第209話 やっちゃえ狂暴狼!
悲痛な覚悟で頷くネイサン。
そんな流れで不本意ながら願いを聞き入れることに決めた俺は、そこで初めて彼から今回の目的を聞かされる流れとなった。
真っ赤な嘘かと思いきや、この男、本当にキュリオス王国の商業ギルド「ホワイトコースト」の代表であり、かつ王国から正式に依頼を受けて公国に派遣された使者だった。さらに詳細な話をすれば、先日の長雪に際し、コーレルブリッツ公国から受けた支援に対する謝礼という名目で遣わされた品について、ネイサン属するギルドを経由してやり取りする段取りとなっていたらしく、彼曰く絶対に失敗できない取引だったのだという。万が一にも失敗すれば、ネイサンだけでなくギルド本体についても取り潰し、最悪は死罪もあり得ると涙ながらに語っていた。
「本来ならば、私のような商業ギルドの代表者ではなく、我が国の代表であるキュリオス王自らが御礼に参るところではございますが、互いに多忙を極める身。さらには此度の支援の件、ランヴィル公爵様のお導きにより、表向きは公国主導ではなく『公国内の商業ギルドによる支援』としていただいたことから、こうして我らキュリオスの商業ギルドが仲介役となり、参上することに相成りました。それなのに!?」
王から直接賜った品を紛失してしまった、と。
子供のようにエグエグと涙を流すネイサンの首を「とぉ!」とチョップした俺は、とにかくうるさいので黙れと肩に担いだ。
「ウゲェッ!? い、いやハク様、一体何を!!?」
「いいからしばらく黙ってろ。じゃあシルシル、申し訳ないけど頼むね」
すると影の中から突如姿を現したシルバーグロウウルフのシルシルがコクリと頷いた。突然の高ランク魔物の出現に驚愕したネイサンは、目の前で動くシルシルの巨大な顔面に悲鳴を上げることすらできず、その場で卒倒し気絶してしまった。
「村長殿、これから何処へ?」
「コイツが落とした荷物を回収したい。悪いけどキュリオス王国との国境付近まで運んでもらえるかな」
「心得えました」
「忙しいのに悪いね。今度美味しいご飯をご馳走するからさ」
「それは楽しみです」と駆け出したウルフの背に揺られ、俺たちは一路キュリオス王国との国境へと出発した。町の北西に位置するマイルネ湾と並行するように広がっている北の平原を抜けると、両国を分かつように切り立った急角度の山脈が見えてくる。以前にキノコを採取するため訪れたテレメタリック渓谷からほど近い山脈の数々は、冬場は陸の孤島と呼ばれるほど激しい風雪が吹き荒れるため、船を使って海側の経路を辿ることがほとんどだ。しかし温かい夏季の期間は、道のりこそそれなりに険しいものの、際立って強大な魔物が現れる地区ではないため、陸路を使う場合も多いという。現にキュリオス王国の使者であるネイサンも、多数の冒険者を雇い、山越えをしている最中に魔物の群れに襲われたらしい。
超スピードで平原を駆け抜けたシルシルは、そのまま海沿いの浜辺を並走しつつ、目の前にそびえる山々の合間に入り、目的の場所を目指して進んでいく。目を回したまま大口を開けて倒れているネイサンが静かなうちに、さっさと目的を果たしてしまうとしよう。
「シルシル、匂いで落としたアイテムの場所が探れそうかな?」
「モノが水の中でなければ可能かと。しばしのお待ちを」
ネイサンの匂いを頼りに山間に入った俺たちは、どこかに存在するであろう彼の備品を探して野山を駆け回った。するとしばらくして、山の中腹で足を止めたシルシルが、フンフンと鼻を鳴らし始めた。
「どうかしたの?」
「いいえ……、この辺りで此奴の匂いに加えて、何やら別の匂いが混じっており」
「別の? それって魔物かな?」
「いいや、……これは恐らく人のものかと」
「人? でもコイツ、魔物に襲われたんじゃ……」
「どちらにしても、探してみればわかるというもの。ここより先はさらに足場が悪くなります。どうか舌を噛まぬように」
そういうなり、シルシルは谷底を目掛けて直滑降で山肌を滑り始めた。あまりのGに目を覚ましたネイサンは、目前にあるシルシルの顔面の迫力と、恐ろしい速度で真っ逆さまに谷底へ落ちていく恐怖にやられ、再び失神して気を失った。
「まったく賑やかな奴め。それにしても、『匂いのもと』は本当にこんな場所を?」
「まず間違いなく。しかし妙ですな、なぜこのように人が避けるような場所を、わざわざ選び進んでいるのか」
「だね。これはまた、急激にきな臭くなってきたんじゃない?」
谷底に到達すると、今度は再び山肌を登り始めた。
こんな道を、通常の冒険者がわざわざ選択するはずがない。
何より馬車で運ぶほどの物量を、わざわざこんな過酷な道を選んで進む理由はなく、まず間違いなく何者かの意図が感じられた。
「村長殿、匂いが近くなっております。警戒を」
「お、いよいよ敵のお出ましってことか。それにしても早かったね。さすがに敵さんも、この道のりを進むのは時間がかかってたみたいだな」
「どうでしょうか」と相槌を打ったシルシルが、山の縁を踏み切って跳び上がった。すると進行方向斜め下の方向で、何者かの影が視線を横切った。
「ま、魔物ッ!?」
影の方向から人の声が上がった。
さすがに見つかるよねと苦笑いを浮かべた俺は、魔力検知で敵の数を把握する。窪みの影に六人、さらに先の物陰に四人の反応があり、どれもそれなりの手練なのか、瞬時に魔力障壁を発動させていた。
「ビンゴか。まぁでもシルシルの相手じゃないよね?」
「当然。如何様に?」
「殺さずに叩き落とす程度でお願い」
「御意」と返答したシルシルが一気に速度を上げて集団に突っ込んでいく。その無言の圧力で再び目を覚ましたネイサンが「ギィエエエエエ!」と叫び声を上げる間にも、魔力障壁を掻い潜ったシルシルが、ひとり、またひとりと相手を捻じ伏せていく。うむ、我が村の民ながら素晴らしい戦力である。
「なぜこのような場所にシルバーグロウウルフが!? グハッ!」
荷物を置いて逃亡しようとした怪しい身なりの人物から逃げ道を塞ぐように立ちはだかった俺たちは、武器を身構えた連中に「アンタたち、どこの誰?」と質問してみる。しかし聞く耳を持たない男たちは、問答無用で攻撃を仕掛けてくる。……だったら仕方ないよね?
「やっちゃえ狂暴狼!」




