第061話 いらっしゃ~い!
「本当に申し訳なかったんだな。どうにもならないくらいお腹が減っててね、気付いたら全部食べちゃったんだな。本当に申し訳ないんだな……」
どうやら腹が減っていたのは事実らしく、よくよく見れば身体も小さく、少しばかり痩せている(毛がモコモコでわかりにくいが……)。聞けば仲間たちも飢えている者がほとんどで、どうにか餌がある場所を求めて旅をしてきたらしい。
「なるほど、しかし困りましたね。確かにこの森にはまだ食料となる蟻たちがいるようですが、知ってのとおりこのあたりの蟻は動きが早く、貴方たちでは掴まえられない」
「うんにゃ。だからまた別の森に移動しようと思ってたんだけど、偶然ここを見つけて、そんならもうちょっとだけ……って思っちゃったんだな」
「バレなきゃずっと食うつもりだったんかい! モコモコの癖に太ぇ野郎だな。それで!? 他に行くアテはあんのか!? アァン!!?」
もはや喋り方すら崩れっぱなしのリッケさんがポンチョを抱えながら質問した。
「そんなのないよぉ。おいらたちは森から出たこともなかったからね、どこに行けばご飯があるかも知らないんだな……。どうすればいいんだな」
またボロボロ泣き出した。
これでは埒が明かないな。
すると何を思ったのか、リッケさんの膝から飛び出したポンチョが徐ろにマルさんに抱きついた。「やめてけれ~」と抵抗する彼と楽しそうにじゃれ合ったポンチョは、マルさんの毛で口を拭きながら、「ポンチョ、いつもご飯いっぱい食べてる!」と叫んだ。
「え、ご飯いっぱいなの? すごーい!」
「ポンチョ、いっぱい食べてる!(ドドンッ)」
なぜか自慢気に胸を張るポンチョに見とれ、マルさんが拍手した。どこにシンパシーを感じたんだと理解できない俺をよそに、キラキラと目を輝かせたマルさんは、テーブルの上をテチテチ歩いて俺の前に立つと、スススっと手を伸ばし、勝手に俺の手を握った。
「ポンチョパパさん。貴方こそ、おいらたちの救世主様だ。救世主様、どうかおいらたちをこの村に住まわせてください。お願いしますだ、お代官さま~!」
ポンチョパパ、救世主様、お代官様と次々に呼び名を変えながら、マルさんが絶対服従を示し、俺の皿の上で土下座し始めたではないか。なんならずっと小刻みに動いているので、顔の下では俺の朝飯を勝手に食っているに違いない。……もうよくわからん。
「とにかく一度顔を上げてください。しかし残念ですが、俺の一存ではどうすることもできません。そもそも俺はここに住まわせてもらってる立場ですから」
「そこをどうにか! お願い、お願いしますだお代官しゃま~!」
口にべったり油をつけたまますがりつくマルさん。これではまるで俺が悪代官のようではないか!
「ハク、そんなに厳しくしなくても……。確かに私たちの蟻を食べちゃったけど、そこまで悪気があったみたいじゃないようだし」
「そうですよ。確かにあれは私の可愛い可愛い蟻さんたちでしたが、こうして大いに反省しているようですし、もう少し寛大な処分を」
なぜだろう。彼女たち二人に諭され、知らぬ間に俺一人が悪者にされている気がする。しかしだからといって勝手に決めることなどできやしない。ボアや猫族の皆としっかり議論をしたうえ、しかも食料面の問題をきっちりクリアできる前提でなければ、簡単に彼らを受け入れることなど不可能なのだから。
「皆さん冷静に。確かに困っているときはお互い様だし、俺だって親切にしたいのはやまやまです。しかしこれは簡単な話ではありません。もともとここは食糧問題を抱えた村なんです。当面の危機は回避できたものの、長期的に見ればまだ課題は山積みです。そこをご理解いただかなくては困ります!」
そうだ。俺は自分のことだけでなく、ボアや猫族のみんなのことも考えていかなくちゃならないんだ。そこに誰とも知らないモコモコさんを無責任に受け入れることなどできようはずがないんだ!
しかし俺の反論をどこで聞いていたのか、「ゴホンッ!」とわざとらしい咳払いが聞こえてきた。窓から外を覗くと、猫族の族長に加え、ボアボアまでもが雁首揃えて俺の家を見つめて整列しているじゃないか。どんな状況だよ!?
「問題ないのではなかろうか、ハク殿。確かに我が村やボアたちは食糧難に瀕しておりましたが、今ではハク殿のおかげでこうして食うに困らぬ暮らしをできるようになり申した。しかも我らの作るハクイモは、それほど天候に左右されぬ食物ゆえ、今後も最低限の量は継続して生産できる見込み。僅かばかりの受け入れならば可能かと」
同じようにボアボアまでもが「構わない」と言っているらしい。
……あのね、どうしてキミらそんな見知らぬ人にまで親切なのよ?
「ねぇハク。彼らの受け入れ、考えてもらえないかな」
うぐっ、マーロンさんまでも!?
足にすがりつきながら「おだいかんたま~」と泣いているモコモコを足蹴にするわけにもいかず、俺は仕方なく「皆さんが良いのなら……」と言うほかなかった。ドッと沸いた村人たちが一斉に拍手し、新しく村にやってきたミナミコアリクイ族たちを歓迎していた。
「な、なぜだ。なぜ俺だけが反対しているみたいに……。普通逆じゃないのか。飢えて困ってたのあなたたちでしょうが!?」
表では、マルさんを持ち上げ、ワッショイワッショイと胴上げが始まった。
なんのこっちゃ……。
もう俺にはよくわからん!
そんなこんなで、
俺たちの村に新しくミナミコアリクイ族が移り住むことになったのであった……
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