第003話 新たな一歩
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先人曰く、そこは呪われた都なのだという。
俺もそうだと感じている。
人を人と思わず、殺し、奪い、凌辱する。この世の所行とは思えぬような場面を、俺自身数え切れぬほどこの目で見てきた。たとえそれを実行したのが俺だとしても、あえて言う。あそこは『地獄の一丁目一番地』だと。
足りないものは奪えばいい。欲しいものは奪えばいい。何もかも奪えばいい。エルズマート王の方針はいつも明白だ。
限界まで鍛え上げた兵に、厳選された最新式の魔道具。それに加えて太古の技術として今なお残る大魔法を操る軍事力。軍備の幅は凄まじく、他国にとっては脅威でしかない。ましてやそれが無法者国家となれば尚更だ。
種族や環境すらお構いなし。
全てを蹂躙して進軍する様は、まさに鬼畜という言葉がよく似合う。殺戮と略奪を生業とし、国土を広げてはまた奪うを繰り返す。踏み荒らした後に残るものはなく、全てを吸い付くされ、抜け殻になった塵だけが残される。
さらに不幸は連鎖する。
何よりも問題なのは、奪った側である国の民が幸福でないことだ。他国から奪った富の多くは、王族と貴族、そして一部の商人だけが牛耳り、無関係の民は飢えて死んでいくばかりだった。
「卓越級」と称される優れた能力を持つ者のみが優遇され、新たな戦力として国の衛兵隊に入ることを許されたが、そうでない者たちは冷遇され、まともに生活することすらできない。身元のない者は、俺のように売られていくか、保証なく飢えて死ぬか、命からがら他国へ流れていくしかない有り様だ。
「ねぇねぇト~ア、ポンチョお腹へったー! ご飯まだ~?」
「おいおい、さっき食ったばっかだろ。どんな珍プレーだ、このぷにぷに!」
「お腹へったお腹へったお腹へったー!」
「うるせぇな。わーったわーった、ひとまずコイツでも食っとけ!」
ひとかけら残っていた干し肉を口へ放り込み、よ~く噛めよと指を立てる。嬉しそうに噛みしめる姿は幸福な子供そのもので、俺は「ふぅ」と息をつきながら地図と周囲の景色とを見比べた。
「ねぇねぇト~ア、ここどこ~?」
「それを確認してんだろ。ったく、ここはどこなんだよ。この地図、本当にあってるんだろうな!?」
「あ、とりー! ねぇト~ア、とりー!」
「とりー、じゃねぇよ。ちゃんと獲物がいたら知らせろっつったろ。俺たちこう見えて、飯なし金なしの浮浪者なんだぞ。もう少し緊張感持てよな!」
なぜか嬉しそうなポンチョを背負った俺は、遠く羽ばたいていく鳥の姿を追って飛び出した。獲物の視覚に入らぬよう、木々の隙間を縫って真下に接近すると、そのまま姿を消して跳び上がり、真後ろから鳥の首を斬り落とした。
「ったく、無駄走りさせてくれやがって。こちとらまともに飯も食ってねぇガス欠なんだぞ」
「ト~アすごーい! ポンチョもトリ見たーい!」
背中で暴れるポンチョが手を伸ばし、俺の顔にしがみついた。空中で目隠し状態になった俺たちは、そのまま地上の森に落下して地面を転がった。
「いってぇな馬鹿野郎。空中で目隠しする奴がいるか!?」
「アハハハハ! 落っこちたー!」
「笑ってる場合か! ったくよぉ」
そうだった。
そういえば、まだ笑いながら転げ回っているこの生き物のことを説明していなかった。
こいつの名はポンチョ。それが本名なのか、それともアダ名なのかは誰も知らない。
肉親はおらず、俺と同じ天涯孤独の身だ。種族としては恐らくヤブイヌ族の獣人で、黒と灰色の長い毛に全身を覆われている。といっても見た目は5、60センチしかない子グマのぬいぐるみで、短い耳、短い手足、そしてつぶらな瞳がチャームポイントだ。俺が言うのもなんだが、触り心地はモフモフだし、あまりにも可愛らしい珍獣である。
本来ヤブイヌ族は、大人になるにつれて灰色の毛が濃い茶色のものへと抜け替わり、柔らかかった毛質も硬く刺すよう針のようになり、その表情も従来の獰猛な戦士へと移り変わっていく。が、ポンチョの場合はそれがない。
というのも、コイツには一つ『大きな問題』があって……、とそれはもう少しあとにしよう。それより今は、先にしなきゃならないことがある。
馬鹿笑いしている珍獣の尻尾を掴んだ俺は、それと同じ持ち方で捕まえた鳥をぶら下げながら、周囲の景色を回し見た。
そろそろ日が落ちる。
今夜はここらで夜営にしよう。
「ポンチョ、これから寝床を探して飯を作るぞ。お前も手伝え」
「え~、ポンチョ、食べて寝るだけがいー!」
「働かざる者食うべからずだ。寝る場所の確保と薪集め、なにより雨が防げそうな屋根があればベストだな」
これまで見えていた星は陰り、雲が空を覆い尽くしていた。そろそろ降ってくるぞとわざとらしく頭を隠した俺は、ポンチョを置いてゆっくり走り出す。置き去りにされたと慌てて追いかけてくるアイツの泣き顔を反対に笑いながら、嘘に決まってるだろと高く放り投げてやる。良いね、これでこそ対等だ!
「最高だなポンチョ、この世界は、最高だ!」
「ポンチョお腹へったー!」
「お前そればっかじゃねぇか。他に言うことないのかよ?」
「ハハハー! ポンチョ楽しー!」
これでいい。これこそ普通の人生だ。
当たり前に笑い、当たり前に泣き、、当たり前に飯を食い、当たり前に寝る。
そんな当たり前すら叶わなかった20年もの時間を取り戻すように、俺たちは網膜に映ることすら拒んだエルズマート王国を抜け出し、東の果ての果て。地図にある最も東の地を目指して旅に出た。
誰一人、自分たちのことを知らない場所へ。
ただそれだけを目的に、俺たちの旅は始まった。
「やべぇ、降ってきた。このままじゃズブ濡れだ、急げポンチョ!」
「キャー! 雨こわーい!」
もう二度と、この幸せな時間を手放しやしない。
心の底に刻みつけ、俺は新たな人生の一歩を踏み出したのだった――
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