第029話 救世主
「占めて155サーバス(※1サーバス=1トン換算)ほど。面積が広すぎるため未だ掘りきれてはいませんが、それでもこれだけのコリツノイモが採れました。しかし恐ろしい量ですね……」
「いやいや、ボアたちの食べる量を考えたら、こんなではまったく足りませんよ。少なくとも冬までにあと二回、欲を言えばあと三回は繰り返したいですね」
「あ、あと三回ですか!? 少々お待ち下さいハク殿、我々はあと三度も、あのような苦行を繰り返すというのですか……。さすがに身体が持たぬのでは」
「いやいや、あんな短期間で作ることはもうしませんよ。冬がくるまではまだ四ヶ月近く日がありますから、それまでに少なくとも二回、サイクルできればと思ってます」
安堵した様子の猫族の農地担当者が額を拭った。同じく様子を覗きにきたマーロンさんと族長も、運ばれていくイモの姿を嬉しそうに見つめている。
「しかし未だ信じられませぬ。ほんの二週間もせぬうちに、まさかこれほどの量の食料を確保してしまうとは……。ハク殿は、我々にとって救世主、いや、神のような存在なのかもしれませぬ。…………やはり、すぐにでも我が娘の婿として!」
そそくさと族長の催促を躱し、俺は話題を変えるため指を立てた。
ひとまず、当面の食料は確保できた。
しかし先程も言ったとおり、今後も継続して食料を確保できなければ、再び食糧問題に両種族が苛まれることになる。
だからといって、いつまでも俺が皆の手助けをすることはできない。俺がもしいなくなっても、誰の力も借りずに農業を続けられなければ意味がないのだから。
「え……、それじゃあハクはどこかへ行ってしまうの……?」
「そうじゃないよ。だけど俺になにがあっても、みんなの力だけで続けていけないと意味がないと思うんだ」
「それはそうだけど……。ねぇ?」
マーロンさんが族長たちをちらりと見つめる。すると彼らも同じように自信なさそうな表情で肩を落とした。
「だからこそ、これからは皆さん自身の手で、コリツノイモや他の食べ物も育てていかないとダメなんです。もちろんボアたちとも協力して、もっと大きな畑を作っていけばいいんですよ!」
しかしどうにもマーロンさんたちの顔色が優れない。それどころか落胆したように塞ぎ込み、シュンとしている。どういうことだろう?
「どうしてそんな顔するんですか。これまでずっと頑張ってきたのに」
「だって……。それはハクがいたからどうにかなっただけで。私たちだけじゃこんな凄いものを、一から作るなんて」
「いやいや、何を言ってるの。自信もってくださいよ、一緒に頑張ってきた仲じゃないですか!?」
「でも……。私たちがどれだけ頑張ったって、こんなに美味しいコリツノイモなんて作れないし。それに他の食べ物だって、町の人たちみたいに育てるなんて無理だよ」
ズーンと沈んだように落胆している皆さん。
……いやいやいや、この人たちは何を言っているんだ!?
「やっと一緒に新しいコリツノイモを作ったんですよ。皆さんは、これをこのままにしておくつもりですか!? それじゃあ俺は、一体なんのためにコレを作ったんですか、これじゃなんの意味もありませんよ!?」
泣き顔のマーロンさんが「へ?」とトボけたような声を漏らす。俺は全く同じセリフをもう一度繰り返した。すると……
「いや、ハク殿。その、少々意味がわからないのですが、ハク殿の言葉を聞いていると、我々に此度生み出した"ハク殿の"コリツノイモを作れと仰っているように感じるのですが……」
「そりゃそうでしょ。他に何があるんですか。皆さんが、皆さんの手で、このコリツノイモを作るんですよ。当たり前でしょ!?」
すると今度は、農業担当者、マーロンさん、族長の三人が、それぞれ抱き合い、おんおん泣き始めた。これは一体なんなんだ、もう俺にはもう意味がわからないよ!
「ちょ、ちょっと御三方。何がそんなに悲しいんですか。……あ、いや、……でもそうですよね。やっぱりこんなイモひとつで物事を解決しようだなんて無理な話でしたね。俺も、ちょっと話を簡単に考えすぎていたというか、甘く見ていたというか。その……、すいませんでした」
目深に頭を下げた俺の手を取った族長は、「何を仰られますかハク殿!」と、泣きながら俺の両手を握った。
「逆です。逆なのです。我々は安堵しておるのです。まさかハク殿が、我々にあのコリツノイモをお作りする許可をいただけるとは考えてもおらず。あれはハク殿が苦心して生み出した奇跡の産物。我々が簡単に利用してはならぬモノゆえ、まさかそのようなお言葉をいただけるとは想像すらしておらず!」
「は?」と腑抜けた声を漏らす俺の手を取ってブンブン振った族長たちの顔に笑顔が戻り、ひとまず俺は安堵した。
どうやら族長を始めとする猫族たちは、俺からコリツノイモの生産許可が出ると思っていなかったらしく、これからどうボアたちと協力して食糧問題を解決していくのか苦心していた、らしい(んなアホな……)。しかし期せずして俺から許可が出たため、思わず嬉し泣きしてしまったとのこと。いやはや、どれだけお人好しなんだよ、この人たちは……。
「今回作った品種に関しては、猫族の皆さんとボアたちとで相談し、どのように活用していただいても構いません。細かな管理の方法や育成の方法に関しても、これから少しずつ準備してお伝えします。ですが一点、この村の外に出すことは、当面無しの方向とさせてください。正直言いますと、まだこれは第一段階、まだまだ未完成と言わざるを得ません」
「それはそれはもちろん、心得ております。それにしましても、この素晴らしい逸品をしてまだ未完成と仰られますか。ハク殿の完璧を求める向上心、感服いたしますぞ」
なんだか持ち上げられている気がするけど、確かにまだこれは完成品ではない気がしている。
味は及第点としても、まだまだ口当たりはイマイチで、筋張った繊維が口の中に残るし、何より奥底に残った苦みの成分を除去しきれなかった。生産に必要となる期間の長さも課題として残っているし、次元魔法を使わず時間をかけて生産した場合の問題も、これからきっと出てくるだろう。
さらに言えば、まだこれは初めの一歩だ。たった一つ、新たなイモを生み出したにすぎない。こんなことで満足していては、これから次々と出てくる俺の欲求を満たすことなどできないのだから!
「安心してください。たったこれだけのことで喜んでいたことを後悔させるくらい、もっと、もっと、もっと大きなことをしましょう。これからみんなで、もっと大きくて、楽しくて、愉快で、嬉しいことをしていきましょう。これは絶対です!」
そして俺たちは、森の奥地で秘密裏に大規模農場生活を開始させるに至った。
しかしそれからひと月後、ある情報がマイルネの町を駆け巡った――