第054話 一件落着
「でもなぜなんですか!? どうして私の装置を無視して行っちゃうのよ、なんで!?」
羞恥心から怒りに置き換わった感情に苛まれ、リッケさんが地面を叩く。俺もいまいち事態が飲み込めず、うーむと頭を悩ませるしかない。
見たところ、装置に異常はなさそうだ。
しっかり温度管理や魔力の管理もされているし、蟻たちが好むという環境も納得できる形状をしている。彼女の言う条件が正しいのならば、蟻たちが飛び込んでも良さそうだけど……
「リッケさん、さっき言ってましたけど、これは蟻たちが好む環境で、実験でも蟻たちがここに入ってきたんですよね?」
「間違いなく入ってきましたよ! だからこそ、絶対の自信をもってこれを使ったのです!」
「だったらどうしてだろう。蟻たちが進んで入ってくる環境なのに、彼らはこれを避けるように走り去った。……避けるように。…………避けるように?」
なんだろう、どこか違和感が。
俺はこれまでに聞いた蟻の習性を頭の中で一つひとつ思い出しながら、実際に口に出してみる。
「薄暗く狭い空間が好きで、カラッと渇いたカッサカサの空間も好き。不規則に入り組んだ枝状の小部屋が好きで、いつもは土の下に巣を作って暮らしている。水が苦手で、天気の良い晴れた夜にしか現れず、餌をとるため集団で移動を繰り返す。魔力を使って仲間たちと結合し、餌を捕食するために移動を続け、不規則に……。…………て、あれ?」
俺の疑問符に、二人の視線が集まった。
頭の上で「ふにゅ~」と寝返りを打つポンチョを抱えた俺は、「ひとつ確認を」と指を立てた。
「さっきリッケさんは、蟻が装置に入るのを確認したって言いましたよね。それはどうやって確認したんです?」
「どうって、前に捕まえた蟻たちを、この装置の前に放して、それで……」
「それで?」
「え? それだけですけど……」
「それって、蟻玉の状態で試しました?」
「アリダマ……? ……アアア、ア゛ア゛!!」
何かに気付いたリッケさんが頭を抱えてへたり込んだ。そしてガシガシ髪を掻きむしりながら、「アタシとしたことがー!!」と叫んだ。
いや、それよりね。ちゃんと前、隠してくださいね……。ホント、丸見えですからね……
気が狂ったように悲嘆している彼女の様子が理解できず、マーロンさんが俺の肩を叩いた。
「ねぇハク、どういうことなの?」
「ええとね、恐らくだけど、蟻の行動原理の違いかな」
「行動原理?」
「うん。蟻たちって、多分彼らの状態によって選択する行動が違ってるんだ。蟻が単体で行動するときは、きっとリッケさんが言うように、蟻が好む方向を選んで進むんだと思う。でも蟻玉になったときはどうだろうって?」
「蟻玉……? あっ!」
「そう、蟻玉になったとき、彼らは自分の好きな方向には動けないんだよ。最終的には目標となる場所に到達するけど、その場その場で進む方向は運任せ。しかも水を避けたりイレギュラーな条件もあるから、木で方向を限定したとしても、彼らはそれを考慮しないんじゃないかなって」
「どうして見逃したー!!」と地面に額を打ち付けるリッケさん。俺は「ははは…」と頬を掻き、「どうやら今回は引き分けだね」と二人を仲裁した。
シュンと肩を窄ませ、凹んでいる様子のお二人。
だけどね、こんなのは失敗の繰り返しなんだよ。
トライアンドエラーの繰り返しでしか、成功の二文字は掴めない。世の中なんてそんなものですよ!
「それに、二人ともそこまで凹む必要はないと思うよ。あとは俺に任せてみない?」
グッと力こぶをひとつ。
でも「ブー」と口を尖らせて不機嫌な二人。つれないなぁ。
俺は目を覚まして寝ぼけ眼を擦っていたポンチョの手を取り、「蟻さんを捕まえるぞー!」と掛け声をかけた。寝ぼけながらも「お~」と答えたポンチョ。それでこそモコモコさんやで!
「じゃあ行こうか。蟻玉の位置は……、あっちか」
ポンチョを頭、そして布に覆われた二人を担いだ俺は、自分が付けたマーカーの位置を確認しながら、蟻たちの行き先を予測して回り込んでいく。確かに超スピードではあるものの、進む方向が無作為、かつ法則性がないため、単純に逃げるという意味では効率が悪く、追いつくのにそれほど時間はかからなかった。これはこれで問題だなと一人呟いた俺は、いよいよ蟻玉の姿を視界に捉えた。
「蟻たちの性質を考えると、多分こうするのが一番手っ取り早いんじゃないかな。ホ~レッ!」
蟻玉の進行方向に水を点在させ、進む方向を限定させてやる。そして蟻玉が狙いのポイントに入ったタイミングで……
「よっこいしょッ!」
蟻玉が地面を跳ねた瞬間を狙いすまして、玉の周囲20メートルほどに薄い水の膜で作り出した四角い領域を用意し、蟻玉ごと覆い被してやる。中に閉じ込められ、水を避けるように動いた蟻たちは、水から逃げ惑うように宙を漂い、最終的には四角い空間のちょうど真ん中に浮いたまま静止した。
「え、あ、う、そ……?」
「彼らは本能的に水から逃げるように動くからね。だったら水で作った箱の中に閉じ込めてやればいい。しかも少し大きめの箱に入れてやれば、わざわざ浮いた状態をキープしてくれるオマケ付きだよ」
蟻たちは地面の水にも触れないように動くため、自然と浮いた状態で動きをキープしている。二人を降ろした俺は、マーロンさんに網を、そしてリッケさんには装置を出してくれるようにお願いした。
「そ、それをどうするつもりなの?」
「簡単さ、ちょっと見ててよ」
俺はマーロンさんの網を浮いている蟻玉の上に被せ、その真下にリッケさんの装置を置いた。そして地上からグッと網を引き寄せながら、装置の入り口にすぼめた網の出口を置いてやる。すると少数に分離した蟻たちが自ずと装置の中に進み始め、数分もすると勝手に全ての蟻が装置の中へと収まった。
「はい、これで一丁上がり。マーロンさんの網と、リッケさんの装置のおかげで、こうして見事、蟻さんたちを捕まえることができました。ハイ拍手!」
ポンチョが嬉しそうに手を叩いた。
不服そうだった二人も、互いに互いを認め合いながら、同じように拍手し互いの健闘を称え合った。
はぁ、なんだか余計に気を使って本当に疲れた。
だけどこれで受粉作業に必要なラストピースが揃った、と考えて良いのかな……?
どこか険悪だったムードが戻り、無事村へと戻った俺たちは、リッケさんが設えた専用のゲージの中に蟻を入れ、ホクホク顔でベッドへ飛び込むことになるのだが……。
俺たちが疲れを癒やすため眠りについたその近くで、
モゾモゾと蠢く何者かの影が――
そして翌朝 。