第316話 くちゃ~い
マーロンさんが足元に置いてた二本のククリ刀を渡そうとする。
しかし俺は首を振り、「これはマーロンさんが使って」と断った。
「えっ、それはダメだよ。これはトアのものだし、何よりこんな高価なもの私は受け取れないよ!」
「それはもう俺には必要ないからね。見てよコイツの顔、マーロンさんに使ってもらって、こんなに嬉しそうにしちゃってさ」
使用する武器には向き不向きがある。
何より俺が過去にククリ刀を使っていた理由は、本来の姿を誤魔化すため、矮小化させた忌まわしき身体のサイズをもとに導き出したものだった。今は骨格を従来の手を加えていない状態に戻し、あの頃のように小さな姿でいる必要がなくなった。よって俺にとってのククリ刀は、既にその役目を終えたと言っていい。
「でも俺が使ってた曰く付きの物だし、嫌なら使わなくていいよ。捨てちゃっても構わないし」
「曰く付き、かぁ。確かにそうかもね。…………でも、そっか。なら私が使ってもいいのかも」
「……え?」
「ただ単純に遠ざけるだけなら、自分を誤魔化しているだけで話は終わっちゃうけど、これを私に持たせようってことは、トアが過去の過ちをずっと忘れずにいようってことだからね。あ、だけど本当に呪われてたら捨てちゃうかも♪」
あっけらかんと言う彼女の言葉に、思わず吹き出してしまう。
やっぱり俺は、いつも彼女のポジティブさに救われてばかりだ。
「あれ……? ねぇトア、ちょっとこれ見てみてよ」
何かに気付き、彼女がククリ刀の一部を指さした。そこには刀身に小さく文字が刻まれており、俺は目を細め、その文字を読み上げてみた。
「ええと、なになに。E、.……ガロ、ウ? あれ?」
彼女と顔を見合わせる。
そして首をひねり、なんだかどこかで聞いたことある名前だねと思い浮かべる。
………… あらっ!
「そうだ、そういえばずっと引っかかってたんだよ。初めてオッサンの名前を耳にしたとき、どっかで見た覚えがあるなぁと思ってたんだ!」
E.ガロウ。もはや言うまでもない。
エドワード・ガロウといえば、ギルド「クリムゾン・グローリー」の代表であり、魔道具界最大の権威である、あのジイさんの名前だ。
「え、これ、おじいちゃんの作った剣だったの!? もしかして直接作ってもらったとか?」
「いや~、それは随分昔に装飾用に依頼して作らせたものを貴族から譲ってもらった(※かっぱらった)ものなんだけど……。そっか、ジイさんの刀だったのか。道理で質がいいはずだ」
以前から名前に聞き覚えがあった理由が判明し、これまた凄い偶然だと苦笑い。しかしそんな武器を使って過去の自分自身が血塗られた歴史を積み上げていたのだと思うと、やはり複雑な心持ちは消せそうにない。
「ねぇトア、……また余計なこと考えてるでしょ?」
俯いていた俺のデコをツンと突いた彼女は、どれだけ考えたところで過去は消せないよと抑揚なく告げ、これからは私がククリ刀を使わせてもらいますと小さく会釈した。
「なぁによ、なになに~!? アンタたち、二人だけ離れてイチャコラしちゃってるわけ~? こぉら、そっちのバカな男ども! こっちでシッポリ楽しんでる二人の分の酒をもってこーい!」
離れて会話していた俺たちのことに気付き、ハメを外して酔っ払ったニコルが千鳥足でやってきた。「おうよ!」と返事したバーサムとランドが酒を片手に駆け寄り、さらにシルシルとポンチョも輪の中に飛び込んできた。
「うるせぇバカ野郎、マーロンさんとの二人きりの時間を邪魔すんじゃねぇ!」
「なぁにが二人きりの時間じゃボケ! ここは天下の回廊の下層域なんだかんね。ほ~れ、テメェらも言ってやれ!」
ニコルの煽りにのせられ、バーサム、ランド、ロッデムの三人が俺たちに酒を持たせてイッキコールを始めた。遅れてやってきたシーリカが呆れながらランドの頭をゴツンと小突き、ドッと笑いが起きる。
「あのなぁ、ハメ外して飲むのは構わないけど、ここはまだダンジョンの途中で、まだ先だって長いかもしれないんだぞ。それに――」
と、俺が忠告をしようとした時だった。
騒いでいる俺たちの背後で『ゴリッ』と岩が擦れるような音が響き、さすがの四バカもすぐに口を閉じて音のした方向を見つめた。
「あ、兄さん……。今そこんとこで変な音しませんでした?」
確かに俺にも聞こえた。
というより、いわゆるボス部屋の主を討伐した直後ということで油断していたというのが本音だろう。まさか主であるエメラルドドラゴンフライ以外の魔物が部屋の中にいるなどとは考えてもおらず、すぐに探知を使って音がした場所を探ってみる。
閉ざされた壁のさらに奥。微かだが、本当に何か反応がある。
全員が緊張感を高める中、スンスンと鼻を鳴らしたポンチョがムムムと顔をしかめた。そして鼻を摘み、「くちゃ~い」と文句を言っている。……くちゃい?
「……臭いって、なんだってそんな」
他の面々を待機させたまま、反応のあった壁際に近付いてみる。
すると確かにプンと鼻を刺すような臭いが漂い、俺も同じく顔をしかめてしまう。
近寄って初めてわかったのだが、壁の袖には僅かに亀裂が走っており、どうやら奥の隙間に空間があるようだ。鼻を摘んで恐る恐る亀裂の中を覗き込んだ俺は、そこでモゾッと動いた『何か』と目が合い、「ハァ?」と声を出してしまった。




