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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第二章 激闘! 仙台・伊達味マーケットの乱
24/25

23. 赤根農園からお届け物です

「はーい、どちらさまで……ぶえ!? る、る、るなりなさん……!?」


 赤根家に入ってきたキュートな二人組に、俺は奇声を上げてのけぞった。二人とも華奢な身体に大きめのリクルートスーツを着ていることから、何の目的で来たか一目瞭然だった。


「お久しぶりです~、るなりなです~」

「今日は、赤根農園にアルバイトの面接を受けにきました~」


 は? 何で? いやいや、こんなかわい子ちゃんたちを男だらけの職場に入れちゃだめだろ。一昔前に流行ったサークルクラッシャーってやつだよ。彼女たちに手を出す男がいたら、誰であろうとこの俺がぶっ飛ばしてやるよ。

 おろおろする俺を押し退けて、るなりな姉妹はヒールを脱いでするりと茶の間に入って行った。


「赤根さ~ん、約束通り面接してくださいよ~。はい、履歴書です」

「お?! お、おお、たしかにちょっと前にそんな電話があったような無かったような」


 赤根さんは、求人応募があったことをすっかり忘れているようだった。夕食時の乱入者に目を丸くし、それでも差し出された二枚の履歴書に目を通そうとした。

 すると、またもや玄関の引き戸が開く音がした。騒々しい日だなあ。今度の客人は勝手知ったる様子でずかずか上り込み、長い脚で茶の間の敷居をまたぐ。赤根さんのお兄さんだ。


「待ちなさい。優作、彼女たちはうちの従業員だ。私が引き取ろう」

「げえっ、サイコ野郎! なんで来やがったんだよ、お前に食わせる餅なんかねーぞ!」


 天敵の襲来に、赤根さんは臨戦態勢に入っている。るなりな姉妹も気まずそうな顔をして、サイボーグめいて冷静な豊作さんから目を反らした。


「社長~、もうバイト辞めたんですから付いてこないでくださいよう」

「そうはいくか。赤根農園はこの世の地獄だぞ。沈没まで秒読みの難破船だ。こんな将来性のない農家で働くなんて狂気の沙汰としか言いようがない」

「あんだとコラ! よく自分の実家をそんなふうに言えるなあ!」


 あんまりな言いようの豊作さんに、赤根さんは完全に怒り狂っている。

 こんなときに兄弟喧嘩しないでくれよ、せっかくの餅が固くなるから。俺を含めた赤根農園の従業員全員がいらいらと貧乏ゆすりをして「さっさと終われ」オーラを出した。

 豊作さんはこちらを指さし、預言者のように不吉な未来予測をし始めた。


「この先雪がつもれば、お前たちは連日畑やハウスの雪かきに忙殺されるだろう。従業員は疲弊し、労力に見合わないわずかな利益しか得られない。獣害も見過ごせないな。冬に向けて何の対策も講じない無計画な農家には、自然界からの天罰が下るのだ」


 さっさとハウスを潰して畑を売り払え、とシリアスに言い残して去って行く豊作さん。るなりな姉妹もどさくさに紛れて連れて行ってしまった。

 上から目線で馬鹿にされた赤根さんは歯を噛みしめ、怒りに震える手で缶ビールのプルタブを開け始めた。また酒に逃げる気だな、この人。


「くっそ、何なんだよどいつもこいつも……もう飲む! 邪魔された分飲んで食う!」


 そうそう。人間いやなことがあったら、飲んで食って寝るのが一番。

 食事を始めてもいい空気になったので、気を取り直した俺はやわらかいあんころ餅を取り分けて食べた。よく伸びてうまーい。これはいくらでもいける! 具沢山の雑煮も鍋いっぱい作ってあるから、今夜は限界まで食べよう。


「ちょっと待て、納豆餅にネギ入ってねーとか冗談だろ。おいそこのネギ職人、ちょっと畑まで行って九条ネギ採ってきて」

「だれがネギ職人だ! 自分で行って来い!」


 赤根さんと九条さんは、またやいのやいのと口論している。相変わらずだなあこの二人、もう何百回も見てきた俺からすれば、すでに伝統芸の域に達している。

 その横では、那須くんが皿にへばりついた餅と格闘していた。見かねた芹沢さんがもう一つの取り箸を使って加勢する。男二人が餅を取るのに苦戦している様子は愉快という他ない。

