第082話 二週間の猶予
どうやらつまみ食いするために隠していたのだろう。いつか俺が焼いてやった『焼きイモ』を取り出したポンチョは、丁寧に小さくちぎって口に放り込んだ。「おいちぃ♪」と天使のような笑顔をこぼしながら喜ぶ様は、これはもう、ある意味暴力である。
「お、おい坊主。それってあんときに食わせてくれた例のコリツノイモだよな? まだ残ってたのか!?」
まったくウチのモコモコさんめ。
余計なものを見せてんじゃないよ!!
しかし残念ながら子供の発言に封をするのは難しいようで……
「おイモ、まだいっぱいある! ポンチョ、いつもいっぱいいっぱい食べてる!!」
いやいや、胸張って何を仰っているんですか。しかもなんかリュックの中からいっぱい出てくるし!
以前からそうだったが、ポンチョはなんでもリュックの中に隠しておく癖があり、これもそのひとつだろう。食べ残したイモの塊を何個も出しては、嬉しそうに食卓に並べている。俺とマーロンさんは、「はふぅ……」と肩を落としているが、反対にテーブルとローリエさんは目の色を変えている。もう嫌な予感しかしないんですけど!?
「その……、まさかとは思うんだが、念のため聞いていいか。お前らの村には、まだそれなりに食料が残っていたりするのか? ……いや、言いたくなければ言わなくてもいい。俺の口からそれ以上は聞けねぇ。……けどな」
二人のノドがゴクリと音を立てる。
あの味を覚えているからだろうか。
その目線はポンチョが嬉しそうに並べているおイモさんに釘付けだ!
美味そうな匂いを漂わせ(※ポンチョのリュックは温度もそのまま保存してくれるよ!)、嬉しそうにモチモチ口を動かしている可愛い珍獣さんに、人々が目を奪われないわけがない。吸い寄せられるように店内の視線を引っ張ってしまうポンチョの魅力にやられ、全員がこちらに注目してしまっている。
しかしここで下手なことを言うことはできない。俺が余計なことを口走れば、途端に村が窮地に陥ることだってあり得る。何より100人足らずの小さな村ではあるが、彼らは俺のことを村長と慕ってくれる気の良い人たちだ。彼らのことを第一に考えず、俺の一存で勝手なことを約束するわけにはいかない。
「悪いけど、簡単にその返事をすることはできないです。少なくともまだ可能性がある以上、ウチがそれをするべきじゃない」
何よりも、俺自身がこの国の内政に関わることはできるだけ避けたい思っている。食料の供給となれば、それはもう国との大きな繋がりを持つことを意味してしまう。もし俺がこの国の先代公爵を葬った闇の存在だと知れたとき、それこそ俺だけでなく、村人たちにも危害が及ぶことになる。
しかしそんな俺の思惑など、頭上のモコモコさんが考えてくれるわけもなく。短い足二本で堂々と立ち上がったポンチョは、その場の全員に宣言するよう、腰に手を当てて言った。
「ポンチョ、まだいっぱいおイモ持ってる! みんな、おなかいっぱい!」
子供の戯言にも関わらず、店にいた全員がドッと沸いた。それに気を良くしたポンチョの鼻も、これまたズンズン伸びている。これはマズい。ウチのモコモコさんが完全に調子に乗ってるぞ!
「ポンチョさんや、あんまり勝手なことを言っちゃいけませんよ。ほらほら、人の頭の上で胸張ってる場合じゃございませんって。ちゃんと皆さんに謝りましょうね、そんなものありませんよ~って」
抱きかかえて言い聞かすも、本人には悪気がないので強くも言えない。しかし無駄にぶち上がってしまった人々のテンションと注目をさばくには、これしか方法がないわけで……。
しかしその時、これまでずっと黙っていたマーロンさんが俺の手元からポンチョを奪って抱きかかえた。「ホント、ポンチョのいうとおりだね」と笑いかけた彼女は、俺の目を真っ直ぐ見つめながら、「やっぱりダメかな?」と聞いてきた。
「ダメもなにも、それをこんな所で決めるべきじゃないよ。何よりそんな無責任なことを言うべきじゃないし、村のことを第一に考えなきゃ。……そもそも問題はこの雪だよ。マーロンさんだって、この状況がどれだけ難しいかわかってるんでしょ?」
シュンとしてしまうマーロンさん。
彼女の考えていることはもちろんわかるけど、それでも僕らの一存で勝手に決められる問題じゃない。それでも……
「二週間、……二週間その質問の返事を待ってもらえませんか。俺たちも、町の人たちを見殺しにしたいわけじゃない。でもそれより優先しなきゃならない人たちがいる。そこはわかってください」
テーブルとローリエさんが同時に頷く。
冷静さを取り戻した他の客たちも、ようやくそれぞれの話題へと戻り、場が落ち着いた。口のまわりをべっとり汚してご満悦なポンチョは、充分満足したのかまたオネムでくぅくぅ寝息を立て始めた。……くぅ、勝手なモコモコさんめ!
「返事を待つも何も、そんなの俺らがとやかく言えることじゃねぇさ。何より今は南への間者を急ぐ方が先決だ。アンタらが回答を決めるのは、それからだって遅くはない」
残っていた酒をぐいと飲み干し、テーブルが呟いた。ローリエさんはポンチョの出したイモをリュックの中に片しながら、「でもまた食べたかったなぁ」と残念そうに言った。
そうして尻すぼみでお開きになってしまった宴会が済み、俺たちは人気のない宿へと戻り眠りについた。願わくば、二週間後に全てが好転していることを祈りながら、夜は更けていくのだった――