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第057話 巨大な敵の影


 驚いたマーロンさんがくるりと身体を曲げて中を覗き込む。

 すると「あっ」という意図せぬ言葉が飛び出し、続いて俺とリッケさんも一緒に中を覗く。そして二人と同じく「あっ」という声を漏らしてしまうのだった。


 俺たちが見つけたもの。

 それは俺たちのものとは全く違う、何者かがつけた『痕跡(こんせき)』のようなものだった。


「ゲージを開いた扉の裏側に、なんだかおかしな形の痕がついてるよ。こんなの昨晩はあったかな?」


 ゲージ扉の裏側に巨大な爪で(えぐ)られたような妙な形の窪みがあり、マーロンさんが自分の指先を当てて確認してみる。しかし俺たちの誰と比べても抉られた痕はあまりにも大きく、当然ポンチョの小さな爪などでは比べようもない。


「昨晩のうちに、この大きな爪の持ち主が、蟻たちを持ち去ったってこと……?」


 自らゲージに入って中から窪みの寸法を測ったリッケさんは、その深さと形状から『敵』の姿を想像する。俺たちの指よりずっと大きい窪みの深さから想像するに、相手の大きさは少なくとも自分たちの四倍、もしくはそれ以上ではないかと結論付けた。


「四倍ですって!? そんな大きな生き物がこの村の周辺に?」


「少なくとも知能のある巨大な生物が、この扉を開けて、中の蟻たちをさらったのだと」


 深刻な表情で議論している女性陣二人に対し、俺は額にシワを寄せての困り顔だ。

 俺たちの四倍の大きさとなれば、その体長は八メートルにも達し、高ランクのボアたちに匹敵するほどの大きさだ。しかもこれだけ明確に指跡を残せたとなると、ただ漠然と握った力が恐ろしく高いことを裏付けている。


 しかしそんなことが本当にあり得るのだろうか?

 思い出してもみてほしい。この村を守っている『守り神』の存在を……


「ちょっと待った。皆さん、とても重要なことをひとつ、お忘れではありませんか?」


 リッケさんとマーロンさんが「何よ!?」と言いたげに振り返った。

 今にも叱られそうな俺は、慌てて二人に忠告した。


「この村は、夜間ちゃんと警備してくれてる『あの人』がいるんですよ? 皆さんも御存知ですね」


『あ!』と二人が同時に声を上げる。

 そう、この村にはトゲトゲさんという絶対的守護神様がいらっしゃるのですよ!


 夜勤を終えて休憩中だったトゲトゲさんを緊急招集した俺たちは、眠そうにくねくね動いているトゲトゲさんに昨晩のことを聞いてみることにした。しかし彼から返ってきた答えは、また俺たちをハテナの海へと突き落とすことになった。


「ねぇトゲトゲさん。昨晩、このゲージに近付いた巨大生物がいたわよね!?」


 漠然としたマーロンさんの質問を不思議そうに聞いているトゲトゲさん。

 しかしすぐに首を横に振り、自分は何も見ていないと否定した。


「え? でも、こんなに大きな指の痕がゲージについてるのよ。リッケさんの話では、少なくとも八メートルはある巨大な生物じゃないかって!」


 しかしトゲトゲさんは何度も首を振り、そんなものは見ていないと否定した。それどころか、昨晩は侵入者らしき侵入者の影もなく、本当に静かなものだったと俺たちに教えてくれた。


「わかったわ! きっとトゲトゲさんでも気付けないほど高度なスキルや魔法を使って忍び込んだ巨大侵入者よ。そいつが夜中にゲージへ入り込んで、扉に傷をつけたのよ、そうに違いないわ!」


 マーロンさんがフフンと宣言する。

 しかしそれはどう考えてもおかしい。矛盾がすぎる。


「もしそんな人がいたとして、どうしてわざわざゲージに指の痕なんて残すのさ。考えてもみてよ、そいつはトゲトゲさんや俺にも悟られないように侵入して、わざわざこんな目立つ痕を残してったんでしょ? だったらそれはなんで? 理由がなさすぎるよ」


「そ、それはトゲトゲさんやハクに対する挑戦状よ、きっと!」


 そんな挑戦状を残す意味は……?

 というごく自然な質問に答えられるわけもなく、マーロンさんがシュンとしている。

 しかし何者かがゲージを開けたのは確かで、その正体にトゲトゲさんが気付かなかった理由も定かではない。


「体長八メートルのよくわからない何かが誰にも目撃されず侵入し、捕まえたばかりの蟻たちを奪い去った。しかもご丁寧に手痕を残したまま……」


 さらに妙なのは、そんな巨大生物が近付いたにも関わらず、それを裏付けるような魔力の残渣がまるで残されていないことだ。本来、ボアのような巨体な魔物や生物は、生きているだけで周囲に多くの魔力痕跡を残してしまうものだ。それだけでなく体毛や髪の毛、足跡といった物証が自然と生まれ、謀らずも証拠を残してしまう。それすら生み出すことなく、颯爽(さっそう)と逃げおおせている事実に、俺もトゲトゲさんも、ある意味で衝撃を受けていた。


「仕方ないですね、起きてしまったことは起きてしまったことですよ。こうなったら、我々で犯人を探すしかないでしょう!」


 わなわなと怒りを募らせたリッケさんが拳を握って宣言した。

 確かに、このまま話を終わらせてしまうのは寝付きが悪い。


「ではどうしましょう。夜間の警備を増やしましょうか?」


 俺の質問にチッチッと指を振った彼女は、中身が空になったゲージを示しながら、「方法は一つしかありません」と呟いた。


「方法は一つ……。それはどんな?」


「そう、私たちがもう一度蟻ちゃんたちをここに入れて、再び敵の姿を炙り出すのです。見ていなさい盗っ人め、すぐに貴様らの悪事を暴いてやるんだから!」


 高らかに腕を突き上げた彼女の意見を尊重し、俺たちはもう一度蟻を捕獲し、泥棒の正体を探ってみることに決めた。しかし燃え上がる俺たちの心の火を掻き消すように、降り出した雨はそれから三日三晩続き、ようやく蟻を捕まえられたのはそれから四日後のことでした――


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