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第005話 ドブクセェ犬


 それは今から五年ほど前、ずっと西の第三国に俺が潜入を行っていた頃の話だ。


 某国との会談を予定していた現ランヴィル公爵の父であるフニュース公爵の命を狙ったエルズマート王は、俺を刺客として敵地へと送り込んだ。第三国の衛兵として会談の地に潜り込んだ俺は、フニュース公爵が一人になるタイミングを狙い、暗殺を実行した――



「嫌でも思い出しちまうんだよ。この手で殺しちまった人間の顔は……」


 現公爵と同様、先代のフニュース公爵も同じく武勇ともに優れた人物だったと俺は確信している。その証拠に、現在から過去に至るまで、絶えず国は栄え、今もなお隣国に名を轟かす強国としてその存在感を示し続けている。


 何より俺の記憶には、あの日の光景が今もなお色濃く残っていた。



 フニュース公爵を暗殺したあの日。

 酷く蒸す、西日の強い時間帯だった。


 会談を控え準備を整えていたコーレルブリッツの特使たちは、ほんの僅かな時間、フニュース公爵から目を離し、彼を一人にした。一人にしたといえば聴こえはいいが、俺がそう仕向けたといえば理解いただけるに違いない。


 単独行動となった彼の前に姿を現した俺は、背後から接近し、彼の首元にナイフを突きつけた。「動けば殺す」、そう宣言し、両手を挙げるよう命令した。



「……どこの国の者かな?」


 彼は動揺することなく訊いた。

 俺は答えることなく、こちらの質問にのみ答えろと首元に添わせたナイフの刃をさらに5ミリ、強く押し当てた。


此度(こたび)の同盟話から手を引け。奴らに軍備を手配することは許さん」


「……なるほど、エルズマートか。しかし困った、これでは私も年貢の納め時かな?」


「余計な口を挟むな。すぐに兵を引けば、命だけは見逃してやろう」


「ホッホ、それは不可能というものだ。我々もこれ以上、キミらの好きにはさせられんのだよ。エルズマートの横暴ぶり、さすがにこれ以上見向きはできんさ」


「ならば死んでもらうほかあるまい。最期に聞こう。言い残すことはあるか?」



「なるほど」と言葉を詰まらせた公爵は、数秒ののち、まるでそこに眠る我が子にでも語りかけるかのように、静かに、そして穏やかに告げた。


「我が愚息に伝えてほしい。"キミならば必ずや最後までやり遂げると信じているよ、リック"、と……」


 そして俺は男の最期の言葉を聞き止め、「ご免」と呟き、仕事を遂行した。



 その後、会談は公爵の暗殺により破談となり、暗殺の首謀者として濡れ衣を着せられた第三国は、報復に出たコーレルブリッツ公国との戦乱に巻き込まれていくこととなる。そしてそれから二年後、周辺国に裏切られる形で最後を迎えることとなったその国は、戦争の引き金となった事実を知らぬまま滅亡した。その際、エルズマート王国が彼らの争いに便乗し、何食わぬ顔で領土の一部を略奪していったことは言うまでもないだろう。


「命令とはいえ、あの御人(ひと)は本当に優れた人物だったんだろう。俺は未だかつて、死を前にしてあれほど達観してみせた人物を覚えていない。彼の息子なら、さぞかし優秀な領主様なんだろうね」


 死に際にこそ、その者の本性が垣間見える。

 数多の人を殺めてきたなかで、俺は嫌と言うほどそんな光景を見つめてきた。その中でも俺が確実に本物だと断言できる人物は、指で数えられるほどしか存在しなかった。


「だからこそ国は富み、人々は笑い、町中からは会話が絶えない。ここはあの腐り切った国とは大違いだ、なぁポンチョ?」


 不思議そうに俺を見つめるポンチョが首を捻った。だよなと頭を撫でた俺は、頭を切り替えてモコモコの背中を押し、「飯屋へ急げ!」と発破をかけた。


「ごっ飯! ごっ飯!」


 行き交う人々の流れに乗った俺たちは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら吸い込まれるように町角の食い物屋へと入店した。威勢よく「いらっしゃいませ!」と呼び込んだ店員に案内され、俺たちは広い店内の角席へと通された。


「客層はほとんどが冒険者で、とても雰囲気の良い大衆食堂、と。懐も心許ないし、まぁまぁ及第点といったところでしょうか。ほれポンチョさんや、お好きなものを頼みなさい」


「ポンチョお肉がいー!」


「よしよし、肉でもなんでも頼め頼め! すんませ~ん、注文いいですか?」


 ハイハイとやってきた女性の店員さんが、「なんにしましょう!」と威勢よく聞く。俺は肉が入っていそうなもの(※と価格)を適当に見繕い、お願いしますと注文した。


「お肉♪ お肉♪」


「ポンチョさんたらご機嫌ですねぇ。何か良いことでもあったんですかな?」


 フォークを二本掴んで上機嫌なポンチョを見ているだけで幸せな気分になる。数分後、運ばれてきた肉料理に目を輝かせたモコモコさんは、口のまわりに沢山のソースを付けながら、詰め込めるだけ詰め込んで料理を楽しんだ。


「ほひひひへ、ほーは(美味しいねトーア)♪」


「だな、最高だ」


 うちの可愛い珍獣のウキウキぶりは、周囲の者たちすら幸せにしてしまう。隣の席の御婦人などは、自分の食事も忘れてポンチョに見入っている様子だ。しかし残念ながら、全てが全てそうではないらしい……


「ちっ、おいおい。随分と賑やかにやってくれんじゃねぇかよ、アァン!?」


 どこから沸いたのか、随分とガラの悪い四人組が絡んできた。前衛の戦士らしきガタイのいい男は、怯えて肩を震わせるポンチョを睨みつけてから、俺たちのテーブルに腕を叩きつけた。


 ガシャンと皿が跳ね、店内が一気に静まり返った。ハァとため息をついた俺は、「まぁまぁ」と彼らを抑えながら、「不機嫌にさせたのであれば申し訳ない」と詫びた。


「こちとら頼んだ酒が、そっちのドブクセェ犬のせいで不味くなってんだよ。詫びたぐらいで済むと思ってんのか、ええ!?」


 今度は背後に隠れていたシーフ風の男が因縁をつけてきた。俺の額がピクッと反応してしまったのを見られたのか、「なんだテメェ、やんのか!?」と、別の魔法使い風の男が下から顔を寄せてきた。


「まぁまぁ、そう硬いこと(おっしゃ)らず。騒いでしまったこちらにも非がありますから、今回のお代はこちらがお支払いしますよ。それで手打ちにしませんか?」


 俺の提案に「ラッキー」と漏らした回復役らしき女は、キャハキャハと汚い笑いを浮かべながら、仲間の三人の肩に手を回し「行きましょ?」と呼びかけた。すると最後に戦士風の男が座席から酒の瓶を拝借し、残っていた料理にドバドバとぶっかけた。そうしていい気味だとでも言わんばかりに、横柄な態度を振りまきながら店を出ていった。



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