第040話 実地調査
その日の午後にマイルネの町を訪れた俺たちは、目ぼしい飲食店や商店を巡ってピルピル草の実を使った食品を探して回った。ピルピル草の実を前世の世界を例にイメージを挙げるならライ麦のような食べ物のようで、基本的に実を原型のまま食べることはあまりなく、加工することで様々な食品に姿を変えて人々の生活を支えているようだ。
俺は町角で売っていた硬い硬い味気なさすぎるパンをかじりながら、その多様すぎる使い道を確認し、メモに残した。
「ほとんどはパンや簡易的なお菓子に使われているみたいだね。だけど用途や味のことを考えると、ピルピル草じゃなくてパルパル草の実を使った方が使い勝手は良いのかもしれないわね」
「やっぱり理由があるのかな?」
「独特の匂いがあるのと、仕上がりに差が出るってさっきの店主さんも言ってたわ。実際このパンも、パルパル草の実で作ったものより、かなり硬い気がするし」
歯が折れてしまいそうな硬いパンを頬張りながらマーロンさんが助言してくれた。確かに、ライ麦と比べれば後味は苦い気がするし、何より異常に硬い。というより、硬すぎるだろこれ!?
「ポンチョ、これきら~い(ショボーン)」
小型化したトゲトゲさんの背中でパンを口にしたポンチョは、硬すぎる食感と大人向けの味が嫌いなのか、口をモゲモゲさせてトゲトゲさんの頭にパンをのっけた。しかし反対に小さく強靭な無数の歯で器用に噛み砕いたトゲトゲさんは、消化液で少しずつ硬いパンを溶かしながら楽しむのが好きらしい。やはり好みも千差万別ね。
「調べてみると、ピルピル草はあくまでもパルパル草の代用品って感じなのかな。でも尖った食材は、ときに大いなる需要を生んだりするからね。面白いかもしれないよ」
「でしょ?」と嬉しそうなマーロンさん。
夏に育てるパルパル草と違って冬の貴重な食料源になっているというピルピル草の存在は国としての位置付け上でも重要な穀物で、土地によっては国策として育てられることもあるらしい。特に南部の暑すぎる国では、熱のためパルパル草の生育状況が悪く、冬場のピルピル草育成がとても重要な項目として位置付けられている、らしい。
「ウチの店は早採りされたものを北の国から仕入れて使っているけど、これからは順々に仕入れ先を南へ移していくつもりさ。やはり香りや味は南のものの方が良いし、何より量が採れるおかげで値も安いのさ。本当はこの地方で採れるものがあればいいんだけど、残念ながらマイルネ周辺はあまりピルピル草が採れないからね」
パンを購入した店の店主が丁寧に教えてくれた。もしピルピル草を作ることがあれば安く仕入れさせてくれよと付け加えた店主に礼を言い、俺たちはいよいよピルピル草の実を使えば町一番と話題になっている飲食店を訪れた。
店はどちらかといえば女性や若者が訪れるカフェのようなスタイルで、昼時を過ぎたアイドルタイムにも関わらず多くの町民が食事を楽しんでいた。俺はポンチョとトゲトゲさんに「うるさくしちゃダメだぞ」とお願いしてから、テラス席になっている店外の座席に腰掛けた。
「ここはピルピル草の実を使ったスイーツが話題のお店みたい。とにかく頼んでみましょ♪」
なんだろう……、どちらかというとマーロンさんは食べ歩きが目的になっている気がする。俺のことなど無関係に、とても楽しそうにメニューを眺めては片っ端から注文していた。
しばらくして運ばれてきた色とりどりの食べ物の数々は、露店で購入した硬いパンとは少々毛色が違う様子だった。
薄く均等に伸ばして焼いたクレープのようなパリッとした生地の上に甘いソースや果実が乗せられたものや、パルパル草とミックスし絶妙な硬さに焼かれたパンの中にクルミのような食感の具材が入ったものなど、やはり話題になるにはそれなりの理由があるのだろう。味もまとまっており、ピルピル草の悪い部分を上手く消して利用している感じだった。
「初めて食べたけど意外に美味しいね♪ それに、これならポンチョも食べられるかも。あ、もちろんトゲトゲさんも」
和気あいあいと食事を楽しむ三人。良いですねぇ、平和そのもので本当に幸せな1ページです。
「ほらハクも食べて。まだまだ注文してるんだから、どんどん食べてくれないとテーブルに乗り切らないよ!」
「え゛? まだ食べるんですか」
「当たり前でしょ。敵を知るにはまず己からって言うじゃない? だったらまずはお腹いっぱいになるまで全力で食べてみなきゃ!」
彼を知り己を知れば百戦殆からずって、多分そういう意味じゃないと思うけど。などと呆然としている俺をよそに、三人はしばしピルピル草の情報収集という名のスイーツ食べ比べを楽しんだ。そうして夕方まで食べ歩きを続けた俺たちは、腹パン状態でゲップを撒き散らしながら、マイルネで得られる可能な限りの情報を収拾した。
「マーロンさんや、もうよくないですか。俺はもちろんですが、いつも腹ペコのポンチョですらお腹いっぱいと言ってますし……」
「え~。まだハクと回りたいお店があったのに……」
「またいつでもこられますって。それにそろそろ帰らないと暗くなっちゃいますよ。トゲトゲさんは夜の仕事もありますし」
「うにゅ~、残念だけど仕方ないよね。わかったわ、なら帰ろっか」
そうして情報収集と集めた実を手に村へと戻った俺たちは、いよいよピルピル草栽培に取り掛かることとなるのだが。
しかしコリツノイモと違い、ピルピル草はなかなかそうも一筋縄ではいかないようで――