第087話 蜘蛛の糸
シルシルの背中でリッケさんに渡されたメモに目を通した俺は、「マジカヨ……」と絶句する。隣に並んでメモを見ていたマーロンさんも、同じく目を点にして唖然としていた。
二週間という限られた時間の中で、それを達成できるか否かは五分五分だと彼女は言った。しかし俺が見たところ、その確率は数%あるかないか。いや、むしろ天から降りてきた蜘蛛の糸を偶然手にするくらいの確率ではなかろうか!?
「相変わらずムチャクチャだ。あの人の頭の中は、もはやどうなってるのかわからない。……でもやるしかないんだよな」
俺たちに任せられたミッションは、大まかに分けて三つ。
一つ目は、マイルネのギルドを巻き込み、自分たちの仕事にできるだけ多くの人を引き入れること。何より俺たちには町で動くことのできる人員が極端に足りていない。まずはそこをクリアしなければならない。
二つ目は、運搬・梱包に必要となる物資の確保をすることで、この二週間、常に町と村とを行き来し必要物資を確保し続ける必要がある。現状、村には物資を運び込むための設備や備品が圧倒的に足りておらず、そこを補填できなければお話にならないのである。
そして三つ目。
これが最も厄介なのだ。
「ねぇハク。こんなの本当に可能なのかな。物資の運搬に必要な魔道具の生成なんて」
「可能も不可能も、これがないとミッション失敗なんだから、どうにか調達しないと仕方ないよ」
「でも私、こんな魔道具見たことも聞いたこともないよ!? ポンチョのリュックと同じような『魔導コンテナ』って言うの? こんなよくわからないもの、一体どうするつもりなの!?」
そう、三つ目のミッションの正体は、物資の運搬に使用する『魔導コンテナ(造語)』の生成だ。
運搬に必要となる物資の量は、単純計算で800サーバス(※約800トンだよ!)にもなることが予想される。そんな容量の物資を、しかもこの悪路の中を運ぶことなどまず不可能だ。だからこそ、同重量のまま運搬量を飛躍的にアップさせられる、運送用のコンテナの存在は必要不可欠なのである。
「しかも大問題なのは、そいつを自分で作らなきゃならないってことなんだけど……。魔導リュックすら作ったことがないのに、こんなものどう用意して良いものか」
頭上でスーピー寝息を立てているポンチョのリュックに触れながら途方に暮れてみる。ギルドで必要な情報が得られればよいが、こんな局所的、かつレアすぎる情報を都合よく入手できるとはとても思えない。そんな超絶レア情報を手に入れたうえ、しかも二週間以内に実現しろというのだから、本当に馬鹿げている。さすがに無茶を言い過ぎだろーよリッケさん!?
「マーロンさんとウルフたちは、ギルドに人員の依頼と、物資の調達・運搬作業を。で、俺の方は、どうにか魔道具を形にする……と。うん、ほぼ不可能な気がするけど頑張るしかないね!」
「ですよねぇ」と雪道を駆けるウルフまでもがズーンと沈んでいる。しかし彼らとて、人の心配をしている場合ではない。これから二週間もの期間、常にマーロンさんと物資を乗せて村と町とを往復し続けるという超絶パワハラミッションが待ち受けているのだ。想像するだけで脚が千切れ飛びそうだ!
「ついたらすぐに作業に取り掛かろう。シルシルたちには町の外で待機をしてもらって、その間に俺たちはギルドで必要な人員を確保しよう。そこから先はマーロンさんにギルド関連の作業をお任せして、俺はどうにか魔導コンテナを用意してみるよ」
それぞれ頷き、役割を理解した頃、ようやく町の姿が見えてきた。準備を整える間、近くの森でウルフたちには食事と休息を取ってもらい、俺たちは急ぎ冒険者ギルドへと走った。
前回マイルネの町を出てから二日しかたっていないにも関わらず、目に見えて町の荒廃が進んでいる。雪の重みで潰れた家の数は明らかに増え、その傍らでは震えながら座り込んでいる人々の姿が見えていた。二週間という期間すら惜しいほどの危機が、俺たち目の前に嫌と言うほど転がっていた。
閑散とした町を抜けてギルドに駆け込んだ俺たちは、冒険者の姿すらなくなって落ち着いた様子の窓口で急ブレーキをかけた。そして『御用の方はお声がけください』と書かれた立て札を叩きながら、「ローリエさん、仕事の依頼です!」と呼びかけた。
ハイハイと腰を叩きながら出てきた彼女の肩を掴んだマーロンさんは、「すぐに人を集めてください、早く!」と説明もなく凄んだ。「え? え?」と恐れ半分、困惑半分のローリエさんは、どうして良いのかわからず呆然とするばかりだ!
「なんだってんだよ、騒々しいな。って、……アンタらか。それで、例の質問の答えでも聞かせてくれんのかな?」
興奮状態で制御の効かないマーロンさんを後ろに隠した俺は、「その前に」と前置きしてから、窓口に現れたテーブルに質問した。
「これから俺たちが話すことを、今後二週間、誰にも漏らさないこと。それを約束してもらえるなら、協力します」
俺の言葉を聞き、瞬く間に生気が満ち溢れたテーブルは、「おうよ」と漏れ出すように呟いた。そして誰も入ってこられないようにギルド入口の扉に鍵をかけ、全ての準備を整えてから、ドンと中央の椅子に腰掛けた。
「な〜ら聞かせてもらおうか、アンタらのお話って奴をな!」