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第3話 地底に眠りし光の霊獣①

「なんですって――!?」


 とカレンが叫びをあげたのは午後六時ぴったりのことだった。

 僕たちはホテルに戻り、今後の仕事に関する話をしていた。

 カレンには今まで至宝や星座の魔術について話してきた。しかし、もっと重要な事柄を伝えておくことを忘れていたのだ。

 それは至宝がどこに眠っているか、である。


「――だから、至宝の在処はここから近くにある高等学校、テレジア学園だ。そう言っただけだろ。何故そこまで驚く」

「いやいや、普通は驚くところですよ。だってあれでしょ。あのティアっていう危険人物の通う学校なのでしょ」

「危険人物ってのは流石にひどいよ。せめて要注意人物と言ってやれ」

「呼び方なんてどうだっていいんです。わたしはあの人にもう会いたくないです。眼鏡を割られた恨みは忘れませんからね」


 先に言ったように至宝はテレジア学園の旧校舎に封印されている。

 テレジア学園といえばニコルさんとレンさん、そしてティアさんの通う学校の名前だ。

 おそらくニコルさんとレンさんの二人は至宝についての知識はないだろう。ティアさんに関しては分からないが、もしアーネスト・マーベルさんが話していたのなら至宝について知っていることになるだろう。

 もしそうだとしても、僕たちのやることは変わらない。


「まあ、その気持ちもわからなくはないけど……」


 あの娘はカレンの大切な服をボロボロにしたんだからな。あと眼鏡もか。

 それでもカレンが無理に追いかけて恨みを晴らそうとせずに我慢したあたり、ひとりの人間として褒められる行為だと言えよう。


「そうだとしても安心するといい。テレジア学園の生徒とは鉢合わせすることのないよう十分に注意する。それに結界などによる対策も怠らない。

 万が一のことが起こらない限り、学園の生徒が僕たちの浸入に気づくことはないだろう。ティアさんも含めて」

「信じていいですか?」


 そう訝しげな目で僕を睨む。


「もちろんだ。さらに言うならそうとう近くに寄らない限り、ティアさんは僕たちの存在を感知できないはずだ。これは昼の百貨店のことからも分かる。

 もし感知できるのならばカレンと会った後に真っ先に僕の所に来たはずだからね。僕がおまえと電話で話す時間があったということはそういうことさ」


 カレンの話では僕たちのいる場所は休憩所としか言っていなかった。ならば、ティアさんは駐車場から近い上の階から順に休憩所を回っていたのだろう。


「それは本当ですか?」

「本当かどうかは分からないが、自信はある」

「では、信じます」

「なんだよ、もっとネロさんだから信じられませんとか言えよ」


 すると、カレンはかっと目を開き、わざとらしい驚きの表情で言う。


「そんな、わたしはネロさんの部下ですから、そのような無礼なこと言えませんよ。もっとも、そのようなことはまったくこれっぽっちも思っていませんから」


 ふふ、とウインクするカレン。キラッと輝く星が見えたような気がした。


「けっこうむかつくんだけど、その言い方。おまえは一体何がしたい。僕を使って遊んでいるのか?」

「遊んでます」


 これも即答だった。ふざけた真似しやがって。

 元気なことはいいのだが、このまま今の話題を続けていたらさらにおもちゃにされそうだ。ここはひとまず話題を変えるとしよう。


「――そう言えば、買いたいと言っていた物は見つかったのか?」

「え、ええ。見つかりましたよ」


 そう言い、スーツケースから紙袋から取りだす。さらにその紙袋の中から取り出して、僕に見せた二つのアクセサリー。

 珍しい物でもなく、とりわけ高価な物でもなく、ましてその店限定の物でもない。どこにでもあるような物。

 仄かに桃色に輝く真珠を使用した花の形のブローチ、を模したアクセサリーだった。


 ――あれ、このブローチ。

 どこかで見たような気が……


 いやいや、気のせいだよな。僕がこのようなアクセサリーに興味を持つはずがない。カレンは先程と違い落ち着いた口調で話す。


「これを手にとった瞬間、頭の中に流れて来たのです。どこか懐かしいと感じる記憶。それが本物なのか偽物なのかわかりません。それでも失ってはいけない温かな日々である、と」


