第053話 蟻はなんでも食い尽くす
右目のメガネを何度もクイクイクイクイ上下させ、恐ろしいほどのドヤ顔を一撃。それ以上はもうマーロンさんが可哀想だからやめてあげて!
再び装置を小型化させて準備を整えるリッケさんは、左の口角だけをこれでもかと引き上げながら俺の左肩に乗り、「さぁ行きましょうか!」と宣言する。反対にトボトボ肩を落としながら力無く右肩に乗ったマーロンさんは、「どうせ私なんて、私なんて」と繰り返しながら悲観しているご様子。大丈夫、大丈夫ですよ、マーロンさんも頑張った、頑張ってましたから!
「ええと……、それじゃあ蟻探しを再開しますが」
「いかいでか! 進め進撃のハクよ、全ての敵を蹴散らすのだ、ハハハハハ!」
官軍を操る先導者にでもなったつもりだろうか。「ナーハハハ!」と強者の高笑いを浮かべてポーズを取っているリッケさんが、まるで馬でも扱うように俺の横腹に靴先をポコポコ当てた。俺と同様に呆れ気味なトゲトゲさんが仕方なく蟻を探している間も、彼女は俺の肩上でずっとユサユサ揺れ続けていた。
数分後、再び蟻玉を発見したトゲトゲさんが、尻尾でコツコツと地面を叩き、合図を出した。「二人とも舌を噛まないように」と忠告し、先程と同じように尻尾をジャンプ台に見立てて飛び上がった俺たちは、森の上層から蟻たちの姿を探した。砂埃を立てながら大まかなの位置を伝えてくれたトゲトゲさんに礼を言った俺は、肩上の二人と頭上のポンチョを落とさぬよう、一気に蟻玉との距離を詰めていく。
「リッケさん、どっちを目指せばいいですか!」
「まずは蟻玉の前方に出てください! そしたら今度は、左右に木々が並んでいる場所を探してください!!」
「木々が並んで?」
「彼らが真っ直ぐこの『楽しい楽しい棲家ちゃん』を見つけられるように、見通しが良いところに設置したいのですよ!」
「了解」と返事した俺は、蟻玉を見逃さぬよう注意しながら、鳥の目線で前方の景色を捕捉する。そして都合の良さそうなポイントを見つけるとすぐに、その場所へ先導するように水を撒き、進む方向を限定させてやる。
水を避けるように進んだ蟻たちが、俺の狙ったポイントへと流れていく。「キタキタキター!」と叫んだリッケさんは、一気に蟻玉の前に出た俺の肩から落ちてしまうくらい前のめりになりながら飛び出すと、木々の合間にドンと装置を置いた。
「さぁさぁ蟻ちゃんたち、こいやー!!」
迫る蟻玉を間近に見つめながら彼女が叫んだ。ううぅと今にも泣き出しそうに肩を震わせているマーロンさんは、もうその瞬間が見ていられないのか、堅く目を瞑っていた。……なんかカワイイ。
準備万端の捕獲装置。
木の影に隠れて見守るリッケさんとマーロンさん。
そして、いよいよ迫る蟻玉。
木々の隙間を縫うようにして進んでくる蟻たちは、ジグザグに全てを巻き込みながら超スピードで駆けていく。「ヨシ!」とリッケさんがガッツポーズを取ると同時に、ついに蟻玉が装置の寸前まで迫った。
…………………。
…………。
……。
あれ……?
装置の目前でポコンと跳ねた蟻玉が、右側の木々を巻き込みながら装置の真横を通過していった。皆が皆、頭上に「???」を浮かべながら、走り去った蟻玉の後ろ姿を眺めていた。
……どういうこと?
口を開け、目が飛び出るほど見開いたリッケさんは、「んんん?」と首を捻る。そしてウンウンと頷いてから、「少々手違いがあったみたいですね」と気を取り直し、「もう一度、前に出ていただけます?」と依頼した。
「は、はぁ……」
「い、今のはちょっとした手違いですわ! 私がほんの少しこれを置くのに手間取ったのが悪かったんです。そうに決まっています!」
腕組みしながらウンウン頷いた彼女を担ぎ、俺たちは再び蟻玉を追いかけた。そして再び同じような条件のポイントを探し当て、先回りして彼女を降ろした。
「さぁ今度こそ、わたくしの豪華で美しいお家に飛び込んでいらっしゃい!」
準備万端の捕獲装置。
木の影に隠れて見守るリッケさんとマーロンさん。
そして、いよいよ迫った蟻玉。
木々の影に隠れて拳を握ったリッケさんは、その瞬間を今か今かと待ち侘びている。その隣では、「そうよね、彼女は専門家ですものね」と自分を納得させようと努めているマーロンさん。うーん、いじらしい。
超スピードで接近する蟻玉。そして待ち構える怪しい装置。
まったなし一本勝負、
いよいよ開始です!
…………………。
…………。
……。
うん……?
装置の目前で左に逸れた蟻玉が、隠れていたリッケさんとマーロンさんを巻き込んで、何事もなかったように素通りして走り去った。サーっと森の奥へ消えていった蟻たちと、呆然とそれを見送った俺たち。しかし俺の視線は、その隣に立っていた二人に釘付けにされてしまった。あらら、これはダメだ……
「え、ええと、お二人様。呆然としてるとこ悪いんですが、まずはその……、蟻よりもご自身の心配を……」
「ご自身?」と同時に呟いた二人が、互いに互いの姿を見合った。
蟻の行列に巻き込まれたお二人はもちろん無事なんですが、まぁその……、ねぇ?
「え、リッケさん? どうしてはだ……、か!?」
「マーロンさん? アナタどうしてお胸を……ホエッ!?」
同時に悲鳴を上げた二人がペタンとその場に座り込み、体を隠した。俺はすぐに視線を逸らし、ヒューと口笛を吹きながら明後日の方向を向いて誤魔化してみる。
着ていた衣服の一部を蟻に食われ、「キャー!」と慌てている二人に大きな布をトスした俺は、「何も見てません、何も見てませんよ~」と呪文のように呟きながら他人のフリを決め込んだ。アウアウ半泣き状態で布に包まった二人は、「見ましたよね!?」と凄い剣幕で迫ってくる。
はい、見ましたよ。
見ましたけど、決して見てませんからッ!!