 俺は笑わないように気を付けつつ、美味すぎるあんころ餅を心ゆくまで味わった。


 自宅に引きこもっていたニート時代は、いつも一人で食事していた。電気を使うのが申し訳なかったので、暗い部屋でパソコンの動画をお供に、三食とも一人で。

 ケーキや寿司を食べても、美味しいことは美味しいが「楽しい思い出」という感じではなかった。


 ところが、今はどうだ。暖房のきいた明るい部屋で、出来たての料理をみんなでつついている。周りの人から優しく話しかけられたり、味の感想を言い合ったりしている。

 仕事の後だから、罪悪感がまったくない。ただただ飯が美味い。空腹が満たされて、前向きなエネルギーに変わっていく感じがする。


「う、うう……」


 思いがけず、俺は笑いながら涙をこらえていた。大げさかもしれないが、今この場所にいられることが嬉しかったのだ。俺みたいな半人前の素人に、ご飯を食べさせてくれることがありがたかったのだ。

 俺はどこにいても邪魔な異物だと思い込んでいたが、ようやく何かの輪に仲間入りできたような気がした。


「天見くん、正月って実家帰るの?」

「あ、帰ってもいいんですか?」


 赤根さんの問いかけが意外で、俺は素っとん狂な声を出した。普通の会社で働いたことがないので、正月休みの仕組みをよく知らなかったのだ。


「別に止めはしないよ。一応言っておくけど、うちは大晦日の夜中まで働くからね。初売りの準備とかあるし」

「ええ……ちょっと考えておきます」

「もし山形に残るんだったら、一緒に初詣行こうね! また餅もつくし!」


 赤根さんはにこにこ顔で誘ってくる。やっぱり、寝て起きて食べるだけのぐうたら生活が恋しくなってきた……。新潟に帰りたい帰りたい。こんなブラック農家が職場なんてあんまりだ。

 俺は曖昧に笑い返して、複雑な胸中をごまかした。




 *** 後日談 ***



 天見瞳子は、夫とともに新潟県白鳥市に住む五十歳の介護福祉士だ。これといった趣味を持たず、世間話ができる友人もいない。内向的に日々を過ごす瞳子にとっては、息子の存在だけが最大の希望であり悩みの元でもあった。


 一人息子のとうまは、昔から周囲に「変わり者」だと噂されてきた。

 だが瞳子は、息子のもつ独特の感性や着眼点にはっとさせられたり、笑わされたりすることが多かった。ときに学校で心ない言葉を浴びせられ、泣きながら帰ってくるとうまに深い愛情をもって接していた。


 とうまは勉強のできる子だったが、テストや作文のコンクールで優秀な結果を残すたびに、嫉妬した同級生から嫌がらせを受けることがあったようだ。

 気弱なせいで友だちも出来ず、転がり落ちるように偏差値の低い農業高校へ進学し、そこでも溶け込めないで最終的には自分の部屋に引きこもって一歩も外に出なくなってしまった。


「母さん、俺ここに就職するから」


 そう言ってネットの求人情報を印刷した紙を持ってきたのは、いつのことだっただろうか。

 急に決心を固めた理由を聞いたら、


「住み込みで、三食ご飯付きって書いてあったから」


 と真面目な顔つきで答えたので、笑っていいやら呆れていいやら分からなくなった。

 どうやら、山形県にある「赤根農園」という農家らしい。山形は新潟のすぐ上だが、行くとなると車でも電車でも四時間以上かかる。ちゃんとやっていけるのか心配だったが、息子は荷物をまとめて早々に家から出て行ってしまった。


