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第055話 消えた蟻たち


 グッと温度が落ち込み、随分と寒くなってきた。

 まだ霜が降りるほどではないけど、もうしばらくすると雪が降る頃かもしれないな。


 窓の外を眺めながら朝の日差しを浴びていると、誰かの賑やかな声が聞こえてくる。町に帰らず村の客室に泊まったその人物は、どうやら興奮を隠しきれない様子で窓から覗く俺の顔を見つけるなり「おっはよう!」と挨拶をした。


「あ、あははは……。今日も朝から元気っすね、リッケさん」


「当たり前じゃないですか! だって今日はいよいよついに、彼らの本領をこの眼で見届けられる記念すべき日なのですから。嗚呼(ああ)、私はなんて幸福(しあわせ)なのでしょう。こうしてこの国の農耕の歴史が変わる瞬間を目撃できるのですから!」


 悲劇のヒロインが崩れ落ちるようにペタンと地べたに座り込みながら天に右手を掲げてみせる。いちいち大袈裟なんだよなぁ、彼女……


 しかしそれと同じくらいの勢いでドタドタと聞こえてくる足音が。

 バタンと開いた扉の外では、彼女と同じくらい嬉しそうな顔した女性が。


「ハク、朝だよ! ほらほら、すぐ準備しないと置いてっちゃうよ!」


 勝手に入ってくるマーロンさん。

 親しき仲にも礼儀あり、ですよ……?


 まだ眠っているポンチョの背中を撫でながら、「まぁまぁそう慌てないで」とテンション高い二人をなだめ、ボサボサの髪を整える。


「ハクったら、早くしないと勝手に進めちゃうんだからね。ゆっくりしてたらリッケさんに先を越されちゃうんだから!」


「仲間なんだし別にいいじゃないの……。それともな~に、マーロンさんは、まだリッケさんにライバル心を抱いてるのかなぁ?」


 ムムムッと顔を強張らせたマーロンさんが、俺の頬を両手でギュッっと挟み、「いいから急ぐ!」と頬を膨らませた。ボーッとしているポンチョを頭に乗せ、手を引かれるまま欠伸しながら外に出た俺たちは、もはや待っていられない様子でその場駆け足していたリッケさんに改めて挨拶する。


「やっときましたね!? ならばもう遠慮はいりません、蟻ちゃんたちを最初に見るのはこの私です!」


 子供のように駆けていったリッケさんに手を伸ばし「抜け駆けは許さないんだから!」と追いかけるマーロンさん。二人とも子供じゃないんですからね!


 彼女らの後ろ姿を眺めながら、俺は一人空を眺め、「いい天気だねぇ」と呟く。新しいことを始めるにはもってこいの日和だ。なんだか今日は良い一日になりそうな気がする!

 そんなことを思っていると、突然誰かの悲鳴が聞こえてきた。誰かといってもこんな時間に悲鳴を上げる人物など二人しかいないんだけど、なぜだかその二人が蟻用ゲージの前で頭を抱え、ヒドい顔をしている。……何があったの?


「二人して朝からスゴイ顔ですけど、そんなに驚いてどうしました? ……って、あれ」


 驚愕して後退る二人の肩越しからゲージを覗き込む。

 昨晩はゲージのどこを覗いても蟻たちの姿があり、元気に動き回っていた。水の繊維を編み込んである彼ら専用のゲージは作りも堅牢で、たった一晩でどうこうできる代物とは思えなかった。……はずなのだが。


「いない、いないわ。あれだけ沢山いたはずの蟻たちの姿が、どこにもない!!?」


 リッケさんが両頬をすぼめて高らかに叫んだ。マーロンさんも一緒になって騒ぐため、頭上のポンチョがようやく目を覚まし、なんだなんだと目を輝かせている。これは面倒なことになった。


「ハク、もしかして貴方(あなた)の仕業!? わ、わかったわ、私たちを驚かすためにこんなことをしたのね。まったく、意地が悪いんだから!」


 プンプン肩を怒らせて迫るマーロンさん。

 ですがすみません、俺はそんなことしてないです……。


「俺は知らないよ。でもおかしいね、本当にどこにもいないの? 土の中に隠れてるとか」


「このゲージの地面はそもそも掘れない仕組みになっているので、隠れる場所はありません」


「だったらその……、共食いしちゃったとか……?」


「それもあり得ません。中には十分な餌を用意してありましたし、なにより先程まで餌を食べ歩いていたはず。飢えて仲間に手を出すことなどあるはずが!?」


 しかし10メートルの蟻玉に変化できるほど大量にいたはずの蟻たちの姿はどこにもなく、村人が指で数えられるほどしか残っていない。魂が抜けたように落胆し、ゲージにもたれたままペタンと座り込んでしまった二人は、「私たちの蟻さんが……」と何度も呟きながら凹んでいる。まぁ確かにショックですけども。


「どちらにしろ、少し落ち着いて中を確認してみましょうよ。もしかすると、日中は透明化して姿を隠すスキルとかあるのかも……?」


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