、ありません……ですわ」
フェル様の指摘に、一瞬でも不満げな表情をしてしまった自分の愚かさに声が震える。
(失態ですわ! フェル様のお言葉は絶対。私はフェル様のお心のままに動くのみ――ですのに……一瞬でもフェル様のお言葉に異を唱えるような行動をしてしまうなんて!! 私はとんだ大馬鹿者ですわ!!!)
「……良いよ。話してみて」
フェル様の言葉に驚き、下げていた顔を上げると、神秘的な紫色の瞳とかち合ってしまった。もちろん、慌ててもう一度頭を下げたが、彼の瞳を真っ正面から受け止めたのは、ここ数年――写真以外では初めてだった。
(フェ、フェル様が私の意見を聞いてくれようとしてますわ!?)
今まで、意見など求められたことがなかった……いや、そもそも、私が不満げな表情など、お見せすることはなかった。なのに、ルチアーノ=セレアンスロゥプと関わってからの私は、どこかおかしい……
感情が――上手く制御できない……
「私ごときがフェル様に意見を申し上げることなど、恐れ多いことなのは重々承知ですわ。ですが――花嫁候補ならば、ルチアーノ=セレアンスロゥプよりも相応しい方が、たくさんいらっしゃるはずですわ! 獣耳はモフモフで可愛いですが、野蛮な獣人という種族――それだけでも不釣り合いであるのに、その獣人の中の最強5部族にも入れない猫獣人!! 猫耳はとっっても愛らしいですが……規定をギリギリ満たしているだけの彼女ではなく、フェル様には、同じ森の民でも理知的なエルフやトップの選抜メンバーの女性がお似合いだと――」
「エンゼ」
フェル様の冷たい声音に、今まで震えるほど興奮していた心が、スッと凍った。
(ああ、私は何度失敗を重ねれば良いのでしょう――私ごときがフェル様に意見を言うなんて、本当に私は大馬鹿ですわ!!)
つい滑ってしまった自身の口を呪い、今にも泣きそうになる。
「ボクは、それでも彼女が良いんだよ」
「も、申し訳ありませんッ――!! で、出過ぎたことでございましたわ……」
やはり、私ではダメなんだ。
フェル様なしでは生きられないこの脆い身体では――
彼の横に立つことすらできない……
何も縛るモノがない自由なルチアーノのように、フェル様を真っ直ぐに見つめることはできない。
唇を噛みしめ、私は服の裾をギュッと握った。
(彼女が――羨ましいですわ……)
★ ★ ★
~フェル視点~
自室へと戻り、オレはニタリと笑った。
「そう、オレはだからこそ、アイツが良いんだ」
獣人一族の中で最強5部族にも入れない猫獣人――他の選抜メンバーと比べ、種族的価値は低い。それに加えて、ルチアーノに血のつながりのある家族はいない……。ファイリングされた資料の中にある彼女の今の両親は本当の親ではない。もちろん、彼女自身も知っていることだ。
だからこそ、彼女は村のために、家族のために必死にこの新世校に通っている。
利用しやすく、たとえ死んでも種族間の被害は最小限。そして、彼女の周囲にいる鱗の一族――
こんな遊びがいのありそうな物件が他にあるか?
花嫁候補――?
(ハッ――あんなのを花嫁になんかするわけねぇだろ? オレの退屈な生活のちょっとしたスパイスになってもらうだけさ)
「準備も整ってきたことだし、そろそろ、ショーの幕開けといこうか……さあ、オレのために滑稽に踊ってくれよ? 可愛い可愛い玩具さん――フフ、アハッ、ハハハハハッ!!!」




