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第1章

主な登場人物

・荻内文悟:主人公。理数系苦手なのに科学者を目指して理数系の大学に入学した。絵を描くことが好き。

・文悟の父:国家公務員一般行政職

・小坂理香:主人公の科学者という夢を応援する科学者志望の才女。

・朝倉千絵:主人公の秘密を知る理香の友人。

 夢。夢は、生きていく内に変わるものだ。得意なことを知り、好きなことを知り、そして、それだけでは、夢にたどりつかないという厳しい現実を知る。それに、関わる人とともに夢は変わる。

 これからはじまる物語は、嘘をついてでも夢をかなえる物語。たとえ、どんな形になってもだ。

 私は、荻内文悟。絵を描くのが好きな大学1年生だ。

 現役の時、大学受験に失敗した。国家公務員の父には、

「大学に受からないなら、働け」 

と、言われた。

 私は、

「科学者になる」

と、説得して理数系の大学に入学した。母も、子供の時からなりたかった夢だからと後方支援してくれた。

 しかし、「科学者になる」というのは、嘘だった。確かに、子供の時の夢は、科学者だった。それが、年齢を重ねていくうちに、絵を描くのが好きだから、イラストレーターになろうと変わっていった。高校の時に、絵を描きはじめて絵を描くのが好きになったのだ。

 そうは言うものの、高校卒業時には、絵で生計を立てることはできなかった上、大学受験には落ちた。だから、素直に働きながら夢を追えばよかったのだが、4年間大学生活しながら、絵で独り立ちする方が楽だろうと思い浪人してでも大学に入学した。

 だが、理数系の大学に入学したのは、誤りだった。そう後悔した。

 とかく、理数系の大学生は、時間がない。それに加えて、私は、理数系の科目が大の苦手だった。だから、絵を描く時間を確保しながら、苦手な理数系の科目を人の倍以上の時間をかけて勉強する必要があった。

 ある日、基礎物理学の授業を受けにいった。この授業は、毎回小テストがあり必修科目なので受けるしかなかった。

 ちなみに、理数系の大学はほとんどが必修科目で、選択科目は少なかった。

 私は、必修科目を受かるにはと、必死で考えた。

 何回もわからないところを先生に聞く? No! 自分で書いたノートを丸暗記する? No! ネットに助けを求める? 論外!

 それは、勉強できる学生のノートを丸暗記する、だった。それには、勉強できる学生をなんとか探して、仲良くなる必要がある。

 私は、毎回小テストで満点をとる小坂理香の存在を知った。

 それは、偶然だった。小テストの答案返却の時、満点の点数と名前が見えたのだ。そして、先生が、

「毎回、満点とは素晴らしい」

と、言ったのが聞こえたのだ。

 小坂理香が満点を取っているらしいな? これは、利用するしかない。そう思った。

 彼女は、いつも、もう1人の女性とつるんでいた。

 もう、授業の回数は半分を過ぎていた。気づけば6月が終わりかけていた。その間、ずーっと0点。本当に、0点なのだ。そろそろ、先生の小言もうるさくなりそうだ。

 授業前に、今日こそと小坂さんに近づいた。

 小坂さんは、小柄でかわいらしいセミロングである。陰キャの私になんか高嶺の花だ。

 ふと、小坂さんと一緒にいた女性が気づいて怪訝そうな顔でこちらを見る。

「あの、なにかようですか? じっと見て」

「僕は、荻内文悟。小坂さんに用事があります」

ぽかーんと、小坂さん。

「なんで知っているの? あの『0点君』がさ?」

と、一緒にいる女性。

「私より・・・・・・」

小坂さんは、100点満点の答案を見せびらかした。

 私は、思わず手を伸ばす。

「はい、ダメ!!」

小坂さんは、すばやくその答案をしまった。

「あなたは、有名よ。『0点君』?」

「有名? なんで、毎回小テストで0点取っているのがわかるんだ?」

「ちょっと、違うよ。補講で満点取るのに、小テストで毎回0点取るので有名よ? 補講前に私の答案見ているんでしょ? どうやって、見ているのか知らないけど」

「ええ? 0点君、理香の答案丸暗記して補講で満点取っているの? キモい」

小坂さんの隣の女性はドン引きしていた。

 冷や汗が、タラタラだった。

 私は、先生が小坂さんの答案を返却している時に、解答と導入式を一瞬で全部暗記して補講にのぞんでいるのだ。

 私は、謝罪とともに、白状した。

「で、何の用?」

「あの、ノートを見せてもらえませんか?」

「この状況で、よく言えるね。理香、もう、相手にしないでおこうよ?」

「まさか、あなたが私の答案を『パクって』いたとはね? 私は、先生から『答案であなたと同じ考えを書いてくる変わった奴がいる。小坂君が教えているなら、小テストで0点取るのも変だな。でも、全く同じ解答なんだ。変わっている』と言われて、少し期待していたんだけどな。残念だな」

