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第099話 サワー・ダーリング


 謁見(えっけん)の間に通された俺は、もしかしてランヴィル公爵と鉢合わせしやしないかとヒリヒリしていたが、どうやら本日は不在中とのことでひとまず胸を撫で下ろした。


 俺たちの村とは一線を画す異世界すぎるきらびやかで美しすぎる装飾の数々は、これまた中世ヨーロッパのゴシック建築調とでも言うのだろうか。国のトップが君臨するに相応しい雰囲気に飲まれてそわそわしていると、わざとらしく扉を叩いた誰かが「邪魔するよ」と部屋に入ってきた。立ち上がって頭を下げるテーブルに続き、俺とマーロンさんも慌てて平伏する(ポンチョは器用に俺の頭の上で寝てるけども……)。


「よいよい、すぐに頭を上げたまえ。むしろ我らがそちらに頭を下げねばならぬくらいだ。おっと、自己紹介が遅れたね。私はコーレルブリッツ公国の公爵付補佐のサワー・ダーリングだ。以後お見知り置きを」


 銀色の髪に銀色のヒゲを蓄えた、見るからにデキる空気を漂わせるナイスガイオジサマは、自身のことをサワーと名乗り、部下たちを自分の背後に並べて休めの合図を出した。慌ただしく腰掛けたサワーは、さっさと座ってくれとこちらに呼びかけた。粗相がないように俺に目配せしたテーブルに「へいへい」と目で返事した俺は、仕方なく背筋を正しながら口をへの字に曲げた。


「そちらの御二方が、例のモリスの森の奥地に住むという村の代表であろうか」


「は、はぁ……。私は村の村長をしておりますハクと申します。こちらは猫族の頭首代理、兼冒険者窓口の担当をしているマーロンです。よろしくお願いします」


「マーロンです」と彼女も揃って挨拶する。

 (かしこ)まらないでくれと言ったサワーは、挨拶よりもまず礼だと徐ろに立ち上がり、深々と頭を下げた。部下と俺たちが慌てて(いさ)めるも、彼は一切躊躇(ちゅうちょ)することなく、「我が国の危機をお救いいただき感謝の言葉しかない」と最大限の賛辞の言葉を俺たちにかけてくれた。


「やめてください。我々もこのマイルネの町に大いに世話になっております。当たり前のことをしたまでです」


「そう言っていただけると、こちらとしてもありがたいかぎりだ。本来であれば、我らが代表であるランヴィルがこうして礼を申し上げるところ、どうしても外せぬ事情があり、同席することが叶わなかった。重ねて申し訳ない」


 たかが下々の村人にここまで礼を尽くす国のトップが、この世界にどれほどいるだろうか。少なくとも、俺はそのように優れた者たちをほとんど見たことがない。しかし裏を返せば、俺はそのような人格者であり、かつ良き国の統率者であった公爵の父を殺した大罪人だ。本来ならば、こうして彼らの感謝を受けられるような人物ではない。


 そんな野暮な人間が、このような場に長々といられるはずはない。俺は礼の言葉を受け取るとすぐに、「これ以上我々のためにお時間を頂戴するわけには参りません」と前置きして、この場を後にしようとする。しかしサワーに「待ちなさい」と留められてしまった。


「そう慌てることもあるまい。私の予定などは気にせんでいい。何よりランヴィルより丁重に頼むと指示を受けておるのでな。してそちらの村長殿と、マーロン殿でしたか。御二方の活躍は、そちらのテーブルより色々と伺っている。大層な活躍であったらしいな」


 身を乗り出して笑ったサワーは、どうやら既に『俺たちのファン』といった様子で、これまでギルドから聞き及んだ情報を一つひとつ読み並べ、わざわざ俺たちに説明して聞かせた。しかも誇張というほかないほど大袈裟にされた話は節々で嘘も入り混じり、随分と派手な話になっているではないか。おいテーブル、どういうことよ!?


「しかもこの度は、かの御高名なエドワード・ガロウ氏までもを招集し、事態にあたってくれたそうではないか。我が国ギルドに所属するエンボスが彼の43番目の弟子であることはもはや周知の事実だが、まさかその師匠本人を担ぎ出してくるとは恐れ入ったぞ。公国としても鼻が高いというものだ、ハッハッハ」


 初めて聞くワードが色々とあったが、どうやらあのヒゲ男は、よほど凄い男だったらしい。もともと西の国に拠点を置き仕事をしている職人なのだが、過去この国に住んでいた弟子(※空き工房となっていた家の主)に用があって訪ねたものの、本人が既にマイルネの町を出ており会えなかったことに加えて、雪のため町から出ることができなくなってしまったことで、仕方なくあそこで野宿をしていたのだという。今より数日前に突然帰ると西の国へ戻っていったそうだが、彼が滞在中の間、マイルネのギルドや職人街界隈は、水を得た魚のように動き回っていたらしい。現金な奴らめ……。


「それに聞いたぞ。此度(こたび)に作った魔道具の荷台も凄いらしいが、それ以上に今回大量に卸していただいた実の方も凄いのだとな。なんでも本来のピルピル草とは一線を画すほどの違いがあるとか!」


 でしたらと相槌を打ったマーロンさんが、俺の頭の上で寝ているポンチョのリュックから実際の実を出して彼に手渡した。すると「なんだ、この大きさは!?」とサワーとその部下たちが口々に驚きを露わにした。


「私たちの村の特産品として試作している、新しいピルピル草の実です。あくまでも試作の段階ですが、今回は偶然収穫を早めておりましたので、こちらを皆様にお分けすることができました」


「なるほど、確かにこの大きさであれば、これまで以上の収穫量が見込めるというわけか。面白いな。しかも聞けば、これまで我々が作っていたものよりも随分と美味だそうではないか。いや、むしろハッキリ美味いと申し上げよう。私も何度か食さしていただいたが、それはそれは美味だった」


 確かにと全員が頷いた。

 当たり前だ、俺たちが努力に努力を重ねて作り上げた至極の逸品なんだぞ、美味いに決まってるだろ!


「そこで相談なのだが、こちらの実を今後とも我らの町に卸してもらえぬだろうか。今回はもう量がないと聞いているが、現在(ちまた)で出回っている従来のピルピル草の実を食べた連中から苦情がきておるのだ。前に出してくれた実をまた売ってくれとうるさいのだよ。まったく、こちらの気も知らず勝手なものだな、ハッハッハ」


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