第088話 作戦スタート!
それから俺たちは、この二週間に必要な作業の全容を彼らに伝えた。
町で動ける人員が必要なこと、運搬用の物資が必要になること、そして大量の物資を運ぶ魔導コンテナを作る必要があることを説明し、「その上で」と付け加えた。
「もし南の国から物資が調達できる目処がついたときは、今回の約束を破棄させてください。町を救いたい気持ちはありますが、本当は村にとってもう少し時間がほしいのが本音で、これは本意じゃありません。そこだけは守っていただきます」
「……いいだろう。しかしどうしてだ? 物資の調達ができたとして、アンタらの名をこの国に知らしめる格好のチャンスだろうが。わざわざそれを隠す意味がどこにある?」
「俺たちには俺たちの都合ってものがあるんですよ。そもそも俺たちの村にはボアやウルフがいます。変に目立って警戒されることだけは避けたい。それじゃあ不服ですか?」
「いいや、それでいい。そもそも俺たちは、この町が救えりゃそれでいいんだ。俺らギルドの職員は、この町、いいや国を救うため、こんな誰もやりたがらねぇ仕事をしてるんだ。目的が達成できんなら、アンタらが何を企んでたって構わねぇ。ま、国を滅ぼすのが目的ってんなら話は別だがよ」
テーブルがガハハと笑っていると、「ロスカート(※テーブルの名前)が楽しそうにしてるなんざ珍しいこともあるもんだ」と誰かが声をかけてきた。裏から顔を出したのは解体係のエンボスで、以前ボアの解体を手伝ってくれた、通称『親方』だった。
「誰かと思えば獣人の嬢ちゃんたちか。その後トンと俺んとこに顔を見せねぇもんだから、もうよそへ行っちまったのかと思ってたぜ。何かあったのかい?」
暇そうに首を鳴らしたエンボスは、「俺にも一口噛ませろよ」と腕まくりして筋肉を見せつける。しかもよくよく覗ってみると、どこか妙にニヤけた顔で、おかしな雰囲気が漂っている。ああなるほど、そういうことね……
「誰にも漏らさないと言っておきながら、『親方』には情報も筒抜けってことですか。テーブルさん、アンタも人が悪いね」
「ま、こっちもこっちで話を通しておかんと準備ができんのさ。昨日アンタんとこのウルフと一緒にマイルネの間者を出発させたが、親方にはそこにも一枚噛んでもらってる。許せ」
「別に構いませんよ。親方にはこの前も世話になったし。だったら事のついでですし、もう一枚噛んでもらいましょうか」
そこで俺とマーロンさんは、一枚の紙を親方へ手渡した。
「……コイツは?」
「食料運搬用の魔道具を作りたいんですが、無力ながら俺たちにはそのアテがありません。ここに書かれた道具が手に入る場所、もしくは人をご存知ないですか。解体係の貴方なら情報をお持ちではないかと」
ふむと相槌を打った親方は、メモに目を通してから、自分で手配可能なアイテムに丸を付けていった。しかし……
「俺の裁量で手に入るアイテムはこんなとこだ。しかし赤字で書かれてるこっち側のアイテムは……。そもそもこれ、この世界に存在してるもんなのか?」
そう、そこが重要なんですよ。
さすが親方、よくわかっていらっしゃる!
リッケさんに渡されたメモには、「◯◯が可能なもの」や「◯◯の条件を満たすもの」といった漠然とした指示しか書かれていない項目が多く、それが実在しているかどうかも俺たちには検討もつかない。ある程度のアイテムは俺の『調合師』で用意できるとしても、この漠然とした条件をクリアできるかどうかは運任せのところが大きすぎる。だとしたら、よく確率を上げておきたいのが本音だ。
「暇だし見つけられそうなもんはこっちで手配してやる。それとコイツを組み立てる職人もこっちで見繕ってやる。……というより、こんなもんが本当に作れるとして、コレをやれそうな奴なんざ、この国には一人しかいないぜ」
妙な間をもって苦悶の表情を浮かべた親方。
想像するまでもなく、面倒事を押し付けられることがわかってしまうのがキツい!
サラサラと地図を書き上げた親方が俺にメモを握らせた。そしてポンポンと頷き肩を叩く。
なんなのそれ、すっごい気になるんですけど!
「そんじゃまぁ早速始めますか。猫の嬢ちゃんと俺らは人と資材の手配と運搬を。そっちのあんちゃんは、まずは野郎と話をつけて、そっから手分けして材料探しだな。で、全作業を南の間者が戻るまでにってか。カッカッカ、こりゃ無理難題だ!」
「あ、あの、その『野郎』ってのはどなた様で?」
「行ってみりゃわかる。俺の名を出しゃ話くらいはしてくれんだろ」
親方が豪快に笑っている。それにしても、彼の言うとおりこれは本当に無理難題だ。
強引でもなんでも、やらなければマイルネの町が終わる。それが理解できているからこそ、誰もがその目の奥で自分の成すべきことを見据え、腹を決めているのだろう。
「よぉし、そんじゃあ誰にも内緒だがぁぁ、マイルネ救済大作戦をおっ始めますかー!」
緊張感なく高々と手を掲げたテーブルに続き、みんなが控えめに「おー」と応え、いよいよ作戦は開始された。
それからすぐ「お前はあっちだな」とギルドを蹴り出された俺は、親方が書いてくれた地図を頼りに、南西区にある職人街を訪れた。しかし深く雪が降り積もっている町にはまるで活気がなく、本来職人たちが行き交うはずの中央通りすら人影はまばらだった。
通りの武器屋や道具屋も鳴りを潜め、冒険者の姿すら見当たらない。それよりもむしろ餌を求めて歩き回っている小動物の方が多いくらいで、先行きの悪さに目が回りそうだ。
炉を燃やす煙が上がっている煙突すらなく、そもそも働いている職人がいないのだろう。まさか諦めて店を閉めてやしないだろうなと妙な胸騒ぎを感じながら、俺は親方に勧められた店の前までやってきた。
……が、こいつは明らかに――