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第091話 凄い人


 自分の身体で炎を体現するように屈伸運動しながら叫んでいるヒゲ男。「すぐに!」と小脇に男を抱えた親方が、「お前らもこい!」と俺とポンチョを呼びつけた。


 なんのことやら意味不明ではあるが、俺はマーロンさんたちにギルドの仕事を任せ、言われるがまま親方を追って工房街へと出戻った。そして先程訪れたばかりの潰れそうになっていた工房に到着するなり、カビの生えたシャッターを強引にこじ開けて中に入った。


「おいお前、さっさと釜に火をつけろ。そっちの炉にもだ、早くしろ!」


「そんなこと勝手にしていいのかよ。ここ親方の店じゃないだろ!?」


「ここは俺の()()()()()()()だ! にしても、なんであの野郎はいねぇんだ。あー、もういい、んなことどーでもいい、いいからさっさと火をつけんか!」


 工房に入っても、「うんしょうんしょ」とひとりで掛け声をかけているヒゲ男を袖に置いたまま親方が叫ぶ。俺は仕方なく(ほこり)を被っている炉の横に置かれたままになっていた薪をくべ、魔法で火をつけた。そして床でひっくり返っていた鍋に水を汲み、パチンと指を鳴らして湯を沸かした。


「ちっ、まさかこんなことになるとは想像もしてなかった。56番弟子の()()()()()()じゃなくて、どうして()()がこんなとこにいんだ。おいお前、準備はまだか!?」


「準備ってなんの準備だよ。俺はまだ心の準備すらできてないっての!」


「だー、もういい、あとはこっちでやるから、お前は師匠のご機嫌でも窺ってろ。絶対に機嫌を損ねるなよ、わーったな!?」


 ポンと放り出された俺は、独り言を呟きながらスクワットしているヒゲ男を見下ろした。俺には痩せこけた小さいヒゲのおっさんにしか見えないが、親方やギルド職員の慌てた態度を見る限り、コイツがなんだか凄い奴なんだろうってことはわかってきた。しかしだ……!


「おいキサマ! イモだ、イモを食わせろ!」


 火をつけろと言った次は、またイモかよ!


 俺はポンチョのリュックからイモを二つ取り出し、ヒゲ男にくれてやった。恍惚とした表情でイモを手に取った男は、肉体に燃料でも補給するかのようにイモをがっつき、鼻息荒く、ものの数分で食い切った。


「フォフォフォフォフォ、フォフォフォー! 沸いてきた、沸いてきた、ノウミソが、ノウミソが、フォフォー!」


 頭から煙を吐きそうなテンションで奇声を上げたヒゲ男は、汽車が走りだすかのように腕を回しながらギンギンの眼を見開いて親方を睨みつけた。そして彼の腰から道具を強奪するなり、狂ったようにハンマーを振るい始めた。もはや完全にヤバイ奴だ!


「おいお前、とにかく現状揃ってるアイテムをそこに並べろ。とにかく全部そこに置くだけでいい、早くしろ!」


 そう言うと、親方は自分が手配して集めてきたアイテムをヒゲ男の前に並べ、残りのアイテムをすぐ用意するように命令した。しかしそんなものが手元にあるはずもなく、「いや、これから集めるんですけど!?」と返事するほかない。


「だったら早くしろ、師匠のことはこっちで見ておく。師匠の手が止まる前に、さっさと集めてこい!」


「集めてこいって、んな無茶な……」


「コイツを持ってけ、急げ、走れ、歩くな!」


 親方が俺に紙をトスした。それは先程ヒゲ男が書き上げた設計図のようなものらしく、何やら細かく文字が書き殴られていた。


「……うん? ちょっと待て、これって」


 リッケさんが書き出したメモとは比べ物にならないほど精巧に書き出された設計図には、必要な材料がミリ単位まで記されており、とてもあの一瞬で書き上げたものとは信じられなかった。しかもあれだけ抽象的だった素材の一つひとつまでもが、必要な強度や彩度に至るまでびっしり書き込まれている。なんだ、この恐ろしい精度は!?


「あら~……? おっさん、もしかして凄い人だったりする?」


「当たり前だ! 魔道具作りや解体の世界において、この人の横に立つ人間なんざ早々いねぇんだよ。いいからさっさと材料集めてこい、すぐだ!」


 蹴倒されて工房を追い出された俺は、ポンチョを離してくれないおっさんのことを一旦諦め、三人を工房に残したままアイテム探しに飛び出した。「今あるこの量のアイテムだと、期間はもって三日だ!」と吐き捨てるように言った親方の様子を一見するだけで、相当切羽詰まった状況であることが伝わった。だがしかし……


「急すぎるだろ!? そもそも誰なんだよ、あのおっさんは!!?」


 テーブルはヒゲ男のことをエドワード・ガロウと呼んでいたが、よくよく思い出してみると確かに聞き覚えはある。しかもなんだか随分と身近なところで聞いた覚えがあるが、果たして。


「忘れた! しかし今はそんなことどーでもいい。それよりもまず今は素材の準備だ。手始めにどこから……」


 それにしても、だ。

 ここに書かれた素材の数々は、そのアイテムの構成物質までもが明確に示され、どれも確実に存在しているものばかりで埋め尽くされている。過去に一度は見覚えある素材が並び、これが本当ならリッケさんが記してくれた赤文字のアイテムですら、もしかすると準備できるかもしれない!


「本当にここに並んだアイテムが、ここに書かれた比率で調合することで生み出せるものなのだとしたら、俺ならどんなものでも作り出すことができる。……が、おいおいマジかよ、冗談キツいぜ!?」


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