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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第二章 激闘! 仙台・伊達味マーケットの乱
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おまけ  天見、高校の文化祭で野菜を売る

 学校の文化祭。それこそ年代や地域によって、人それぞれバリエーション豊かな思い出があることだろう。


 仲間とバンドを結成してライブをしたとか、クラスの出し物で大失敗したとか。食べ物屋台を友だちと一緒に巡って楽しんだとか、実行委員の仕事で忙しかったとか。


 ちなみに俺は、とても人様に言えないような惨めな思い出しかない。

 学生時代の俺は友だちが一人もいないドブネズミ的な立ち位置だったので、中学の文化祭では居場所が無くてずっと人気のないトイレの個室にこもって読書をしていた。


 その後はいろいろあって農業高校に進学したので、文化祭では自分たちで育てた鉢花や観葉植物を体育館に並べて販売していた。それが終わったら、学校を抜け出して近隣の図書館で本を読んでいた。


 当然打ち上げにも誘われなかったし、そもそも俺はクラスメイトの連絡先を一件も知らなかった。

 不登校気味だったため教室に展示する課題研究を用意するのに苦労したし、クラスの中でも声のでかいイケイケグループに馬鹿にされたりと散々だった。


 「オレこいつ嫌い」の台詞と共に蹴りを入れられたことは、今でも執念深く憶えている。中村、お前のことだぞ。あの日体育館であったことは一生忘れねえからな。



 そんなネガティブな感情が煮こごりのように凝り固まった俺が、今なにをしているかというと。縁もゆかりもない高校の文化祭で野菜を売っている。


「全っ然売れない……」


 キャベツに白菜、大根人参。カリフラワー、ねぎ。ししとうや唐辛子。ラインナップは八百屋そのものだ。フライドポテトやりんご飴のような、食べ歩きできそうなグルメは取り扱っていない。

 農業高校でもなんでもない普通科高校の文化祭で野菜を並べたって、買う人なんてまずいないだろう。


「帰りに保護者が買ってくだろ、たぶん」

「買うかなあ」


 隣で暇をもてあましている那須くんと一緒にため息をつく。正面玄関付近の廊下にテーブルを並べて店開きしているものの、待てど暮らせど人が寄ってこない。

 学生はみんな模擬店のタコ焼きやクレープに夢中だろうし、保護者だって来て早々重たい野菜を買おうとは思わないはずだ。俺たちだってさっさとこんなアウェーとはおさらばしたいが、これも仕事なので勝手に抜け出すわけにもいかない。


「赤根さんがここの高校のOBなんだって?」

「ああ、毎年学校側からお呼びがかかるんだよ。あの人、昔から地元の有名人だったからな」


 我らが横暴上司、赤根優作さん。

 なんでも学生時代から神がかった美形だったそうで、それだけならまだしも農作業中に耕運機の下敷きになって骨折したとか、数日間失踪して他県の農家さんのお世話になっていたとか、蔵王の雪山で人命救助したとか、破天荒な話題が絶えなかったらしい。


 その縁で名前が売れて、母校の文化祭に赤根農園が呼ばれるようになった、と。

 ありがた迷惑な話である。今だって一人もお客さんが来てないし。あまりにも暇すぎて、店番をしている俺もあくびと貧乏ゆすりくらいしかやることがない。

 「もっと気合入れて働かんかい」と怒る人もいるかもしれないが、世の中にはお客の来ない洋服店や飲食店がごまんとあるのだから、俺たちだけを叱るのは控えてほしい。


「那須くん、あとで玉こんにゃく買ってきてもいいかな」

「好きにしろよ」

「それか、俺が店番しとくから那須くん遊んで来ていいよ。ステージとか見てきたら?」

「行かねーよ。高校生のダンスやら劇やらで盛り上がるのは身内だけだろ」


 全国に行けるレベルならともかく、夏休み中にちょろっと練習した程度の出し物で感動できるほど俺たちは心が綺麗ではない。俺の胸の中なんて、青春を謳歌している若者への妬み嫉みでいっぱいだ。

 嫌いな言葉は『団結』『友情』『希望』です、どうぞよろしく。


 店番同士が喋ってばかりいるのはどうかと思うが、他に誰も寄ってこないのだからしょうがない。やることがなさすぎて那須くんが不機嫌にならないように、俺はなるべく明るい声で話を振った。


