第060話 東の森の使者
それにしても、この状況でよく眠っていられるもんだ……。
あれから数時間経過したにも関わらず、例のモコモコは、ウチのモコモコと仲良く抱き合いながらスヤスヤ眠りこけている。その顔にはひとつの緊張感もなく、ビクビク怯えていた頃の面影すら感じさせない。
「ポンチョさん、それにマルさんや、そろそろ起きてもらわないと片付かないんですけどねぇ。こんなセリフ、オカン以外の他人に言わせんなよ」
ふとんを引っペ返して転がる二人を笑い飛ばし、「さぁ起きろ!」とお尻をはたく。どれだけ寝ても眠そうな子供のポンチョはさておき、マルさんの方はそれでも起きる素振りなしときた。困ったもんだ!
「起きろ泥棒! さっさと目を覚まさないと町の衛兵に突き出すぞ~」
泥棒という言葉に反応し、「ヒャイ!」と返事してダラダラ流していたよだれを拭ったマルさんは、辺りを見回すなり、正座して土下座した。「申し訳ございましぇん」とプルプル震えながら謝っているけど、どこまで本気なんだか……。
「土下座はもういいから、さっさと起きて朝飯食っちゃってくれ。ポンチョもさっさと着替えてご飯だぞ、ごーはーん!」
食事と聞くなり「ゴハーン!」と寝室を飛び出していったポンチョに呆れながら、俺は未だ土下座状態のマルさんの首根っこを摘み、そのまま食卓へと運んだ。自宅リビングの食事用テーブルでは、既にマーロンさんやリッケさんが腰掛けており、それを一目見た宙ぶらりんのマルさんがバタバタ暴れて抵抗した。
「鬼だー! 鬼に食われんのはイヤダー! メガネ鬼こわ~い!」
どうやらリッケさんを怖がっているらしい。ならばと笑った俺は、彼をリッケさんの隣に座らせてから朝食が並べられた自分の席に腰掛け、「いただきます」と手を合わせた。
「ゴハーン! ゴハーン!」
「こらポンチョさん、お行儀が悪いですよ。ちゃんと座って食べなさい」
「ポンチョ、ゴハン好きー!」
「はいはい、俺も好きですよ」
「マーロン、おイモ好き~?」
「うん、好きだよ。ポンチョは?」
「ポンチョもおイモ好きー♪」
「はぁぁぁぁ、ポンチョちゃん、可愛いわぁぁぁ! 好き、尊い」
「リッケさん、ポンチョが怖がるので黙って食べてください」
「つれないわねぇ。……だったら私はそっちのモコモコを……」
目を輝かせ、マルさんをターゲットにするリッケさん。「やめれ」と額にチョップしたところで、ようやく朝ご飯スタートです。
「マルさんもさっさと食べちゃってください。……あ、というより、マルさんって蟻以外も食べるんすかね。食べられないならあれですけど」
「ほえ? こ、これ、お、おいらのご飯? え、おいらが食べていいの!? やったー、ご飯だー!」
というなり、遠慮なく食べ始めたモコモコ2号。それにしても、躊躇のない食いっぷりだこと!
「……なんか凄い光景だね。ポンチョが二人いるみたい」
「はぁぁぁ、癒やされるわぁぁぁ。まんまるで、もこもこの可愛いのが二人も。ここにトゲトゲちゃんが加われば、グヘヘヘヘ。鬼に金棒♪」
「この人、どんどんキャラ崩壊してってるな……。ところでマーロンさん、族長に話は聞いといてくれた?」
「ええ。どうもモリスの森よりもっと東の方の国で酷い飢饉が起きてるみたいなの。多くの食料難民が出ているらしくて、族長の話だとこの人もきっとよその国からきた人じゃないかって」
「まるほど。それでマルさん、貴方はどこからきた、どなたなんです?」
さっさと朝飯を平らげて皿をペロペロ舐めていたマルさんは、「おかわり!」と騒ぎながら、「おいらはケーレルの森からきたんだよ」と教えてくれた。
「ケーレル? ケーレルといえば、コーレルブリッツより随分と東にある小国でしたよね。どうしてそんな場所から、わざわざこんな場所まで?」
「ご飯がないんだな。おいらたちは、森や砂漠にいる蟻さんや小さな木の実なんかを食べて生きてきたんだけどね、砂漠の環境が悪くて住みづらくなっちゃったのと、森に餌がなくなっちゃったせいでね、ご飯がなくなっちゃったんだぁ(ションボリ)」
「おいらたち、ってことは、他にも仲間が?」
「うんにゃ、でもどこにご飯があるかわかんないから、ちっさくわかれて旅に出たんだ~。でもおいらだけ知らないうちにはぐれちゃって、気付いたらこの森にいたんだな」
どうやら話していて自分の現状を思い出したらしく、急にエグエグ泣き始めたマルさん。情緒不安定な子供か!
「そ、そうですか。まぁ状況は理解したけど、それでも人の家に侵入して飼っている蟻を食べてしまうことが悪いことってのは、わかってるんだよな?」
露骨にショックを受け、またズルズル鼻をすすって泣き始めたマルさん。なんだか俺が虐めてるみたいになるからもう泣くのやめて!