第208話 一度限り
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翌日から俺たちは、サワーからの連絡を待つ間、それぞれの面倒事を片付けることに決めて動き出していた。
「これ以上付きまとわれるのも面倒なので、俺はネイサンの件を片付けてきます」
「ええと、なら私はパールさんに任せている情報精査のお手伝いと、溜まりに溜まってる村のお仕事を進めておくよ」
互いにわだかまりが全て解消されたわけじゃない。しかしそれを理由にギクシャクし続けるなんてもってのほかだ。
だったらそれぞれがすべきことをしようという結論に落ち着き、俺たちは一旦二手に別れ、それぞれの仕事をこなすことに決めた。
「マーロン、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ~、ポンチョは優しいね♪」
頭を撫でてくれたマーロンさんに手を振り、俺とポンチョは先の約束を守り、未だ忙しなく冒険者が出入りしているギルド窓口を訪れた。
「あら、村長さん。今日はマーロン様は不在なの?」
「おはようございます、ローリエさん。本日はちょっとばかし別件で――」
と言いかけたところで、入口の扉がドカンッと開いた。そこには肩で呼吸しているネイサンが立っており、俺の姿を見つけるなりすがりつき、「よ゛がっだぁぁぁ゛!」と泣きべそをかいた。
「もう見捨てられたとおぼっでばじだー!(号泣)。アリがどうごじゃいバズー!(スピピー)」
「うるさい静かにしろ。悪いが今日は俺ひとりだ。……マーロンさんは、お前が嫌いみたいだからな」
昨日のことを思い出したのか、ネイサンがシュンとして縮こまった。「あ、静かになった♪」とローリエさんは楽しそうだけど、俺としてはコイツのことをどう扱って良いものかわからず、頭が痛いばかりだ。
「先に言っとくぞ。俺がお前と関わるのは今日が最初で最後だ。俺はお前の親でもなければ、お守役でもない。完全なる赤の他人だ。わかったな」
何か言いたそうな表情を見せるも、ムググと言い留まったネイサンは、「わかりました」と頷く。どうやら彼自身、昨日のことで考えることでもあったのだろう。ようやくまともに話ができるようになり、こちらとしては助かった。
「それでどうするんだよ。サワーさんに渡さなきゃいけないものがあったんだろ?」
するとネイサンは、初めて見せる真剣な表情で胸元に手をやると、一巻の書状を右手に掲げた。
「それは?」
「王国商業ギルドを代表し、第三王妃であられるキュリオス・リベリウス様より賜った書状です」
「お、王妃? なんでお前がそんなものを……」
「こうみえて私、本当にそれなりの立場の人間なんです。近頃は慌ててばかりで失敗続きでしたが、これでも大手商業ギルドの代表なのですから」
書状をしまったネイサンは、俺とローリエさんの正面で正座をすると、今度は深々と頭を下げた。そして困惑する俺たちに向かって「お願いいたします!」と懇願した。
「私、このままでは本国へ帰ることすらまかりとおらず、さらには両国間の関係にヒビを入れてしまう状況にございます。そこでどうか、このネイサンの願いをお聞きいただけないだろうか!」
窓口で急に土下座を始めた男に冒険者たちがざわつき始めた。「やめろやめろ」と慌てて立たせようとするが、彼は頑として譲らず、「お聞き入れいただけるまで、この頭を上げることはございません!」と宣言した。
「ちょっと困るんですよ。村長さん、どうにかしていただけますか?!」
「そう言われても。だったらギルドの方で冒険者でも斡旋してあげたら良いのでは?」
「まぁ、それは構いませんが……。ところでネイサン様、失礼ですがお手持ちの方は……?」
「残念ながら、本国へ戻ることが叶わぬままでは金銭を用立てることすら難しく、即金でお支払いできかねます」
「う~ん、でもギルドへの依頼は最低でも前金として半額分をお納めいただかなければいけないと規則で決まっているものですから、お手持ちがないとなると……」
「そこをどうか! 是非!!」
土下座の格好のまま一向に頭を上げないネイサンに代わり、こそこそと費用についてローリエさんに確認してみる。北に位置するキュリオス王国との国境付近へ向かうのであれば、あの険しい連山を越えることとなり、それなりの手練でなければクエストの受諾も厳しいだろう。最低でもCランク程度の冒険者を複数雇うことになるに違いない。
「そうなりますと、期間を一週間と見積もっても、少なくとも大金貨2~30枚程度の費用に加えて、遠征にかかる費用が必要となりますので、まず不可能かと……」
目の前の頭を下げた男の状況を見るや、どうやらすかんぴんで手持ちもほとんどなさそうだ。よって、残り数日で目的を果たすなど無謀に近かろう。
「もちろん後ほど本国へと戻った折には、耳を揃えて費用はお支払いさせていただきます。ですからどうか、どうか!」
ローリエさんが俺の方をチラリと見やる。
しかし俺には金を払ってやる義理もなければ義務もない。何より金を貸したところで、こんな面倒な人物の依頼を受ける人間がいるとは思えない。
「はぁ」とため息をついた俺は、土下座しているネイサンのあごを掴んで引き上げると、「で、何をしてほしいんだ」と質問した。するとパァァァと表情を豊かにしたネイサンは、俺の手を強く握りしめ「手伝っていただけるのですか!?」と擦り寄ってきた。
「ああもう近い、離れろ。仕方ないから手伝ってやる。だが今回限りだ。わかってるな?」