 一体何を言っているのでしょうね、とはにかむ。


「もしかすると、わたしはこのブローチに誘われて、あの店に入ったのかもしれません」

「これ自体に人を呼び寄せる力がある、ということか?」

「いえ、そうではなくてですね。わたしはわたしの失われた記憶にあった何かを無意識のうちに探そうとしていたのかもしれないってことです」


 記憶が戻ったというわけではありませんが、と念をおすカレン。


「そっか。記憶、戻るといいな」

「……そうですね」


 とは言うものの、カレンの表情はどこか哀しそうに見えた。

 たまに見るこの顔は、たしか初めてカレンと会ったときにも見た気がする。


「さて」


 と、気分を変えるために両手でパシッと音を鳴らす。


「これから先は何が起こるかわからない。こういう時くらい休んでおこう」

「休むって、どういうことです」

「体力回復のためのちょっと遅い昼寝ってことだ」


 そう言い、僕はベッドに横になる。


「カレンも休んでおけ。特におまえはティアさんとの戦闘で体力を消耗しているんだから」

「わたしは大丈夫ですけど」

「大丈夫だとしても、だ。さっきも言ったろ? 何が起こるかわからないって」

「そうですか。ではわたしにも良い考えがあります」


 すると、僕の背後にポフッと何かが置かれる。

 そして漂う甘い香り。


「ネロさんがぐっすり眠れるように――」


 艶かしい声色。

 首筋に吹き掛けられる生暖かい吐息。

 はっきりと感じ取れる。

 僕の背後にカレンが密着して横たわっているのだ。


「わたしが添い寝して差し上げます」

「気持ち悪いわ――!!」


 カレンは明らかに僕をからかって遊んでいる。

 何が目的かは知らないが、ここでカレンの誘惑に負けるわけにはいかない。

 僕はカレンを思いきり押し出した。


「ぎゃふん!」


 カレンはベッドから転げ落ち、ドスンッと鈍い音を立てて尻餅をつく。


「ごめん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですがベッドと壁の間に挟まって身動きが取れません」


 起き上がりそれらの間に挟まるカレンを見ると、本当に言った通り身動きをとれず苦しそうにもがいている。


「ぷっ――。何してるんだよ、おまえ」


 つい吹き出してはははと笑う。


「ネロさんのせいですよ」

「もとはと言えばおまえが原因だ」


 そして、手を差しのべる。


「ほら、掴まれ」

「ありがとうございます」


 がしっと、カレンは僕の手を掴む。


「痛いって。もっと優しくつかんで――」


 と、ここで僕の視界がガクッと落ちる。

 僕はカレンに思いきり引っ張られたのだ。


「――え?」


 そう気がついた時にはもう遅い。


「ネロさんも道連れです」

「おい、やめ――」


 そして、次の瞬間、僕もベッドの間に転げ落ちたのだった。

 しかし、別段痛みは感じなかった。

 ふわっと跳ね返るような優しい弾力。

 今初めて気がついた。

 半分機械の人間だから硬いイメージがあったが、それとは真逆にカレンの身体はとても柔らかかった。事実、機械の部分は腕と脚、胴体の一部分。そうであっても不思議ではない。

 だからと言って、僕はその事を口にしたりはしない。当たり前だ。僕はカレンに変態扱いされたくない。

 ……いや、もうこの状況に笑ってられる時点で変態か。

 僕も、そしてカレンも。


「――カレン、おまえな」

「えへへ……ごめんなさい」


 軽い受け答えに僕は呆れるように溜め息を吐いた。


「えへへ、じゃない。こんなところを誰かに見られたらどうするん、だ……」


 僕はこの時、不本意ながらもカレンと正面を向いて話していた。

 落下した反動からか普段掛けているメガネが落ちているのに気が付く。

 そして、不意にカレンと目が合ったのだ。

 ――あ……。

 と、カレンにも聞こえないほど小さな声で囁く。


「あの、どうかされました?」

「い、いや、なんでもない。この状況がとてつもなく恥ずかしいだけだ」

「ふふ、やっぱりネロさんのそういうところが面白いです」

「――そうか。おまえも面白いやつだよ、全く」


 恥ずかしかった?

 そんなのは嘘だ。

 僕がカレンの目を見た瞬間、メガネ越しでないその色を認識した瞬間。嫌な汗が吹き出してくるような感覚に襲われた。

 認めたくない。

 それでも、僕の目に映る映像は全て真実だ。

 おぼろげな記憶が今、真実という鮮明なひとつの形として姿を現す。


 ――彼女の瞳は僕と全く同じ、薄い緑色だった。


 どこの国の出身か分からなくとも、違う国の人だということは分かる。だから昼間の彼女、レンさんは他人である僕を外国の人だと見破った。

 ロゼさんの研究所にいる能力者はシェルプのような例外を除き、各地から集められた身体を元に作られたと聞いている。フランもミラさんも、おそらくはルークさんも。そして僕とカレンも。

 初めてカレンと会った時どこからともなくやってくる、どうしようもなくむしゃくしゃとした感情を抑えられないこともあった。

 それに加えて僕とカレンの瞳が同じであるということや、あるはずのない共通の曖昧な記憶。

 これらが何を意味しているのか言うまでもない。


 ――僕は、カレンを知っていた?


 僕は半ば無理矢理力任せにカレンの拘束から抜け出し再びベッドに横になる。


「時間まであと一時間と三十分。その間、僕は一眠りさせてもらう。時間になったら起こしてくれ」


 カレンの言葉も聞かずそう言ってから、目を瞑った。


「えー、つまらないです。もっとお喋りしましょうよ」


 子どもように駄々をこねるカレン。

 そんな明るい声だけがこの部屋に響きわたる。

 今は何も考えたくない。

 仕事のこと以外、何も。

 何も、何も、……


「あれ、ネロさん。寝てしまったのですか? 助けてください。ベッドの間から出れないのですよ。ネロさん、ネロさーん!!」

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