第205話 疲弊した男
「昨日もそう言っただろ。どうしたらそんな重要なことを忘れられんだよ……」
いつかのようにおんおん泣き出したネイサンが「どうしましょう!?」と泣きついてきた。いや、知らんし。
「今さらどうにもならないし、謝るしかないんじゃない?」
「あ、謝ってどうにかなるものじゃないんですよ!? もしあの品を紛失したなどと本国に知れれば、最悪は死罪、いや、間違いなく死罪だぁ。あわわわわ」
今度はガクガク泡を吹きながら怯え始めた。
コイツ、マジでなんなんだよ……。
「ちょっとハクさん!? どうしてくれるんですか、このままじゃ僕殺されちゃいますよ!」
「知らんし……。お前自身のせいだろ……」
「しどい! どうしてこんなに困ってる人をそんな冷たく突き放せるんですか!? 僕が殺されてもいいんですか!!?」
「仕方ないんじゃないの。失くしちゃいけないもの失くしちゃったんだし。とにかく謝るしかないって」
「謝って許されるくらいなら、僕のクビなんか飛びませんよ! こうしちゃいられない。すぐ探しに行かなくては」
ダバダバ慌て始めたネイサン。
これ幸いと、笑顔で頷き手を振った俺。
「ってハクさん!? そこは『俺が手伝ってやる』って言うとこじゃないんですか!!? 殺されちゃうんですよ!!」
「そう言われましても。アンタを助ける義理もなければ、時間もないの。ごめ~んね」
ガーンとショックを受けて膝をつくネイサン。
ここぞとばかり、嬉しそうに肩をポンポンしてやるポンチョ。
これにはネイサンも「ムギギギ」と悔しそうにしている。同レベルか!
「もういいです! こうなったら一人で行きます。……止めても無駄ですよ!?」
「止めないけど」
「貴方は血も涙もないんですかッ! 止めてくださいよ!!」
「おっと、そんなこと言ってる間に約束の時間になってしまった。先方にはアンタも行くって言ってあったんだよな。どうすんだ?」
既に行くと伝えてしまった手前、それをすっぽかすなど国交問題にすらなりかねない。しかし本来の目的である友好の品の納入ができない以上、成すべき仕事もない。急激な目眩に襲われたネイサンは、そのまま大の字に倒れ、「僕を殺してください!!」と町中に響き渡るほどの声で騒ぐのだった。
「ね、ねぇ、トア……?」
「む、むぅぅ。ひ、ひとまず仕方ないですね。本当になんなんだよコイツは!」
この男、このまま放置すれば何をしでかすかわかったものじゃない。
俺は仕方なくネイサンを担ぎ上げ、そのままサワーに指定された王城の一室へと向かうことにした。
「ちょ、ちょっとハク様!?」
「うるさい黙れ。お前はもう喋るな」
魔法で男の口にふたをした俺は、服の襟元を正しつつ、公国城門の前に立った。「ンンー!?」ともがくネイサンを担いだまま通された俺たちは、いつか見た厳かな来賓室へと招かれ、否応なしに緊張感が高まっていく。
しかしサワーが現れる前に、ひとつやっておかねばならないことがある。
俺はイモムシのように蠢いているネイサンに指を一本立て忠告する。
「これからアンタにかけてる魔法を解いてやる。だが絶対に大きな声を出したり、不要なことを喋るな。もし約束を破れば即座に黙らせる。わかったか?」
目玉をぐるぐる回しながら何度も頷く男に不安を感じながらも、仕方なく魔法を解いてやる。すると即座に叫ぼうとするため、今度は手でバカの口を塞ぎ、「黙れと言っただろ!」と忠告する。すると――
「黙れとはそれなりだね。失礼するよ、村長殿」
不意に背後から声が聞こえてくる。
ビクッと背筋を伸ばした俺は、「い、いえ、こちらの話で」と訂正し、姿を見せた人物に頭を下げた。
「まったく……。キミという男は、次から次に色々とやってくれるねぇ。まぁいい、とにかく掛けたまえ」
部下数名を連れて現れたのはサワーだった。
どうやら随分疲弊しているのか、酷く怠そうに腰掛けるなり、ふぅと項垂れながら肘をつく。俺はネイサンの耳元で「静かにしろよ」と忠告しつつ、対面する椅子に並んで腰掛けた。
「それで此度はどのような要件だろうか。申し訳ないのだが、こちらも少々多忙でね。キミの頼みでなければ断っていたところだよ」
先の件でご立腹ではあるものの、ひとまず咎められることはなさそうだと安堵する。
しかし何度もため息をついている様子からも、お世辞にも機嫌が良いとは思えない公爵付補佐様を刺激するのは得策じゃない。俺は余計な話題に触れぬよう、極力情報量を減らし、端的に切り出した。
「では単刀直入に。実は我々、アナグマ族の獣人を探しており、もしサワー様に覚えがございましたら紹介をいただけないかと」
ふむと目を瞑ったサワー。
しかしすぐに細い目を向け、額に手を置きながら言った。
「それを私が紹介したとして、我が国にどのようなメリットが?」
さすがは公爵付補佐様、話が早くて助かります。
「冒険者ギルドのテーブル氏よりお聞き及びかと存じますが……。もし此度の件が首尾よく進みました折には、今度こそ、その品を献上することをお約束いたします」
「今度こそ、ですか」とサワーがため息をつく。
彼がそう思うのも無理はない。
なにせ俺たちは、以前にも大きな失態を犯しているのだから。
しかし――