「話すのやめなよ。どうせ、ノートが目当てなんだよ。そう言っているし」

「こら、そこ! 授業はじめるぞ」

先生がやってきた。

 私は、空いている小坂さんの隣に座った。

 授業は、小テストからはじまる。私は、小坂さんの答案を見ないようにした。

 小坂さんは、私の足を蹴った。見ろって合図だった。

 私のペンが走り出す。

「はい、そこまで」

小テストは、終わった。はじめて半分以上書けた。笑みがこぼれる。

 一方で、先生の機嫌はすこぶる悪かった。それもそうだ。目の前で、小テストのカンニングをしたのだから。

 先生は、質問のたびに、私を当てた。徹底的に集中砲火だ。

 私は、そのたび、小坂さんに服の裾をひっぱられ、小坂さんのノートを読みあげていった。

 とうとう、先生は、りんごのように真っ赤な顔になり、私に質問した。

 私は、当然のように小坂さんのノートを読みあげる。

 先生は、突如笑いだす。

「小坂さんとはね、前からいろいろ話しているんだよ。不思議な不思議な生徒がいることも。で、その解答はな、小坂さんの面白い仮説であってな、違うのだよ。荻内君」

 茫然とする私。してやったりの顔で笑う小坂さん。

 教室中、笑いに包まれた。

「おもろ。0点君」

小坂さんの隣の女性も笑っている。

「荻内君は、小坂君の飼っている“犬”かね? 今後は、自分の言葉で解答するように。今日の授業は、終わり!」

ようやく、授業は終わった。公開処刑だった。

「あんた、おもしろい。あとでノート貸していいよ。じゃあね、“犬”のポチ!」

「じゃあね。0点君!」

 こうして、小坂理香との関係がはじまったのだった。犬のポチとして。

 ポチとして、理香のノートを端から端まで暗記した。理香は、毎週のようにテストした。

 されど、暗記は万能ではない。間違うこともあった。

 私が間違うと、理香は容赦なくビンタをくらわせた。

「痛い! 何するんだ?」

「じゃあ、もうノート貸さないよ? いいの、ポチ?」

「いいえ、貸して下さい」

「そうだよね! じゃあ、次いってみようか?」

 逆らえなかった。

 だが、気づけば、ビンタはいつの日かなくなっていた。

 理香は、それを少しつまらなそうに、でも、どこか感心していた。

 そんな理香は、さらにノートを差し出し暗記する私を面白がった。

 夏休みが終わり、いよいよ前期試験がやってきた。理香のノートの威力を発揮する日がきたのだ。

 「ポチ、これで1つでも単位落としたら、ノート貸さないからね」

 冗談なのか本気なのかわからない。

「が、頑張ります」

もう、逃げ場はなかった。

「はじめ!」

問題用紙を開く。私の頭に理香のノートが浮かぶ。それを必死で書いた。

「手応えは、どう?」

と、小坂さんが訊く。私は放心状態で頷くのが精一杯だった。

 その翌週、結果がでた。

 答案返却するときに、「あの『0点君』が?!」と、教室中あちこちでひそひそ声が聞こえた。

 それもそのはず。なんと、前期試験は、小坂さんに次いで学年2番目の成績で単位を取得したのだ。

「へぇ。ここ、できたんだ。まぁ、私のおかげよね」

小坂さんは、私の答案を見て、当然という顔をした。

 私はというと、嬉しさより小坂さんのノートが後期も借りられることに安堵していた。

「ありがとう。小坂さん。後期もよろしくお願いします」

「わかったわ。今日は、もうおしまい。私、帰るね。行きましょ、千絵」

そそくさと小坂さんは、いつも隣にいる女性と帰っていった。

 小坂の隣にいる女性は、朝倉千絵。この学科では、女性はこの2人しかいない。小坂と対照的にショットカットヘアで活動的な格好をしている。

 千絵は小坂との帰り際に、

「0点君、すごいんじゃない? だって、ドイツ語と英語は、満点じゃない?」

「はいはい、どうせ、98点ですよ! それより、千絵は、どうだったの?」

「私は・・・・・・。及第点は、取れたってことで」

「私のノート借りたのに?!」

