第036話 大混乱
さすがに嘘の度がすぎますって!!
即座に「そんなわけないですから!」と否定した俺は、混乱に陥って何を喋っているのかわからなくなっているマーロンさんを隠し、場を収めにかかった。しかしテーブルは、「我らに毒を仕掛けたか」と、ありもしない疑念を口にし、怒りを滲ませているじゃないか!
「ないないない、ないですって。この料理、俺たちも同じもの食べてるでしょ!? このイモも毒はないし、ボアたちの食糧難対策として用意した品種でしかないんですから。絶対におかしな意図はございません!!」
俺の訂正に「ちぃ」とマーロンさんが顔を歪ませている。変な役に入り込みすぎて、もう普通の思考ができなくなってませんか!?
「何よりも、まず貴様だ。ハクだか誰だか知らんが、貴様のようなどこの馬の骨だかわからん輩に何を言われようと、先程その女が口にした言葉は覆らない。族長殿よ、今一度問う。我々が口にしたもの、これは如何様なものだったのか?」
テーブルの発言にピキッと反応するマーロンさん+族長。「この御方が、どこの馬の骨、ですと?」と、これまでの流れと無関係な怒りを募らせた二人が今にも男に飛びかかってしまいそうな表情で強張っている……。
これはもうダメだ!
これ以上、不毛なやり取りを続けたら、この村の存在自体が国から敵認定されてしまう!
俺はマーロンさんをドォドォと抑えつつ、族長に「俺のことは大丈夫ですので、どうか場を収めてください」と耳打ちしてなだめる。俺が言われた言葉で怒ってくれるのは嬉しいけど、それとこれとは話が別ですから。冷静に冷静に!
「……クッ、もちろん、ただの『ハクイモ』でしかございませぬ。皆様の身体にはなんの影響もございませぬし、ごく普通の料理にございます。我々も毎日のように口にしておりますゆえ、その点は御安心を」
族長が正式に前言を撤回し、視察団の面々もようやく胸を撫で下ろす。「承知した」と言うに留めたテーブルは、疑念は解消されないものの、これ以上のやり取りは不要と判断してくれたらしい。ようやく視察はこれで切り上げると宣言し、これまでのもてなしに礼を述べた。
「しかし、これで完全に貴方がたを信用したわけではない。引き続き、ボアの『完全なる管理』をお願い仕る」
頭を下げるテーブル。
しかしその目に映る奥の奥には、『このままいくとは思わないことだ』という彼の本心が滲んでいた。
そっちがその気なら、まぁ仕方ないか――
「あの……。ひとつよろしいでしょうか」
振り返ろうとしたテーブルに話しかける。
またお前かと言いたげな彼に握手を求めた俺は、渋々応じた彼の耳元で呟いた。
「もしまだボアを討伐する気でいるなら、やめておいた方がいいですよ」と……。
「それはどういう――」
「ああ、こっちの話です。気にしないでください。では今後とも友好な関係を続けられますように、よろしくお願いしま~す!」
旅館の仲居のように腰を90度に曲げて頭を下げた俺は、それ以上テーブルに何も言わせないよう強引に挨拶をして場をしめた。「バイバーイ」と楽しそうに手を振るポンチョに手を振り返し、ローリエさんたちは村をあとにした。
彼らの後ろ姿が見えなくなるとすぐ、マーロンさんが申し訳なさそうに、もじもじしながら近寄ってきた。どうやら暴走して心にも無いことを口走ってしまったことを後悔しているのか、随分反省しているようだった。
「その……ハク、本当に、ごめんなさい……」
「ま、良かったんじゃないですか。不要に仲良くするより、付かず離れずでいく方が良いかもしれませんしね」
「そ、そうだな。ハクに言われるとそんな気がしてきたぞ」
まったく調子が良い次期族長さんだこと、と頬をプチュっとつねってやる。「ごめんなさい」と謝ったマーロンさんだったが、それでもこれだけは言わせてほしいと、真面目な顔をして指を立てた。
「あの様子だと、ギルドは我々やボアのことを引き続き警戒するでしょう。なによりボアボアについては、恐らく討伐隊を組んで動いてくるに違いない。どうしたものだろうか……」
確かに。
マーロンさんの心配は、恐らく正しい。
でもその点は大丈夫。
実は視察団がやってくる前から、既に対策は考えてあったんだよね。
「うん、まぁそこは大丈夫だと思うよ。猫族の皆さんも、ボアたちも、特に気にせず生活してくれて構わないから」
「し、しかし!」
「大丈夫大丈夫、俺に任せといてよ」
マーロンさんと同じく心配を隠せない族長たちをそう言い含め、俺は「もう今日は疲れました……」と手を振って自宅に戻るのだった。
そして一週間が経過した夜更け頃。
事態はまた動き出す ――