第092話 異臭度レベルMAX
急いで町中へと移動した俺は、リストの中から集めることが簡単なアイテムをピックアップし、どの町でもごく普通に素材として売られているものを入手し、リストに示された分量とを組み合わせ、早速調合を実施した。すると俺ですら見たことがない反応を示したアイテムたちは、みるみる間に変貌を遂げ、まるで得体のしれない『物質B』へと進化していくではないか!?
「う、嘘だろ。俺だってこの20年かけて調合のイロハは色々試してきたんだぜ? こんなありふれた素材で、まだこんな見たことない反応やアイテムが存在してんのかよ。ってか、あのおっさん何者だ。どうしてあんなおっさんが、あんなとこで肉焼いてたんだよ!?」
初めて生み出された物体を上下左右から覗きつつも、少なからず初めてリッケさんから指定された赤文字のアイテムに丸が付いた。まだ始まったばかりではあるが、本当にこれが上手くいくのだとしたら、もしかしたら本当にもしかするのか!?
「考えてる暇はねぇな。とにかく今はここに書かれたアイテムを片っ端から集めるしかない。にしてもこの天候の中、これだけのアイテムをたった数日で集められるのか!? どんだけの苦行だよ」
もともとあったリッケさんのリストが細分化され、そこから親方が入手可能としていたアイテムを除いた残りをピックアップしてみるも、当初予定していた四倍もの品数が必要となりそうだ。しかもその中の半分は町だけでは集まりそうもなく、物によっては討伐や採取の必要が出てきてしまう。
「う~ん、こうなると俺本来の冒険者ランクじゃ集められないものが多数あるが、……今はそんなこと言ってる時間はない。あとでどう言い訳するかを考えながら、やるだけのことをやるしかない」
残された時間は約12日。親方の予測によれば、現在手元にあるアイテムの加工にかかる日数が三日だとして、それを使い切るまでに追加のアイテムを手に入れて納品しなければ、ヒゲ男の作業を止めてしまうことになる。となると、俺は次の工程にかかる日程を確認しつつ、ひたすらアイテムを手に入れては納品し、日程を確認しては納品し続けるしかない。作業を止めないギリギリのタイミングを読みつつ、12日以内に全ての作業を完了させ、魔導コンテナを完成させなければならない!
「とすると、まずは簡単に手に入るものから順々にいくか。ええと、これとこれ、それにこれとこれは町で手に入るから……」
そうして俺はアイテムを一つひとつ入手しては納品するという工程を繰り返し、約九日をかけて約99パーセントのアイテムを納入した。それこそ昼夜を問わず、ダンジョンや野山を駆けずり回り、エリアボスクラスの魔物すら討伐した。しかしいよいよ最後の工程を目前に、ヒゲ男のリストをしてもなお要領を得ないアイテムの入手で行き詰まってしまい、俺はひとり頭を悩ませていた。
「……ダメだ、コイツだけは見たことも聞いたこともない。『太古の祝福』と書かれているが、これは一体なんなんだ?」
スキルや魔法という外的要因とは一線を画し、アイテム名の一つとして記述されたその逸品は、なんの説明もなく、ただ漠然とその存在感を示し続けていた。一旦工房へと戻った俺は、九日前から一睡もせず狂ったように作業を続けているヒゲ男の袖に座り込み、男の顔を覗き込みながら質問した。
「なぁ、この『太古の祝福』ってのはなんなんだ。コイツだけが、どうにも入手できないんだが……」
「太古の祝福といったら、太古の祝福じゃ! いいから! 早く! もって! こい! イモ!!」
ポンチョのリュックからイモを取り出しヒゲ男にトスしてやる。紅く染まりきった眼でまばたきひとつしないままイモを頬張る様はバケモノそのもので、完璧にキマっている。この人、本当に大丈夫か……?
ヒゲ男の体力についていけず、工房の端っこで倒れて白目を剥いていた親方の肩を叩き、例のアイテムについて訊ねてみるも、やはり見たことも聞いたこともないと首を振った。
「これだけがどうやっても手に入らない。誰かアイテムに詳しい人は?」
「ギルドのもんが知らんのなら、……あとは大書庫の司書くらいだろうな」
「大書庫の? そうか、リッケさんなら知ってるかも!?」
俺はヒゲ男の隣で爆睡していたポンチョの頭をひと撫でし、すぐに町を飛び出した。村までの往復を考えれば、もう時間はそれほど残っていない。しかし今は悩んでいる時間すら惜しい!
森に足を踏み入れると、すぐにシルシルが駆け寄ってきた。「乗ってください」という彼の背に跨った俺は、「少しだけ横になる」と呟き、倒れるように顔を伏せた。不眠不休で動き続けていたせいで、上手く身体が動かなくなってきた。そして俺は激しく揺れるウルフの背中で、久方ぶりの休息を……
「取ってる場合じゃねぇだろ!?」
五分、いや、十分か。
油断すれば数日すら寝ていられるほどの睡魔をかなぐり捨て、シルシルに魔力を供給する。シルシルとて、マーロンさんたちグループと協力し、延々と走り続けてきたはずだ。俺だけがサボっていられる道理などない。
「まだいけそうか、シルシル!」
「無論、あと一往復程度、この身張り裂けようとも主のために走りきってみせよう!」
「いや、そこまでしなくてもいいから……。適度に頑張ろうね」
十日目にして最高速度で駆け抜けた俺たちは、未だ雪降りしきるモリスの森を突っ切り、ものの五時間で村に到着した。雪上を滑るように倒れてしまったシルシルに礼を言い残した俺は、すぐにリッケさんの姿を探し、食料庫へと飛び込んだ。しかし満身創痍で働く猫族とアリクイ族の姿があるだけで、彼女の姿はどこにもない。
「みんな、リッケさんどこ行った!?」
「そ、村長殿、リッケ殿なら先程お花を摘みにと……。しかしそれにしても、随分と長いような」
「お花? ……わかった、ありがと!」
慌てて彼女の自宅として使っているゲストハウスに飛び込むも、何やら恐ろしいほどの異臭に襲われ鼻を摘む。一瞬でここにいてはダメだと思わせるほどの酷さに、俺はすぐに扉と窓を開け放ち、風魔法で換気を促した。
「うぉえっ! な、なんなんですか、この酷い臭いは!?」
見れば、床にはそのままになっている食べカスや着替え、実験に使用したアイテムやゴミが散乱し、作りかけの実験道具などもそのままになっていた。俺は指先に小さな火を灯し、真っ暗な部屋の中を覗き見た。とても女性の一人暮らしとは思えぬ汚部屋っぷりに、そこに住んでいる人物の性質を否応なく想像させられた。
「今はそんなことより彼女の話を聞かないと。り、リッケさん!? いるんですか、いたら返事してください!」
しかし返答はなく、仕方なくさらに奥の部屋を覗き込んだ。そこは腰の高さまで達するほどのゴミと備品が積み重なっており、とても人の住める環境ではなくなっていて、俺は思わず胃の中のものを全部吐き出しそうになる。しかしそんな俺の嗚咽に混じり、どこからかブクブクという音が聞こえてきた。
なんだ、この音は!?