第206話 特使失格!
「だがしかし、こちらも交換条件に乗りたい気概はあれど、その材料がなければ交渉のテーブルに付くことはできん。残念ながら、我ら公国が関係する者に、そのアナグマ族という獣人はいないようだ。情報を出し渋り交渉を継続することも考えたが、また拗れるだけと判断し、こうして正直に話すことにした。済まぬな」
こちらが考えていたより端的に結論を述べたサワーは、残念だがアナグマ族の情報は持っていないと告げた。しかしこちらとしては藁にも縋りたい状況で、リスク承知で飛び込んだ場だ。可能な限り情報を引き出しておきたい。
「ではいかがでしょう。公国関係者ではなく、他国、延いては隣国で彼ら種族についてお話を耳にしたことはないでしょうか?」
すると反対に、微かに口元に笑みを浮かべたサワーが「ではこんな条件はいかがかな?」と提案した。
「確かに村長殿の仰るように、隣国における獣人族の情報ならばあるいは。しかしそうなると、こちらもタダで、とはいきません。どうでしょう、その労力に見合う対価をお出しいただけますかな?」
まぁ必然的にそうなるよね。
俺は事前にガンジさんから了承を得ていた項目をサワーに提示した。
「村のイモについて、一部を直接公国内にお卸しさせていただきます。もちろん価格などは改めてお話させていただきますが、それでどうでしょうか」
しかし彼の顔色は優れない。
まぁ聞くまでもないのだけどね……。
「まぁ、……なんと言っていいのかな。我らも色々とありましてね。公国内の商業ギルドと取り決めがあり、ここで独断即決することはできぬのだよ。しかし前向きに考えていただけるのであれば、こちらとしても有り難い。公的な強制力を用いることは極力避けたい次第だからな。よろしく頼むよ」
結論については先延ばしにされたものの、どうやら前向きに話は進められそうだ。アナグマ族のことを含めて回答は数日待たれよと頷いたサワーは、どちらも前向きに検討すると約束してくれた。
「ありがとうございます。村としても、公国の皆様とは末永くお付き合いをしていきたいと考えております」
「それはお互い様だよ。なにより公国としても、あれだけの戦力を持つそなたたちとは争いたくはないからな」
ハハハと笑いながらサワーが手を差し出した。
彼と握手をした俺は、「滅相もございません」と頭に手を置いた。
「ところで村長殿。先程から気になっていたのだが、お隣の人物はどなたなのだろうか。こちら初対面かと思うのだが」
不意に話を振られ、ネイサンの背筋がビシッと伸びる。
しかし冷静に話を聞いていたマーロンさんは、背後からネイサンに起立するよう促しつつ付け加えた。
「冒険者ギルドよりお聞きかと存じますが、こちらキュリオス王国から参られた使者で、名をネイサン・マリオネットと。あとは御自身で問題ありませんね?」
突如発せられたキュリオス王国というワードに、サワーの眉がピクリと反応する。慌てて起立し頭を下げたネイサンは、辿々しく挨拶を始めた。
「わ、私先の件にて、きゅ、キュリオス王国の商業ギルド、ホワイトコーストの代表として、さ、参上いたしました、ね、ネイサン・マリオネットと申します。さ、さ、さ、サワー様、此度はお忙しき中、御目通りをお許しくださり、あ、あ、あ、ありがとう存じます。ど、どうぞよろしくお願いいたしましゅ」
うわぁ、か、カミカミだぁ……。
顔面蒼白なうえ、視線もアッチャコッチャ散ったままで、これはダメだな。
「ネイサン様……? はて、私の方ではキュリオス王の特使として参られた御方と聞いておりましたが」
ダラダラ冷や汗を流しながら頭を下げているネイサン。「は、……はい」と歯切れ悪く返答した彼は、「それが、その……」と、これまた歯切れ悪く言葉を繋いだ。
「その、私、実は王国の特使より、さらに先だって挨拶にと。とにかく早く、この身一つで挨拶だけでもと! ……思いまして、……はい」
通常であれば、ここで特使として土産の一つでも献上し、本来の目的を説明するところだが、残念ながら彼は全てを紛失し、手ぶらでプラプラやってきた『おマヌケ君』だ。しかもアワアワしているだけで、サワーさん側が困惑してしまう始末で手に負えそうもない。はてさて、どうしたものか……。
「そ、それは大変ありがたくはあるが……。と、ところでハク殿と共に参られたのは何か理由でも?」
しかしここでサワーさんからまさかの助け舟。
ウゲッと嫌な顔を隠す俺とは対照的に、ここぞとばかりに擦り寄ったネイサンは、「そ、そうなのですよ!」とサワーの話題に乗っかった。
「わ、私、こちらのハク様には日頃より良くしていただいており、此度ハク様がサワー様とお話をなさるとの話題を偶然聞き及び、どうにか私めも御同席いただけないかと泣いて懇願いたしたところ。こうしてそのご尊顔を仰ぐことが叶い、このネイサンめ、本当に感謝、感謝いたしております。恐悦至極!」
「は、はぁ。では貴殿は、村長殿と以前よりの顔なじみ、ということなのかな?」
至極当然の質問が。
ならば俺はこう返すほかなかろう。
「いえ、私はこの者のことを全く知りません。というより、私は全くの無関係です。むしろ初対面ですこんにちは」
ガーンと顔を青くしているネイサン。
俺の反応に、サワーさんも困惑しているぞ!
「は、ハク様!? し、しどい、それはあんまりだぁ!」
「知らないものは知らないのです。では私の話は以上ですので、あとはお二人でよろしくお願いします」
「こ、困るー!」と恥も外聞もなく俺の足にしがみついたネイサンの姿に、いよいよサワーさんの眉も歪んでいるぞ。そしてどうやら何かを汲み取ってくれたのか「ハァ」とため息を付きながら、「もうよい」と頷いた。
「理由はわからぬが、特使殿とはまた後日、お話をさせていただこう。申し訳ないが、本日はあまり時間がなくてね。ではまた機会を改めて」
そうして会釈したサワーは、足早に話題を切り上げ、早々に部屋を後にした。もはや土下座に近い格好でサワーを見送ったネイサンは、どうにか事態を切り抜けた安堵感からか、身体をへの字にしたまま涙を流している。マジでなんなんだよコイツ。
「た、助かったぁ。それにしてもハク様、ちょっと酷くないですかぁ!?」
「酷いもなにも、俺はアンタと無関係ですから。ということで、おさらばえ」
はんなりと手を振って場内を出たものの、事あるごとに足にしがみついてくるネイサン。「お助けおぉぉぉ」と泣きながら縋る姿は心底無様で、酷く醜く格好の悪いものだった。ポンチョですら引いてますし……。
「なぁネイサン、もういい加減にしてくれよ。俺たちも暇じゃないんだ。アンタにはこれ以上付き合ってられない」
強引に振り払われ、大袈裟にゴロゴロ転がったネイサン。
すると今度は隣りにいたマーロンさんに泣きついた。
「お願いです姉様! どうかこのネイサンの頼みを聞いておくんなまし!」
しかし俺とは対照的すぎるほど無反応に彼の望みを無視したマーロンさん。
それどころか相手にもせず、彼女は俺の手を引き、「行こ」と呟いた。
「……え、ま、マーロンさん?」