「那須くんって、高校の文化祭のとき何係だった?」

「看板係。段ボールに黒ペンで『ポップコーン』って書いて、それで終わり」

「へ、へえ。手抜き……じゃなくて、斬新~。引き算の美学ってやつだね」


 那須くんは刑務所で育ったような強面だから、誰も文句を言えなかったんだろう。俺も言えないし。

 

 しかし、こうして校舎の廊下に立って制服姿の現役高校生をちらちら見ていると涙が出そうになってきた。

 俺も、本音を言えば文化祭の実行委員とかに参加したかった。仲間たちと和気藹々と準備してみたかった。女子と急接近して、二人で買い出ししたり、下の名前で呼び合ったりしてゆくゆくは制服デートとかしたかった。一体どこで道を間違ってしまったのだろうか。


 せめて俺の通っていた高校に、那須くんがいてくれたら良かったのに。そうしたら少なくとも、俺は孤立した無惨な学校生活を送らなくてすんだのだ。

 高校生のときに黒魔術か錬金術を勉強して、那須くんを召喚するか錬成するかしておけば良かった。俺はいつも後になって大事なことに気付くから、負けっぱなしの人生しか送れないのだ。


 悲しい顔で立ち尽くしてる俺の前を、アニメキャラのコスプレをした女の子や、歩きながらフランクフルトにがっつく楽しそうな男子集団が通り過ぎていく。

 だ、大丈夫だ。俺の青春はまだ終わっちゃいない。学校を卒業した後でも、青春できるチャンスはあるはずだ。ようは年齢ではなく心の持ちようの話である。隙を見て、いつか那須くんか赤根さんをカラオケやファミレスのドリンクバーに誘ってみよう。


 上の空だった俺がはっと意識を取りもどすと、目の前には真っ白なエプロンを身に付けた二人組の女子高生がいた。この距離感は野菜を買いに来たとしか考えられない。慌てて姿勢を正し、お客様第一号に挨拶した。


「あっ、こ、こんにちは」

「こんにちは……あの、キャベツ二玉買ってもいいですか? 焼きそば用のやつが足りなくて」

「ぶえっ、ど、どうぞ。二玉で三百円になります」


 まさかそんな需要が発生するとは。手汗をシャツで拭いて、大急ぎでキャベツを袋に入れようとした。


「あ、そのままでいいです。すぐ使うんで」

「お兄さんたち、うちらの焼きそば食べましたか?」


 女子高生にいきなり質問された俺と那須くんは、反射的に首を横に振った。俺たちは農家に勤めている身なので、フレッシュなイメージがあるのか出先でもよく「お兄さん」と呼ばれる。いまいち慣れていないから、呼ばれるたびにドキッとするのだ。

 女子高生はにこっと笑って代金を渡してきた。


「じゃ、あとで食べに来てくださいね。二階で売ってるんで」

「行こ」


 キャベツを受け取った二人は、風のような早足で調理室に向かって行った。一生懸命走る若者って、絵になるなあ。俺は廊下に漂うお祭りの香りを吸い込んでうっとりしていた。ソース、マヨネーズ、紅ショウガと青のり。これぞ青春である。


「無性に焼きそばが食べたくなってきた……」

「そうだな」


 忍耐強い那須くんも、香ばしいソースの誘惑に心が揺れているようだ。しょっぱい炭水化物と甘ったるいスイーツを交互に食べ、冷えた炭酸飲料で口の中をさっぱり洗い流したい。

 その後も何人かの保護者の方がお情けで野菜を買っていってくれたが、俺たちは心ここにあらずという感じでぼんやり店番をしていた。


「あの、このジャガイモ買っていいすか?」


 するとまた、エプロン姿の学生がやって来た。今度は男子の二人組だ。


「あ、はい。一袋三百円です」

「やー、すんません。冷凍のポテトがなくなりそうだったんで」

「お前が買い出しでケチったからだぞ」


 男子二人は仲良さそうに小突き合い、キタアカリを購入した。商売魂に火が点いて、俺はついつい横にある別の商品も売り込んだ。


「こちらのセットもどうですか? 三色のジャガイモが入ってるんですけど」

「え、マジっすか」

「はい。黄色がキタアカリで、赤がノーザンルビー、紫がシャドウクイーンっていう品種なんです。フライドポテトにすると色が綺麗に出て面白いですよ」

「へえー、どーしよっかなあ」

「今ならちょっとおまけしちゃいますけど」

「買います!」


 見事、別のジャガイモセットも売りつけることに成功した。きっと格安の冷凍ポテトを文化祭価格で販売していたのだろうから、多少予算をこちらに回してくれても赤字にはならないだろう。

