忌わしき者達との離別
王宮から屋敷に帰ったリシェアオーガは予定通り、あの忌まわしき国の残党の動きを知る為、風の精霊騎士達に情報を集める様に頼んだ。
七神からの命でもあるこの事で、精霊達にも緊張が走る。あの国の貴族は、精霊を無理矢理従わせ、子を生していた。
いや、精霊は、従っていない。
強制的に子を生し、その血を取り入れていた。
故に僅かな精霊の力しか、彼等に受け継がられない。
愛情の無い婚姻など、精霊に取っては無効である。愛情があってこそ精霊の力と寿命は、その子へと受け継がれるのだ。
その事を踏まえたリシェアオーガは、精霊を強制する輩相手に対し、彼等に対抗出来得る力を持つ精霊騎士達へ情報を集める事を頼んだ。
エアレアを中心に、風の精霊騎士が情報収集の為に街中へ赴き、時には神龍達も彼等に同行する。
精霊達を心配するリシェアオーガの采配に、次第に精霊達は信頼を寄せて行く。然も元々、木々の精霊として生きた少年だけに、精霊の心配をするのは当たり前と、彼等のお礼にもさらりと答える。
その態度で益々精霊達は、神子であり、神であるリシェアオーガを認めるようになって行った。
光の神子が、神殿の屋敷にいる事が街中に知れ渡った頃、あのディエアカルクの残党の耳にも、この噂が入った。
そして彼等は事もあろうか、神子を攫い、その血を取り入れようと考え始めたのだ。神の役目を持たない神子ならば精霊より力が弱く、容易に言う事を聞かせられると思った様だ。
それこそ、リシェアオーガの思う壷であった事は、言うまでも無い。
自らを囮にし、精霊より力が弱いと思われている神子として、彼等に狙われる。
神としての名を伏せ、神子として行動するのには、この理由があった。七神からの要請とは言え、彼等を相手をする事は、その身が危険に晒されると承知の上。
自分の双子の兄弟や他の神子の為を思うと、力のある己が行動した方が良いと、七神に囮の件を願い出たのだ。
勿論、七神には止められたが、忌まわしきディエアカルクの残党を排除する為、リシェアオーガは自らを囮にする事を譲らなかった。
そして…件の残党は、まんまと甘く魅力的な撒き餌に釣られ、鋭い針の先の餌に喰らい付いたのだ。
最強であり、最凶でもある、最悪の釣り餌に。
だが…彼等は知らない。
本来の神子の力は、限り無く精霊と同対等に近いが、その内にある魅了の力は、神々にも匹敵する事を。
この事実の為、この世界に生を受けた者は、神子の無邪気な微笑に勝てない。
神子の悲しみ、怒りに、彼等は成す術が無い事を。
無論、強制など出来無い。神子自身が偽りの無い拒絶の涙を流す事で、彼等の行動は止められるのだから。
以前、大地の神へ無体を強いた者から教訓を得た、大いなる神の要請で、命の神・キャナサの手により、この後、生まれた生き物達には、力の無い神子に魅了されると言う術を施された。
そして神子から脱却し、神になった者と初めの七神に関しては、己の自身の力か、若しくは守護神の呼び名を持つ者が護る事によって、回避されている。
まあ、実際その名を持つ者は、妻と兄弟、知人を護る名目で動く為、全く容赦無いのは当たり前であったが……。
ディエアカルクの残党の中で、神子を攫う事を知ったケフェルナイトは、ダイナダルク達の考えに憤りを感じた。
精霊を、あの国の王族とは関係の無い少年、少女達を、散々犠牲にして来たのにも係わらす、今また、とんでも無い事を仕出かそうとしている。
神子と強引に婚姻する。
それは、神々へ牙を剥けると同じ事。
神々の溺愛する子供を、神から罰を受けた己等の愚かしい欲望の為、犠牲にするなど、決して許される事では無い。
この残党達の情報を得る為だけに、今まで我慢して残っていた彼の、怒りの限界が来てしまった。
