第009話 猫の魔物
周りに目がないことを確認し、俺は潜伏のスキルを周辺に張り巡らせてから薪を集めて火を起こした。そしてポンチョが背負っている小さなリュックの口を開き、中から大きな鍋を取り出した。
「ポンチョさん、少しばかりお鍋を借りますよ」
言い忘れていたが、ポンチョはいつも背中に小さなリュックを背負っている(俺のものだけど……)。取り上げるとグズるためいつも背負わせているのだが、このリュックは小型のマジックポットになっており、いわゆるアイテムボックスとして使える代物だ。しかしアイテムボックスといってもそれほど大容量ではなく、俺の武器と備品のほか、ポンチョが宝物と称する幾つかのアイテム+αが収まる程度だ。
鍋ひたひたに水を張り、集めたアイテムを細かく刻み、分量を確かめながら適当にぶち込んでいく。さらに温度を確認し、僅かに煮立たせて小休止。煮っ転がしを作るようにコトコト火にかけ、ときどきかき混ぜながら待っていると、ドゥロドゥロになった怪しい液体の出来上がり。
「この物体に俺のスキルと魔力を加えながらろ過を繰り返して、最後にバットの牙から抽出した溶解液をパパッと加えてやれば……。
ヨシ、完成だ(๑•̀ㅂ•́)و✧」
テテーン、ハイポ~ショ~ン♪
さらに高度な素材や中和剤があれば俺の魔力や鍋なんぞ使わなくても完成するけど、今はそんな便利なものはないから仕方なし。これで我慢だ。
俺は完成したポーションを煮沸した空き瓶に詰めて、安物のコルクで栓をした。俺が死にかけていたときにポンチョが使ってくれたものとでは雲泥の差がある安物だけど、これでも体力を回復させるには十分な代物だ!
「コレをギルドでなく町の便利屋に卸してやれば、宿代くらいにはなるだろう。我ながら賢いったらないな。では今のうちに可能な限り作ってしまおう」
リュックに入っていた空き瓶の数だけポーションを作ってしまおうと考えた俺は、日の傾きを計算しながら時間の限り作業を続けた。そうして最後の中和剤に火をかけたところで、「うにゃ~」と間抜け声をあげながらポンチョが起きてきた。
「ふにゅ……、もうご飯~?」
「おいおいポンチョさんや、中和剤の酸いぃ酸いぃ匂いを嗅いどいて、どしたらその結論に落ち着くんだ。残念ですが、まだお仕事の真っ最中です!」
「お仕事ポンチョもする~(寝ぼけながら)」
「おい待て触んな、お手々のゴミが入っちまうだろうが。うーん、だったらそうだな。ポンチョさんは、そっちで虫でも捕まえててくれるかな?」
起き抜けに「ポンチョ、虫捕まえるー!」と張り切って両手を挙げたポンチョは、こちらに目もくれず、森の中へ走っていった。『魔力察知』で周囲を警戒しているため、察知できる範囲内なら大丈夫だろうとひと安心な俺は、公園で子供を見守る親御さんのようにウンウン頷きながらポーション作りを続けた。ですが……
「トーーーーーアーーーーー!!」
……すぐにこれである。
五分とたたない呼び出しに、「まぁそうなるか」と腰を叩きながら立ち上がる俺。最後の瓶にポーションを注ぎつつ、「へいへい、お待ちなさいなお嬢さん」と返事する。それなのにあまりに連続で俺の名を呼ぶため、「ちょっとしつこいですよ、ポンチョさん!?」と強めに言ってやる。モコモコの癖に生意気な!
『トーーーーーーーーーアーーーーーーーーー!!!!』
「はいはい、聞こえてます、わかってますよ。へいへい、トーアちゃんが参りましたよ、なんでしょうか? ……って、なによこれ、どんな状況?」
大声で名を呼ぶポンチョさんの視線の先。そこには俺の予想の斜め上860度先行くナニカが横たわっていた。
「……なんだいコイツは、もしかして、……ネコ?」
恐くなってしまったのか、俺の足にしがみつくポンチョの頭を撫でながら、そこにいるモノを確認する。
サイズはポンチョより二回りほど大きな中型種で、身体は白と黒のまだら模様。半壊した装備を身に着けているものの、一見しただけでは、モンスターなのか、それとも獣人なのか判断できそうもない。
シャーと牙を剥き抵抗する様子も、傷付いているのかまるで生気がなく、今にも死にそうなほどだ。なるほど、それで俺の『魔力察知』に掛からなかったわけですか。
「トーア、ネコさん食べる?」
「食べねぇよ。と、そんなツッコミは一旦置いといて、だ。まぁ心配するな。何があったか知らねぇが、俺たちは敵じゃない。通りすがりの偽善者だ」
俺の言葉にさらにいきり立ったネコらしき魔物(?)は、激しく牙を剥いて抵抗する素振りをみせる。しかしすぐに青ざめた顔で地面に突っ伏し、力なく倒れてしまった。
「いわんこっちゃない。黙って傷を見せてみな」
抵抗する気力もなくなったネコ魔物(?)に近づいた俺たちは、繰り返し「食べる?」と聞くポンチョにツッコミを入れながら、傷の具合を確認した。どうやら横腹をやられて損傷しているらしく、このまま放置すればまず命はないだろう。
「しかしキミは運が良い。ちょうどこの私がポーションを作っていたから、キミはきっと助かるぞ。ほれ、瓶に入らず余ってたポーションをくれてやろう!」
鍋の余りポーションを雑にぶっかけた俺は、回復完了までのカウントダウンを堂々と開始する。しかし残り4のカウントでひょこりと顔を上げられ、ポンチョに「ブッブー!」とバカにされた。ちっ、そこは空気読んでくれよ!
両耳を立て、傷が塞がっていることを信じられない様子で窺ったネコ魔物(?)は、こちらを警戒しながらジリジリと後退る。しかしひと目で害がないと判断したポンチョに「ネコさん!」と抱きつかれ、逃げるタイミングを逸したらしい。これだからウチのモコモコさんときたら……
「アンタ、俺の言葉がわかるかい?」と試しに質問してみた。すると頷いたネコ魔物。お、言葉が通じるのか!?
今度は「俺たちの言葉は話せるかい?」と聞いてみる。しかし首を横に振った。なんだよ、一方的に伝えるだけか。
「アンタは魔物かい? イエスなら頷く、ノーなら首を振ってくれ」
すぐさま首を振るネコ。
ということはアレだな、この子はネコの獣人、という結論になるかな?
「猫族の獣人、てことでOK?」
頷くネコ。うむ、意思疎通は完璧だ!
すると今度はポンチョの耳元でネコが何かを呟いた。そういえばポンチョも獣人なんだったな。忘れてたよ。
「ネコさん、マーロンてお名前!」
「ほうほう、でかしたぞポンチョ殿。で、そのマーロンさんや、こんなところで何してたわけ?」
難しそうな顔でしばし考えたマーロンさんは、言葉を選びながらポンチョに耳打ちした。しかしポンチョは全く理解できなかったようで、遠く虚構を一点見つめしながらボーッとしているご様子。ふふん、ウチのモコモコを舐めるなよ!
「スマン、コイツに難しいことを言っても多分伝わらんと思う……、いや待てよ。もしかして原因はこっちか?」