驚く小坂。圧倒される朝倉。

「今日も、カフェおごるからいこ?」

「全く、千絵ったらしょうがないな」

小坂は、千絵と一緒にカフェに消えた。

 いつものように、私は図書館へ足を運ぶ。小坂さんに出会うためだ。

 小坂さんは、朝倉さんと勉強していた。

「こんにちは。ノートね」

「はい、小坂さん。お願いします」

小坂さんと私は、コピー機の場所へ移動する。

「文悟君?」

小坂さんは、はじめて私の名前を言った。

私は、固まる。

小坂さんは、沈黙を破る。

「暗記こんなにできるんだね。少し感心したよ」

ちょっと、小坂さんは微笑んだ。私は、こんな表情するんだと内心驚いた。

「どうして、こんなに暗記できるの? 

私は、黙った。

「まぁ、いいや。でも、暗記を生かすんだったら、もっと別な道があると思うんだよね? それ、どう思う文悟君」

「はい、そうですね」

「でしょ? だから、なんで理系に進学したの? これには、答えてほしいな。どうなの、文悟君」

「私は、科学者になりたい・・・・・・」

「へぇ・・・・・・暗記で」

小坂さんは、意地悪そうに笑う。

私は、話を続けた。

「子供の時、わからないものが理論的にわかる面白さに気づき科学者になりたいんだ」

思わず熱心に答えてしまった。

「ほう。暗記で」

小坂さんは、ちゃかす。でも、真面目に聞いていた。

 小坂さんには、これまでノートを貸してくれたばかりか勉強に付き合ってくれた恩がある。本当のことなど口がさけても言えなかった。

 それに呼応するように、小坂さんは、科学の面白さを語り出した。

「私も、子供の時から親戚に化学者がいて科学の面白さを聞いていたから科学者になりたかったんだ。一緒に、科学者になろうね」

めちゃくちゃ笑顔で小坂さんは、言った。この笑顔が、私にとって、プレッシャーだった。

 そうはいうものの、小坂さんがいれば、私の大学の卒業は間違いなし。馬鹿な私は目先のことばかり考えて科学者になると言ったことは気にしなかった。

 その矢先に、事件が起こる。

「少し寒いな」

図書館は、あまり暖房を入れてないようだった。

 もう1月。後期試験がはじまる。

 今日は、小坂は来なかった。その代わり、理香の友人朝倉がやってきた。

「こんにちは、荻内。理香は、都合悪いから私が来たよ」

「ありがとうございます。朝倉さん」

「にしても、0点君が、まさか理香と一緒になるなんて、世の中不思議なことだらけね」

朝倉は、私の座っている机のそばにより、理香のノートのコピーを置く。

「科学者に子供の時からなりたかったので」

「科学者も、いろいろあるからね。暗記だけじゃ、無理だと思うけど、がんばれ! あっ!」

ドスンッ! 静かな図書館に響く。ドサドサッと紙が封筒から出て床に散らばる。朝倉が机の上にある封筒に当たってしまったようだった。

「ごめんなさい。荻内」

急いで朝倉は、床に散逸した紙を拾おうとする。

 私は、叫んだ。

「触らないで!!」

朝倉は、その声に驚いたが床に目をやる。

「何? コレ? イラスト?」

朝倉は、女の子のキャラクターイラストを拾い上げる。

「そう。趣味で、絵を描くの」

「ふーん・・・・・・。こんなに大量に。よく勉強と両立できているね」

「小坂さんのおかげです」

そして、朝倉は

1通の手紙を拾い上げ読みあげる。

「イラストレーター職、選考結果お知らせ?」

「不採用・・・・・・」

 時すでに遅し。私の中でガシャンと何かが崩れ去る音がした。

 「荻内。科学者になるって嘘だったの!?」

「いや。その・・・・・・」

「今日は、勉強終わりにして飲みに行かない? 今後のことについてしっかり話す必要がある思うの」

「・・・・・・」

「バラすよ? 理香に!」

朝倉は、険しい顔をして静かにはっきりと言った。

 今の時間は、18時だ。長い夜になりそうだ。

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