 あれから一か月が経った。

 よく新入社員が一か月で辞めたなんて話も聞くが、息子は音を上げたりしていないだろうか。瞳子はカレンダーを眺めながら、片手間で洗濯物を畳んでいた。


 今日は仕事も休みで、買い物や掃除も済ませた。いつもならこのあたりで、息子を呼んで一緒にお菓子を食べながら話をしたりしていた。

 とうまは世間から取り残されることを怖れていたのか、新聞をくまなく読んでよく目に止まったニュースを読み上げていた。

 家の中にいても常に怯えた目をしている息子が憐れで、この子は学生時代に何をされていたのか、わたしは息子を助けてあげることができなかったのかと自分を責めたこともあった。


 ピンポーン

 物思いに耽っていた瞳子は、インターホンの音に気付くのが遅くなった。宅配便の男性が、玄関先で声を出している。


「こんにちはー、シロネコトマトです」


 瞳子は腰を上げて玄関に向かい、つっかけを履いてドアを押し開けた。


「山形県の赤根農園からお届け物です。こちらにサインか判子をお願いできますか」


 とうまからだ。そう直感した瞳子はすぐにサインをして、荷物を受け取った。

 宅配便のトラックが走り去る音を聞きつつ、『山形の新鮮野菜』とプリントされたずっしりと重い段ボールを床に置く。ガムテープをはがしてふたを開けてみると、中にはみずみずしい野菜がぎっしりと詰まっていた。

 大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、色とりどりの人参、九条ネギ、オレンジ色のカリフラワー……野菜の上には、一枚の折り畳まれた紙があった。

 広げてみると、そこには一目見ただけで誰が書いたか分かる、止めはねがはっきりした大ざっぱな文字が並んでいた。



「  母さんへ


 この前は、荷物送ってくれてありがとう。

 心配しなくても、俺はこっちで元気でやっています。

 身体をうごかした後のご飯がとても美味しくて、毎日ついつい食べすぎたりしています。

 

 野菜を送るので、新鮮なうちに好きな料理にして食べてください。

 今の時期は大根と白菜がかなりおいしいので、一番のおすすめです。食べきれなかったら近所の人とかに配って下さい。


 母さんはこっちに遊びに来る気でいるけど、俺は新潟の背油ラーメンが恋しいです。

 正月の三が日は完全に休みになるそうなので、できたら新潟に帰って初詣がしたいです。

 四宝亭のラーメンと、母さんの作ったポテトサラダとのっぺが食べたいです。


 今まで、散々わがまま言ってきてすみませんでした。

 あと、今まで育ててくれてありがとうございました。


 母さんもお仕事つらいと思うけど、身体を大事にして、休めるときにちゃんと休んでね。

 『人間の身体は毎日食べるもので出来てるんだ』って赤根さんが言っていたので、身体にいいものをたくさん食べて栄養をつけてください。

                           

   とうまより 」



 息子からの手紙の下には、一枚の写真が入っていた。

 広い畑を背景に、作業着姿の青年たちが集まっている。集合写真というほどきっちりしたものではないようで、面倒がってフレームの外に出て行こうとしている人もいる。


 今にも動き出しそうで、賑やかな声が聞こえてきそうな写真の中央で、笑顔のとうまがピースしていた。もうすぐ二十歳の誕生日を迎えるというのに、幼稚園児だったときの笑い顔とまったく同じに見える。


 とうまは無事に親離れができたようだけど、こっちはまだまだ子離れできていない。できることなら、またとうまの服をたたんであげたり、茶碗にご飯を盛ってあげたりしたい。

 一緒に買い物に行きたいし、好物を作って喜ばせたい。我が子が一人で自立して生活している姿を想像すると、瞳子は嬉しいような寂しいような、また昔に戻りたいような気持ちになった。


 学生時代苦しんで、道に迷っていた息子も、今や信頼の置ける人生の先輩を見つけて自分の力で生きている。ちゃんと笑えるようになっている。それが分かっただけで胸が満たされた。

 働く中で嫌なことや苦しい場面にも出会うだろうけど、それを乗り越えて強く大きくなってほしい。瞳子は目の届かない場所にいる息子の成長を祈った。


「お母さんも、がんばるからね」


 瞳子は感慨深く写真を見つめ、今夜は野菜たっぷりの鍋とふろふき大根を作ろうと考えていた。



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