主であるオーガがここにいない為、これ以上、ここに残る必要も、義務も感じない。加えてこの事を直ぐに、光の屋敷にいる神子へ知らせなければならないと、彼は考え始める。
元々ディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグ──彼等に無能者として虐げられし者──である彼は、この機会を逃す事が出来無いと思った。
彼等、リンデンボルグの真の目的は、王国を復興する目的を持つ、愚かな残党を一人残らず葬る事。
神々に牙を剥いた今が最高の機会であり、心置き無くディエルカルクの残党に刃を向け、離れられると考えたのだ。
そう思ったある夜、彼は人知れず拠点を離れようとしたが運悪く、ダイナダルクに見つかってしまった。
「何処へ行く、ケフェ。……ふっ、そうか、この計画に臆したか。」
「当たり前です。神子を攫う等、神々の怒りに触れる事をしたくはありません。
貴方々は、神々を冒涜してまで、王国が大事なのですか?あの忌まわしき王国が、滅んで当たり前の王国が……。」
怒りのあまり、本音を漏らしてしまったケフェルナイトへ、ダイナダルクの冷たい視線が注がれる。
「やはり、所詮はディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグか。使えるかと思ったが、無能者では無理だったようだな。
仕方ない、秘密を知っている以上、ここで果てて貰おう。」
そう言い終ると、ダイナダルクの腰にある剣が鞘から離れ、ケフェルナイトを襲う。元々剣を扱えない為、己の持つ風の精霊の力だけで応戦するが、その力をダイナダルクは難無く抑える。
まだ、全力を出し切っていないケフェルナイトであったが、幾ばくながらの力を抑えられて、不意に右腕を掴まれてしまった。
「お前に対して、使わないと思っていたが、こうなったら仕方ないな。」
そう言われ、掴まれた彼の腕に黒い腕輪が填まる。その途端彼は、力が抜ける感覚に陥り座り込んだ。
「これは…若しかして…。」
「察しの通り、精霊の枷だ。力の弱い精霊なら、動けなくなる代物だ。
良く効いている様だな。」
精霊の枷と聞いて、ケフェルナイトは驚愕した。
内に秘めている力でも、この枷は外せない。出来るのは付けた本人と、これ以上の力を持つ神か、精霊騎士のみ。
彼が動けないのを良い事に、ダイナダルクは剣を繰り出した。嬲り殺しにするかの勢いで、襲って来る剣に対して、ケフェルナイトは避けるしか術が無い。
避け切れない物が体を苛み、傷を増やし、血をも失っていく。これまでかと思った矢先に、白い髪が視野を過った。
「其処までにして、貰おうか。
抵抗の出来無い者を甚振るのは、見てて気分の良い物では無いのでな。」
低い男性の声がして、ケフェルナイトは顔を上げた。
後ろ姿しか見えないが、長く白い髪と白い騎士服。装飾は、薄らと見える白い長龍のみ。良く良く見ないと判らない為、一瞬、精霊剣士と思えた。
剣は白い精霊剣で、受ける風の力の気配はかなり強い。
持つ剣と気配で精霊騎士だと思ったが、微かに見える長龍に疑問が残る。
この装飾の龍は、ケフェルナイト位の近い距離で無いと見えないらしく、ダイナダルクは彼の姿に、悔しげな顔を見せた。
「風の精霊剣士か…然も、神の祝福を受けた者だと?まあ、良い。
力尽くでも、その男を返して貰おう。」
「断る。命を失うと判って、態々見捨てる事は出来無い。
例え、罠で有ろうと、此の者は助ける。」
そう言って、白い騎士服の男は自らの力を解き放ち、ダイナダルクと剣を合わせる事無く、その場を去った。
強大な力の駆使によりダイナダルクは、その煽りを受け、数十m飛ばされた。唖然とする彼を後目に、白騎士とケフェルナイトは、別の場所に降り立っていた。
余談ですが、作中の大地の神への無体は、【神々の叙事詩】の事です。




