以前と異なる少年
重要な遣り取りが終わったようで、少年は出されているお茶に口を付ける。香りと味を堪能した彼は、安心した様に微笑む。
その表情に、現役を退いた騎士達が話し掛ける。
「陛下の話を信じるとして、神子様の正式名を教えて頂けませんか?」
「取り敢えず、リュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガだよ。
だけど、呼び名は、リシェアで良いよ。」
この名を聞いて彼等は、おやっとした顔をするが、裏に隠されている事を悟り、楽しそうに笑った。リシェアオーガの名は、他に正式名称がある。
彼等はそれを知っているからこそ、リュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガ=光の神と大地の神子という名を名乗った、少年の言葉の裏を感じ取ったのだ。
二つの役目を隠し、神子として行動をする。
敵に対して、隠された役目を悟らせず、リシェアという名の神子として動く。無論、オーガという名はこの国で影響力が強く、動き難い物である事も判っている。
だからこその呼び名であり、親から授かった名を知らしめたい意向も含んでいた。今まで顔も知らなかった両親から、本当の意味で初めて貰った物。
リシェアという名は、両親が付けてくれた一番大切なで、呼ばれて一番嬉しい名前…それが、今の少年の気持ちだった。
一方オーガという名は、育ててくれた精霊が付けた物で、これもまた大切な名前であったが、その事を両親が考慮して、今の名を授けてくれた。
リシェアオーガという名も大切な物となったが、両親がくれたリシェアという名は、親しい者、信頼のおける者にしか、呼ばれたくないと、少年は思っている。
ここに居る者達は全て、信頼の置ける者と、少年は認識していた。
「リシェア様ですか…良い名ですね。」
レントガグル候の言葉に、少年の顔は、嬉しそうな笑顔になった。
その微笑のまま、言葉を返す。
「レントガグル候も、そう思う?
この名は、父上と母上が付けてくれたんだ。精霊達も、神官達も、綺麗な名前だって褒めてくれるよ。
僕にとって、大切な物の一つなんだ。」
子供らしい無邪気な微笑に、二人の壮年の騎士は、暖かな眼差しを送っていた。あの頃の少年の姿は、もう、何処にも無い。研ぎ澄まされた抜身の刃を、心に持っていた少年が、今、その刃を収め、穏やかで愛情に満ち溢れた表情をしている。
全ての者に対し向けられていた刃が、特定の者へしか向けない状態となった事に、彼等は気付く。
先程の会話にあった、忌まわしき国の残党。
そして、エーベルライアムに対して、謀反を起こす者。
この二者が、今の少年の刃が向けられる先であり、少年の敵と認識された者である。
彼の手腕の程を見極める事に決めた、壮年の騎士達は、裏も偽りの無い少年の微笑を、素直に受け取った。
穏やかな時間が過ぎ、お茶会が終わりを告げると、神子は精霊騎士を連れて、光の屋敷へと帰っていた。
その後ろ姿を見つめたコーネルト公は、紅の騎士へ目を向ける。
エーベルライアムが、それに気付き、公の意図を汲んだ。
「べルア、休暇中に呼び出して、済まないね。
コーネルト公と、久し振りに会うのだろうと思ってね、態々来て貰ったんだよ。だから、親子水入らずで話せば良いよ。
こちらも、父に話したい事があるし…。コーネルト公、べルアを貸し出すから、部屋は…レリーネルに案内して貰ってね。」
「儂の事なら、ディガンもおるし、ライアムとバートなら、カルフェムルとレナフレアムがおる。心配せずに話して来い。
レリーネルとやら、この親子の案内、頼んだぞ。」
名を呼ばれた侍女は、コーネルト親子を別室へと案内した。
残ったエーベルライアムと、マーデルキエラ公爵、レントガグル侯爵は、先程の神子の話をし始める。
「陛下、あの子は…変わりましたね。
以前、王宮で見掛けた時と違い、心の底から喜び、微笑んでいるなんて…………初めて見ましたよ。」
優しく、心から喜んでいる笑顔を思い出し、レントガグル候は嬉しそうに告げる。それを受けて、エーベルライアムが、リシェアオーガの状況を語る。
「ディガン、あの子にはもう、憂いはないよ。
欲しがっていた愛情に包まれ、満たされているからね。あ…さっき話した通り、勿論、邪気はなくなっているよ。
あの子は、その為の存在なのだからね。」
直接的な表現を避け、暗に神龍王だという事を告げる彼へ、マーデルキエラ公・セルドリケルが納得して、父親として口を開く。
「…ライアム、あの子は剣士として、一番辛く、厳しい道を選んでいるのじゃな。だが、あの子にとっては、当たり前であり、何の迷いも無い道であるものじゃ。
あんなにも可愛らしい神子様なのに……大変じゃのう。」
しみじみと言うセルドリケルに、エーベルライアムは言葉を返す。
「だからこそ、傍に両親や兄弟、身内の方々がおられて、保護者的な精霊騎士達が沢山集っているんだよ。。
あの方々にとってリシェア様は、まだ、危なかっしい幼子でしかないからね。」
生誕祭で見た、リシェアオーガに対する周りの者達の態度を口にし、そして、その時と今の彼の執る行動と本音を包み隠さずに披露する。
「まあ、私達に対しても、子供にしか思えない所を見せてくれるんだけどね。
あの方は、気の置ける者の前だけに、あの微笑と口調を披露してくれる。子供として扱っても良いって、態度で示してくれるんだ。」
嬉しそうに告げるエーベルライアムに便乗してか、セルドリケルも嬉しそうに、先程会った神子の事を褒めた。
「益々持って、可愛らしい神子様じゃ。また、会いたいのう。」
堅苦しい事を苦手とするマーデルキエラ公が、珍しく興味を持ち、再び会いたいと願う神子。
この父親の嬉しそうな様子にエーベルライアムは、無理にでも呼び寄せて、会わせて良かったと思っていた。




