第010話 ボア肉は鮮度が命
話している最中、俺の『魔力察知』に何かが引っかかった。超スピードで近づいてくる物体Aは、俺たち三人がいる場所を目がけ、一直線に突進してくる。
これは厄介だと判断し、俺は二人を背負ってすぐ近くの木に飛び移った。直後、そのまま突進のスピードを緩めない何かが、俺たちのいる木ごとぶち倒し、そのまま次々に別の木々までなぎ倒して走り抜けてくじゃないの!? なんという単細胞な攻撃だ……。
大木を引き倒し、今もなおブヒブヒと鼻を鳴らす生物の名は、フライワイルドボア。いわゆる巨大なイノシシの魔獣である。
「どうやらこの子の血の匂いを辿って追ってきたのね。しっかしなんだよ、あのデカさ。あんなのGランクの冒険者なら即死レベルのシロモノだぞ。少し準備したくらいじゃどうにもならなくないか。ローリエさん、もしかして超適当……?」
しきりに前足を前後させ戦闘態勢を譲らないボアは、生臭い鼻息を撒き散らしながらフグフグ唸っている。俺の背中にいる二人も慌てて身構えているみたいだけど、どうやら俺と二人とでは考えていることが違うらしい。
「マーロンさんだっけか。何かしようとしてるとこ悪いけど、ジッとしててくれるかな。アンタが下手に手を出すと"肉質が落ちちゃう"もんでね」
「へ?」というネコの表情を確認しつつ突っ込んできたボアの突進を躱した俺は、木々を巻き込みながら闇雲に走り回る猛獣の姿を空中から見下ろした。背中でジタバタ暴れる二人を抑えながら、俺は落下の速度に空気の壁を蹴った勢いをプラスさせて、超速でボアに接近し貫手で首の頸動脈を一閃する。激しく地面を滑って転倒したボアは、そのまま大木をなぎ倒しながらひっくり返り、すぐ動かなくなった。
「ほい、一丁上がり」
一瞬の出来事に、背中にいた二人は理解できず目をパチクリさせている。しかしそんな二人を見てる時間はありません。俺は慌てて裏側に回り込み、さらに逆側の頸動脈を斬り、血抜きをしてやる。ドボドボ流れていく血液を見つめて放心状態なマーロンさんとは異なり、倒れたボアに興味津々なポンチョは、許可を取るより先にイノシシの鼻を突いて喜んでいた。
「猪肉は鮮度が命だからな。さっさと血抜きしてやらないと、一気に生臭さが回っちまう。さらには一瞬で氷結させてやることで――」
不要な血を抜ききったところを見計らい、氷華の魔法で瞬間凍結させてやる。目の前でカチカチに固まったイノシシの姿に興奮し、ポンチョが「わぁぁぁぁ!」と雄叫びをあげている。ひとまずほっとこう。
「それじゃあ荷物もいっぱいだし、さっさと町まで戻ろうか。悪いけど、マーロンさんも一緒にきてもらうよ。猪のこともあるからね」
よいしょと手軽にイノシシを持ち上げた俺の姿にマーロンさんがギョッとしている。まるで化け物でも見るような表情なのがちょっとショック……。
こうして終始ドン引きな猫族の獣人マーロンさんとともに、俺たちは緊張感なく帰路についた。しかしこのまま町に戻っては大問題になりかねないため、町に入る前にマーロンさんを引き止め、ひとつ『お願い』をした。
「悪いけど、コイツを倒したのはキミってことにしてもらえるかな。実は俺たち、まだ駆け出しの冒険者で、今回はコイツを持ち帰るために協力しただけってことにしてもらえると助かるんだ」
一方通行の会話を利用し半ば強引に納得してもらった俺は、ありがとうと礼を述べた上で、さらにもう一個『お願い』をする。
「ついでで悪いんだけど、少しだけコイツの肉を分けてもらえないかな。実はウチの坊っちゃんが腹ペコさんなもんで……。頼む!」
うんうんと頷くマーロンさん。
よし、これで今晩の食料も確保だ!
「よーし、それじゃ早速クエストの報告とイノシシの解体だ。急ぐぞポンチョ氏!」
町に戻るなり、わざとらしくマーロンさんと手分けして巨大なボアを運び込んだ俺たちは、ギルドの窓口で内々に口裏合わせした内容を話してきかせた。しかし突然の巨大ボア持ち込みはインパクトが大きかったらしく、さすがのローリエさんも困惑気味だ!
「それで、そちらのマーロンさんが討伐したワイルドボアを、手分けして持ち帰ってきた、と。それにしても凄いですね。こんな大きな個体が森の入口にいたんですか?」
「え、ええ……。俺たちはそこで薬草を採取してたんですが、彼らが現れまして……」
「本当によくぞご無事でしたね。これだけ大きな個体となると、Dランクのパーティーでも手こずるくらいでしょうから」
「へ、へぇ~。まぁ無事で良かったです……」
たどたどしくローリエさんと話す俺へ向けられるマーロンさんの視線が痛い……! 獣人語の話せる窓口職員とマーロンさんに残りの話を押し付けた俺は、先に自分のクエスト完了の報告を終え、僅かばかりの御給金を受け取った。
「確かに受領確認いたしました。初クエスト達成、おめでとうございます、ハクさん♪」
ポンチョとハイタッチしながらローリエさんが褒めてくれた。まぁなんでしょう、これはこれで嬉しいものですね。
「今回と同じように、Gランクのクエストを三回、もしくはFランクのクエストを二回実施いただきますと、Fランクへのランクアップが可能となります。それでは引き続き頑張ってくださいね!」
「おー!」と右手を高々掲げるポンチョとローリエさん。ホント、子供の扱いが上手で助かります。
そんな良きタイミングでマーロンさんが俺の肩を叩いた。どうやらボアの解体受注とクエスト代金を受け取れたようで、一部を俺に渡そうとしているご様子。ですが、ローリエさんに疑われてしまうので、それを受け取るわけには参りません!
「お金は差し上げます。ウチにはお肉の方を少々多めにいただければと(コソコソ)」
困ったように眉をひそめるマーロンさんをヨイショコラショとなだめた俺は、それよりも解体作業を見学させていただきましょうよと提案した。
裏に工房があるのですぐにやっちゃいますよと軽く指を立てたローリエさんに招かれるまま、俺たちはギルド専属の解体屋であるエンボスという職人を紹介された。
しかしエンボスは疲労困憊なのか、頭に巻いていたタオルで額を拭いながら、巨大な作業台に乗せられたボアを見つめて腰をコツコツ叩いた。
「ったく、相変わらずローリエの嬢ちゃんは人使いが荒ぇ。これの解体、残業扱いってことでいいかい?」
「う~ん。まだ業務時間内ですし、ちゃっちゃと作業しちゃえば大丈夫です。お願いしますね、親方♪」
ローリエさん、ジジイを転がすのも上手いんだと関心している間にも、ゴリゴリと指を鳴らしたエンボスは、肉を持ち込んだ俺たちに恨みのこもった視線を送りながら、美しく手入れされた解体用のナイフを手にした。そしてちょうどいい具合に氷が溶けて半解凍状態になったボア肉に触れながら、「コイツぁ……」と呟く。
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