第084話 対極に立つ者
「そ、それにしても速いな。もしかしなくても、俺が走るより速い気が……」
「我らはもとより南の高所に住む一族。日頃より雪や氷に囲まれた荒れ地で育ったゆえ、この程度の雪道などわけはありません。ではさらに速度を上げますぞ。御三方、タテガミにお掴まりください」
その一言をきっかけにスピードを上げたシルシルは、俺が丸二日半かかった道のりを、従来と変わらない一日弱という時間で踏破してしまった。シルバーグロウウルフの速力がここまでだったとは、意外な発見である。
「はーい、ここで一旦ストーップ。恐らくだけど、ここから先へ進むと村の精鋭部隊に攻撃されちゃうからね」
村の北西二キロの場所でウルフの背中を降りるとすぐに、周囲の景色がガラリと移り変わった。日頃から村全体にカモフラージュの障壁を張っているが、誰かが俺たちの存在に気付いてくれたらしい。我が村人ながら本当に優秀である。
数分もしないうちに「おーい」という声が聞こえてきて、森の奥から誰かが駆け寄ってきた。どうやら猫族の族長で、俺たちの後方で待機しているウルフを警戒している様子だった。
「これはこれはハク殿、お早いお帰りで。……それにしても、これはどのような状況で?」
探ってみたところ彼の背後にはボアボアやトゲトゲさんが待機しており、遠く高台の見張り台では楽しげなリッケさんの姿も見えていた。なるほど、彼女の差し金だな……。
「実は色々あってね。村のみんなを集めて急ぎ相談したいことがあるんだ」
「相談したき案件ですか。承知しました、すぐに皆を広場に集めます。それで、その者たちの処遇は如何様に?」
「大丈夫、みんなに危害を加えるようなことはないよ。俺が広場まで直接彼らを案内するから、みんなはそれぞれ準備して集まってくれたらいいから」
ウルフを一瞥し引き上げていった族長を見送るなり、待機していたシルシルが「あの……」と声をかけてきた。どうやら警戒されているのがわかったらしく、自分たちが村に入って良いのかと気にしているようだった。
「ウチは小さな村だからね、キミらみたいな高位のウルフがやってきたら警戒するなって方が無理な話さ。ま、そこは理解してよ」
「なるほど。して我らは如何様に」
「普通にしてればいいよ。でも中にはボアたちもいるからね、喧嘩だけはしないように」
「心得ました」と返事した彼らを連れて村の中心にある広場へ向かうと、既に多くの村人たちが集まっており、俺たちのことを酷く警戒していた。中でもミナミコアリクイ族のマルさんたちは、天敵でもあるウルフたちに怯えきっており、リッケさんの後ろに集まって震えているようだった。
「はーいお勤めご苦労さんでした! 村長、それにマーロンさんも。にしても、毎度毎度村長さんは私たちを驚かせてくれるよねぇ。……まさかシルバーグロウウルフを連れてくるなんて、私たち聞いてないんだけど?」
シルシルがグルルと牙を覗かせると、マルさんたちがヒェェと怯えて彼女の影に隠れてしまった。警戒しているのはその奥にいるボアボアたちも同じで、長い牙を剥き出しに、シルシルたちを無言で威圧していた。
「ごめんごめん、連絡してる余裕がなくて、突然戻ってきちゃった。みんな、そんなに警戒しなくても大丈夫。見たとおり彼らはグロウウルフの一族だけど、敵対する気も、ましてやみんなを攻撃する気なんてさらさらないから」
俺の言葉に反応して身を伏せたウルフたちは、自分たちに攻撃の意思はないと皆に示してみせた。ウンウン頷いたリッケさんが代表してシルシルの鼻先を撫でると、ようやくほかの面々も少しだけ胸を撫で下ろした様子だった。
「あらまぁ、可愛らしいワンちゃんたちだこと。ポンチョちゃんも、新しい友達ができて良かったねぇ」
「ワンちゃんてな〜に? ポンチョ、シルシルと、もっと遊ぶ!」
「へぇ、アンタ、シルシルってのかい。私はリッケ。この村の相談役兼雑用係として住まわせてもらってるよ。どーぞよろしく」
軽く挨拶したリッケさんに続き、猫族の族長、アリクイ族の族長、そしてトゲトゲさんが挨拶した。しかし後方で苦い顔をしていたボアボアたちは、気が乗らないのか難しい表情のままウルフたちを睨みつけたままだった。
「ねぇシルシル、やっぱりウルフのみんなは、ボアたちと仲が悪かった?」
「いいえ、皆が皆そういうわけではないのですが……。ただ一点、まさかここにゴールデンワイルドボアがいるとは思わず」
「え、それ何かマズかった?」
「マズいというか、なんと申すべきか……。我らシルバーグロウウルフと、彼らゴールデンワイルドボアは、常に対極に位置してきた魔物。歴史上、双方が並び立ったことはなく、顔を合わせる機会といえば……」
「機会といえば……?」
「雌雄を決する場のみ、という具合でして。太古より互いにそう理解し育てられるゆえ、そう簡単に割り切ることは難しいかと」
かくいうシルシルも、何やら思うところはあるらしく、まだ腑に落ちていないご様子。どうやらマーロンさんはその事実を知っていたようで、バツが悪そうに俺と目を逸らしていた。
そうならそうって先に言っといてよね!