第210話 嫌な仕事
「バーサ……? いや、某そのようなものでは……」
「う、うん……。まぁいいからやっちゃえシルシル!」
飛んでくる魔法を苦虫を噛み潰すように尻尾で払い落としたシルシルは、「ワオォォォン!」と遠吠えで敵を威圧しつつ、ひとり、またひとりと首当てのみで捻じ伏せていく。背中で慌てふためき気が気でないネイサンは、目の前で起きている事が夢かのように、ふわふわしたまま呆然と眺めていた。
「ウグハッ、なんだコイツ、つ、強すぎる!?」
最後にひとりが山肌を転がり落ち、ようやく静寂のときが訪れる。男たちが運んでいた荷物を確保しつつ、倒れている男たちを縛り上げ、並べて座らせた。
「さて、敵か味方かも調べず叩いてしまったわけですが……。コイツら何者?」
よくよく見てみれば、男らの半分は布で顔を隠しており、怪しさはさらに倍増だ。適当に布を剥がして素っ裸にした俺は、ちょいちょいとネイサンを呼びつけ、顔を確認してみろと提案した。
「ええと、彼は知らない、こっちも、こっちも。……って、え、嘘だろ、アンタは!?」
ネイサンが驚愕の声を上げる。
どうやら覆面のひとりに見覚えがあったらしく、憎らしそうにギリギリと奥歯を鳴らしている。ホントお前、わかりやすい奴だよな……。
「この男、私が雇った冒険者の中にいたひとりです。素性は確かに確認したはずなのに!」
わなわなしているネイサンの隣、引っペ返した男たちの衣服を調べていた俺は、ネイサンが雇っていた人物の内履きから何やら紋章のようなものを発見し、ネイサンに手渡した。「は、はぅっ!」と泣き出しそうな悲鳴とともに仰け反った彼は、ゆっくりと目を瞑り、白状するように呟いた。
「こ、これは……、王国騎士団の一員を示す紋章。そ、そんな、まさか……」
絶句したネイサンが膝から崩れ落ち、悲嘆に暮れている。
どうやら王国の裏切りにあったと悟り、命を狙われたのを自覚した、といったところか。
「しかし、どうして私のような者を」
「考えりゃわかるだろ。……誰かがお前に罪を着せて、何かを誤魔化すためだろうな」
「私に罪を。そんな……」
「それは奴らに聞けば全部わかるさ。そんなことより、さっさと荷物を確認しろよ。これで全部か?」
男たちが運んでいた荷台の中身を確認したネイサンが「確かに全て」と頷いた。俺はそれら備品を簡易バッグの中に詰め込み、いよいよ縄で縛られている男の前にしゃがみ込み、見覚えがあるとされる人物の顔に水をかけ、頬を叩く。
「おい、聞こえてるな」
目を覚ました男は、シルシル、俺、ネイサンと順に目で追い、「ちっ」と舌打ちをした。男のあごを掴んでこちらを向かせてから、「質問に答えろ」と命じた。
「誰だテメェ。喋るはずねぇだろうが」
「俺が誰かなどお前らには関係ない。ただ俺の質問に答えろと言っているだけだ。俺の問い以外に口をきくな。破ればどうなるか……、わかるな?」
俺とシルシルの圧にやられ、「うぐっ」と男が黙り込む。
当然手を掛ける気など毛頭ないが、それでもシルシルたち村人の前では、『シゴデキ村長』としてすべきことをせねばならないのです。
「コイツのことを襲わせたな。誰の指示だ?」
「ふん、そんなこと喋るはずが―― アガッ、ぐ、ぐぅぅ」
シルシルが男の足をガツリとかじり、骨がへし折れる。
……そりゃあね、足の一本ぐらいは折りますよ。
なんなら瀕死の苦痛くらいは喜んで与えます。
こちとら元常闇の殺戮者ですしね。
なんなら今は、暇も時間も惜しいんです。
ちゃんとポーションも用意してるのでご心配なく。
「クソが!? て、テメェ、ネイサン、コイツらがどこの手の者か知らねぇが、こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
男がネイサンを恫喝する。
ネイサンくんがビビり散らかしてるとこ悪いのですが……
はい、知り合いだという言質をいただきました。
続いては誰からの指示なのか、粛々と確認してまいりましょう。
「勝手に喋るなと言っただろう。その喉、握り潰そうか」
ギュッと男の喉仏をひと押し。辛うじて喋れるだけの機能を残して気道を塞ぐ。
さらにゆっくりと右手の指に力を込め、耳元で同じ言葉を反唱しながら横に曲げていく。
するとどうでしょう。
大した力も入れていないのに、恐怖に慄いた男の口は、恐怖から悲鳴を上げ、苦痛を口にしています。既に隣のネイサンはドン引きです。
「不用な言葉を吐けば順に指を握り潰すよ。全部なくなったあとは足だ。それも全て終わったあとは、……そうだな。お前の肉親がいい。ひとりずつお前の目の前で潰す。無理だと思っているな? しかし残念ながら簡単なんだ。ええと、……ジェイミー、それにこっちはヤンか。まだ小さな子供なのに、可哀想だね。ねぇ?」
顔色を変えた男がこちらに顔を寄せ、「どうしてそれを……」と絶句した。
種明かしをすれば簡単なスキルで情報を読み取っただけだが、脅し文句として充分すぎることを俺は経験から知っている。
「やめてくれ、娘たちだけは、娘だけは殺さないで。話す、全て話すから!」
とまぁ、完落ちです。
過去の俺は、こんな『きな臭い仕事』ばかりを請け負ってきました。
思い出したくもないし、本来なら一生やりたくない仕事だ。
頭上のポンチョが寝ていてくれて助かった。
「お、俺は、王国に雇われた騎士団のひとりで――」
「さしずめ暗殺部隊のひとりか。それで?」
「……ある御方から、ネイサンを始末するように指示された」
「誰だ?」
「それは……」
「そうか、だったら――」
「だ、『第三王妃のキュリオス・リベリウス様』だ。キュリオス様より、特使としてコーレルブリッツへ送られるネイサンを、魔物の襲撃に見せかけ、亡き者にせよと!」




