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第073話 獣傑の狩人


 いつもは入国の審査を待つ人でごった返している正門前の待機場も、人っこひとりおらず閑散としている。それどころか町を守っているはずの守衛の姿すらなく、ただただひっそりと閉ざされたままの門だけが佇んでいた。


 どうやら長いこと東の森を抜けてきた者がいなかったのだろう。町の外側は雪おろしすらされておらず、風にさらされたままの門戸は凍り、大量の雪がへばりついていた。もはや説明の必要すらないほどに、虚しさだけが漫然と残る無惨な光景が広がっていた。


「あのぉ、どなたかいらっしゃいませんかー!」


 門の外から呼びかけてみる。しかし反応はなく、俺たちは大門の袖にあった衛兵用の小さな通用口の戸を叩いた。


「誰かいらっしゃいませんかー!」


 俺とマーロンさんでしばらく呼びかけていると、十数分後ようやく反応が返ってきた。まさか外から人の声が聞こえているのかと疑う様子の人物は、「その声、冒険者か?」と扉越しに質問してきた。俺たちが「そのまさかです」と返答し、ようやく凍っていた小さな扉を開けてもらうことができた。


「申し訳ない。大門はこのとおり完全に凍結して開けられなくなってしまったんだ。なによりやってくる者自体がいないから、構うことはないのだがな」


 冗談を言いながら冷えた手を擦った守衛は、どうやらマーロンさんの顔に覚えがあったらしく、「まさかあんた、猫族の!?」と急に声のボリュームを上げた。なんだか嫌な予感がするんですけど……


「そ、そうだが。何かあったのか……?」


「なんもかんも、色々ありすぎて一言じゃ表せねぇよ! しかしアンタがきてくれたのは朗報だ。きっと公爵様も、ギルマスも、万々歳で歓迎してくれるはずだよ。というより、もうアンタの手を借りなきゃ無理かもしれねぇ。とにかく急いでギルドへ向かってくれ。超特急だ!」


 俺たちは理由も聞かされぬままとにかく急げと背中を押され、ギルドへの道を急いだ。しかしギルドへと続く道といいながらも、あれほど整備されて美しかったはずの街道の姿は見る影もなく、積もり積もった雪だけが途方もないほどに折り重なり、中には雪の重量に負けて崩れてしまった住居が見え隠れしていた。


 約二ヶ月村にこもっていた俺たちは、変わり果てた町の様子に目を奪われながら、急ぎギルドの建物に飛び込んだのだった。


「お待ちください! ですが、今のままでは我々にはどうすることも!?」


 中に入るなり、複数人の言い争う声が聞こえてきた。ギルド本部の中は人でごった返しており、あれだけ寂しかった街道の静けさを相殺してしまうくらいの熱を帯びている。何かあったのだろうか?


「あの、どうしたんです?」


「どうしたじゃねぇよ。アンタら、この状況がわかってねぇのか!?」


 俺のちょっとした疑問にも答える余裕がないのだろう。酷く苛ついた様子の冒険者たちは、ギルド窓口に溜まりながら、口々に文句の言葉を叫び、「どうするんだ」と嘆いていた。どうやらよほどのことが起こっているらしいぞ。


「すまん、すまんが通してほしい。何がどうなってるんだ?」


「うるせぇ、今はそれどころじゃ……。って、おいアンタ、もしかして『獣傑(じゅうけつ)の狩人』か!? もしかしてこいつは……。おいみんな、道を開けろ。道を開けてくれ!」


 モーゼの海割りのように窓口までの道が開き、対応に追われていた受付のローリエさんと目が合った。「どうも」と挨拶した俺を無視して駆け寄った彼女は、涙を流しながらマーロンさんの手を取り、「救世主様!」と喜びの声を上げた。


「え、ええと、これは一体どのような……?」


「とにかくひとまず中へ! 詳しい話はそこでお話します!」


 俺のことなど見向きもせず、マーロンさんを引っ張って消えてしまったローリエさんは、そのままギルドの裏側に入ってしまった。ざわざわ落ち着かない残された冒険者たちは、口々にマーロンさんのことを噂しながら、「獣傑なら、(ある)いは」と期待しているようだった。


「あの……、これはどのような状況で?」


 俺が改めて質問すると、近くにいたシーフ風の男が不機嫌そうに答えてくれた。


「ったく、よそ者でもあるまいし、んなこといちいち聞くんじゃねぇ。とにかく町はこんな状況の上、しかもあんな魔物が現れたんだぞ。落ち着いていられっかよ!」


「町がこんな状況で、あんな魔物、ですか。ちなみにどんな状況で、どんな魔物が? スマンが俺、さっき町に着いたばっかなんだ。詳しく教えてくれないか」


 自分がマーロンさんと一緒に外からやってきたことを伝えると、数人の冒険者が町の状況を詳しく解説してくれた。


 降り続いた雪の影響は大きく、周囲の町や国との公益が完全に分断され、現在進行系で町は酷い有様なのだという。物流は完全に停止し、人の行き来がなくなったことで町には高ランクの冒険者が入ってこれず、しかも積雪によって森や平原から出ることを余儀なくされた魔物が町を襲う事態も増え、全てが悪循環に陥っているのだという。


「しかも数日前には、唯一かろうじて人が行き来できていた南側行路の先にある平原に、グロウウルフの群れが出やがったんだ。奴ら単体ならDランクパーティーでも狩れるレベルだが、徒党を組まれた瞬間にその討伐ランクが大きく跳ね上がる。Cランクの複数、いやBランクの冒険者でもなけりゃ手が出せねぇ」


「なるほど。確かにそれはギリギリだね」


「しかし獣傑がきてくれたなら話は別だぜ。奴がグロウウルフを討伐してくれりゃ、どうにか手分けして南の町へ救難要請を出すことができる。うぅぅ、まだ神は俺たちを見捨てちゃいなかったらしいぜ」


 自分らの無力さを嘆き、彼女の登場を喜ぶ冒険者たち。俺たちが町を離れている間にそんなことになっていたのかという驚きと同時に、この状況の危うさに俺は顔を歪ませるしかない。


 俺の予測が正しければ、これからマーロンさんに降りかかるミッションは多岐にわたるに違いない。南側行路に巣食うグロウウルフの討伐だけでなく、雪の影響で生活基盤を失った民衆の支援や救助、さらには隣国への救難要請など、有事を理由に様々なミッションを任されることになるだろう。すると、どうなるか。答えは明白である。



「無理だ……。私のような未熟者に、それほどの重責をになえるはずが……」


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