第102話 怪しい影
現れたのはコリツノイモとピルピル草の品種改良を絶賛実施中である、アリクイ族のマルさんだった。
酷く慌てた様子のマルさんは、考えがまとまらないのか手足をオタオタ動かしながら、鋭い爪を上下に揺らして「あうあう」言っている。その姿にポンチョがダンスが始まったと勘違いし、隣で踊りだしたことは言うまでもない。
「マルさん落ち着いて。何があったんです?」
「そ、それが、それがなんだな! おいらたちが植えたコリツノイモの苗がなんだな、誰かに食べられちゃったんだな!?」
思わず顔を見合わせる俺とマーロンさん。以前俺たちが飼っていた蟻を勝手に食べてしまったマルさんが現在管理しているイモの苗を、今度は誰かが食べてしまったと。何かの冗談だろうか?
「誰かって、誰がそんなことを――」
と疑問を口にしたところで、今度はドゴンッと扉を半壊させながら別の誰かが部屋に入ってきた。
ボアボアとシルシル……
身体の大きなアナタたちが入ってきたら、アタクシのお家壊れちゃうんですけどね。
「主殿! ここに盗っ人が逃げ込まなかったでしょうか!?」
「ボババボボボバババ!?」
しかも酷く怒り狂っているご様子。
大きな顔を振り乱しながら、狭い狭いリビングの中で大あらわです。
もう勘弁しておくれ……
「おい、いたぞ! 貴様逃げるな、この食い逃げ野郎!」
シルシルがマルさんを見つけるなり熱り立って襲いかかった。
俺はふぅと息を吐いてからシルシルの鼻面を押さえ、「はい、そこまで」と忠告する。
「主殿! そこをおどきください!」
「できるわけないでしょ。ボアボアも少し落ち着いて。何があったの?」
そうして一旦外に出た俺たちは、一体全体何が起こったのかを彼らに問いただした。
「この裏切り者めが、我らが苦労して植えた作物を食ってしまったのです!」
シルシルがグルルルと牙を剥きながらマルさんに向かって吠えた。
マルさんは「ヒィィ」と震え上がりながら俺の背後に隠れ、「誤解なんだなぁ!」と弁解している。
どういうことだろうか?
「よくわからないんだけど、さっきマルさんは『誰かが苗を食べちゃった』と言ったよね。でもシルシルとボアボアは、マルさんが食べたと言ってるみたいに聞こえるんだけど?」
二頭が声を合わせて「そうだ!(※らしき言葉)」と騒ぐ。
どうやらマルさんと二人の間では意見の相違があるらしい。
でも……、そんなこと起こるものなの?
「我は見ておりました。今朝方、陽の光が上がる少し前のこと、そやつらアリクイ族と同じ大きさの丸き輩が、畑の畝の中で怪しき動きをしていたことを!」
どうやらボアボアたちも泥の沼地を横切り畑へ向かう怪しい影を見ていたらしく、背格好からして犯人はアリクイ族だと踏んでいるらしい。しかしマルさんからしてみれば、彼自身が畑の管理者であり、イモの苗自体を育てている張本人だ。そんな大切な苗を、果たして自分で食べてしまうものだろうか?
「貴様らは以前言っていたな。アリクイ族は雑食で、植物の苗や花なども好んで食うと。なんなら貴様らは、以前も主殿の蟻を勝手に食ったことがあると聞いている。二度ならず三度までも。万死に値する!」
「待ってほしいんだな、おいらたちそんなことしないんだな~(ヒィィィ)!」
どうにも食い違っている両者の意見。
しかしどうしても俺にはマルさんたちが苗を食べたとは思えず、両者に落ち着くよう促した。
「ちなみにシルシルはどうしてそう言い切れるの? ちゃんと彼らが食べている姿を見たってこと?」
「日の出前だったゆえ、まだ薄暗く確実とは申し上げにくいですが、そのサイズ感に加え、どんくさい動きまで奴らと瓜二つでした。何よりその男、昨晩我らとしこたま酒を飲んでおりましたゆえ、酔って覚えていないのではと!」
「た、確かに昨晩は楽しかったからみんなといっぱい飲んじゃったけど、それでもおいらたちで植えた苗を自分で食べたりしないんだな! 見損なわないでほしいんだな!」
「うぐっ、まだ反論するか盗っ人め!」
堂々巡りの三人を止め、うーむと頭を悩ませる。
しかしどうやら苗が食べられてしまったことは確かで、マルさんらしき影が苗を食べていた事実は曲げられそうもない。
「ねぇシルシル、トゲトゲさんにはもう聞いてみた?」
「はい。しかしトゲトゲ氏はそれらしき怪しき者の影は察知しなかったと。そもそもあれだけノロい動きの者など、この近辺には小奴ら以外におりますまい!」
トゲトゲさんが見逃したとなると、もともと森に住んでいる既存種の生き物か、さては力のない獣人族や魔物ということになるけれど、そんな都合よく苗だけを狙って食べたりするものだろうか?
「…………マルさん、本当に食べてないよね?」
俺に疑われてガーンとショックを受けている様子のマルさん。
冗談ですよ、本気にしないでよ!?
「どちらにしても、マルさんたちは食べていないと言ってますし、まずは信じてみましょうよ。シルシルもボアボアも、実際に食べている姿を見たわけではないんだし、一度みんなで現場を見てみませんか?」