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第046話 いざゆかんッ、東の森へ!


「う~ん、どういうことなんだろう?」


 呆然としている俺たちのことが気になったのだろうか。リッケさんが「どうかなさいましたか?」と声をかけてくれた。俺は「こちらの本、蟻が出てきたはずなのですが」と(たず)ねるなり、彼女は苦笑いを浮かべながら答えてくれた。


「ああ、蟻ですか。実はこの物語には裏話がございまして、本来は巨大な蜘蛛の魔物の話だったのですが、本を訳した方が蜘蛛を蟻と誤訳してしまい、後世に伝わったとされています。ですから原書では蟻ではなく、蜘蛛としか書かれていないのです」


 やっぱり蜘蛛なんですねと遠い目をする俺たちだったが、俺はすぐに考えを改めた。もしこの書庫にある本の情報を全て知っているのだとしたら、彼女に話を聞くのが一番早いのではないかと。


「リッケさん、もしご存知ならで構わないのですが、東の森に住む蟻のことをご存知ですか?」


「蟻……ですか。しかし困りましたね、ひとくちに蟻と申されましても、蟻にも種類がございます。モンスターに分類される巨大なものから、単純な虫に分類されるものまで数多おりますので、どうお答えしてよいものか」


「でしたら10メートルくらいの玉状になって動き回るタイプの蟻で、地表や地面の中を自由に高速で移動するようなものといえば」


「玉になり、高速で移動……。なるほど、ちなみにその蟻、水を極端に嫌がるなどの特徴がございますか?」


「え、どうして知ってるんですか!? 私たちもトゲトゲさんに聞くまで知らなかったのに!」


「と、トゲトゲさん……? ま、まぁひとまずそちらは置いておくとして、恐らくその蟻はラウンドビートアントという種に属する蟻かと思われます」


 そう言うと、彼女は数ある本の中から一冊を選別し俺に渡してくれた。どうやら蟻の図鑑のようで、パラパラと捲ったページの一ヶ所を指さし、「こちらですね」と説明してくれた。


「同じ特徴を持つ蟻は複数確認されておりますが、この地方であればコチラである可能性が高いかと。しかし残念なことに、研究対象とはしてはそこまで進んでおらず、ここに書かれた以上の情報は私どもではわかりかねます」


 本にはトゲトゲさんが挙げた以上の特徴は書かれておらず、むしろ劣っているくらいだった。そうなるとここで得られる情報も手詰まりかと肩を落とした俺たちに対し、リッケさんはそもそもの根本的な質問を投げかけてきた。


「ええと、お二人はなぜその蟻についてお調べなのでしょうか。もしお聞かせ願えるのなら、助言できることがあるかもしれません」


 マーロンさんと顔を見合わせた俺は、他言無用を前置きし、ラウンドビートアントという蟻がピルピル草の受粉に関わっている可能性があることを伝えた。


「なるほど、それでお二人は新たな受粉の可能性として、その蟻を利用する方法を模索していると。……なるほど、それは興味深いですね!」


 ふむふむとひとり頷き始めたリッケさんは、ブツブツ何かを呟きながら、ウロウロ歩き回り、ああでもないこうでもないと考えを巡らせているご様子。いつしか俺たちや他の客のことなど全ての外因を排除して目を輝かせ、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と言葉にならない濁音を漏らしてワナワナ震え始めた。


「ちょ、ちょっと、リッケさん……?」


「興味深い興味深い興味深い! もしそれが事実だとするならば、この国の農業が180度、いえ、360度ひっくり返る可能性も!? いえいえ、720度の可能性も!!? グヘヘ」


 あれ、なんだろう……。

 この人、もしかするとアレな人!?


 すると今度は八本脚の虫のようにシャカシャカと妙な動きで梯子をかけ、一番高い位置に登り、そこで人の身体ほどありそうな分厚い本を手に取った。しかしあまりの重さにバランスを崩して落下しかけているではないか!?


「あ、危ない!」


 咄嗟に動いたマーロンさんに助けられ、すみませんと我に返ったリッケさんは、取り乱してしまった恥ずかしさを隠しながら咳払いし、その巨大な本のとあるページを開いて提示した。


「こちらをご覧ください。その昔、東の果てに存在した小国にて残された記録です。かつてよりその国は動物や虫と生きる民が多く、主として狩りではなく農耕を行い暮らしていたと。しかしその頃は天候の不順も多く、民の多くが食糧不足に陥ることもあったそうです」


「それが何か?」


「話はここからです。しかし驚いたことに、その小国では天候不順の影響がほとんどなかったと記されています。その理由の一つに、彼らの扱う虫、なかでもとりわけ『蟻』の影響が大きかったのではないかと書かれているのです」


「え? それって」


「はい。彼らの多くは蟻を従え共存していたという一節が残っており、中でも注目すべきポイントは、虫に農耕の手伝いをさせていた可能性がある、という点です」


「それは凄い。でもそんなことが本当に可能なんですか?」


「残念ながらその方法については書かれておりませんが、それらしき表現の数々は無数に出てきます。もしかすると、お二人の言う受粉の方法に関しても、いわゆる蟻を使ったなんらかの手段があったのかもしれません」


 衝撃の事実を一方的にひけらかし、彼女は再びああでもないこうでもないと悩み始めてしまった。俺とマーロンさんは、どうしようねと頭を悩ませた結果、もう黙って帰ろうかと結論を出した。しかし……


「お待ちください! ……お二人とも、どこへ行くつもりですか。…………まだ話は終わっていませんよ!!」


 どうやら逃がしちゃくれません!

 ガッツリ俺たちの腕を抱え、「さぁさぁこちらへ!」と裏へ連れ出された俺たちは、何やらバタつく彼女の準備を見せられ、「なんなんですか?」と質問することしかできない。


「なーにを仰っているのです。もはやこの書庫では答えを得られないのですよ!? でしたらどうするか、そんなの決まっているでしょう!!?」


 白衣を脱ぎ捨て、妙な迷彩柄の服に着替えた彼女は、肩がけの妙なポーチをぶら下げながら明後日の方向を堂々と指さしながら言った。


「いざゆかんッ、東の森へ!!」


 呆然とする俺たち二人を引き連れ、彼女は一路、夜の森へと直行するのであった――


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