 勝手に心の中でそう考え、俺はフライドポテト屋の繁盛を祈った。


 どこの店も、材料をほんの少ししか用意しておかなかったのだろうか。予想以上の売れ行きに食材が足りなくなった店から、またもや生徒がやって来た。


「すみません、果物って置いてないですか! クレープに入れるバナナがなくなっちゃったんですけど!」

「果物はないんですけど、サツマイモと紫芋はどうですか? サツマイモクレープっていうのもあるみたいですし……あとはヤーコンとか」


 とりあえず俺は生のヤーコンを持参したナイフで切って、興奮状態の女子高生に食べさせてみた。赤根農園のヤーコンは生で食べてもクセがなく、梨みたいに甘いのだ。


「ポリフェノールと食物繊維たっぷりで、美容にもいいそうですよ」

「ください!」


 クレープ女子をさばくと、ようやく店の前は静けさを取り戻した。

 やれやれ、模擬店ってのは安く仕入れてがっぽり稼ぐのが基本だぜ。小麦粉と砂糖だけで出来る安上がりなお菓子でも作って売るのが一番ってもんだ。俺はちょっと兄貴気取りで、アメリカンに肩をすくめた。



 しばらく定点観測のように文化祭を見守ってきた俺たちの耳にも、次第にさまざまな感想の声が届き始めた。

 ちょっとあどけない顔つきの一年生男子たちが、弾んだ声で話しながら目の前を通り過ぎて行く。


「さっき食った焼きそば、めっちゃ美味かったよな」

「うん。なんか、麺よりキャベツがやたら美味かったな。柔らかくて甘いし」

「キャベツだけ炒めても売れるんじゃね?」


 おいおい照れるじゃねえか、もっと言ってくれ。俺はまんざらでもないにやけ顔で一年生を見送った。


「このポテトすごーい。着色してんのかな?」

「ちがうでしょ。紫だからアントシアニンとか入ってるんじゃない?」

「ん、味も美味しいよ。食べてみ」


 若い女子たちも奇抜な色のポテトを片手にはしゃいでいる。俺が売りつけた三色ジャガイモも、無事に美味しいスナックになったようだ。喜んでもらえて何よりである。


 続いてやって来た地域の方は、家族そろってクレープを頬張っていた。


「中に入ってるおイモ、美味しいねえ~。ほら、アヤちゃんもさっきから自分の分離さないよ」

「おいちーねえ」


 幼稚園児くらいの女の子も、口の周りにクリームをつけて夢中になっている。こちらまで嬉しくなって目頭が熱くなってきた。


 評判の野菜は校内で売られていると口コミが広まったのか、おかげさまで俺たちの店にも保護者や地域の方が次々に来てくれた。元々お客には期待していなかったのに、千客万来万々歳だ。本当にありがとうございます。


 結局俺たちは最後まで野菜を売るのに忙しくて、生徒たちがやっている店や出し物に顔を出すことは出来なかった。手作りのプラネタリウムとか、茶道部のお抹茶とか、お化け屋敷にちょっと興味があったので非常に残念だ。


 じきに体育館で閉会式が行われるため、全校生徒がぞろぞろと大移動している。俺と那須くんは、赤根農園に帰るため撤収作業をしていた。


「あの、これどうぞ」


 長テーブルを折り畳んでいると、見覚えのある女生徒が走って来て俺たちにビニール袋を差し出した。受け取ってみると、中には焼きそばのパックが入っていた。

 すぐに財布を出そうとすると、遮るように女子が手を振る。


「お金とかいいです、余り物なので。お兄さんたち、ずっとここにいてかわいそうだったから……」

「か、かわいそう」

「あ、ごめんなさい。もう行きますね」


 あまりにも正直な物言いに呆然としていると、女生徒はあっさり体育館の方へ行ってしまった。

 生き物のように跳ねる制服のスカートに、不覚にもときめいてしまった。いかんぞ俺、気を確かに持て。


「いやー、焼きそばもらえて良かったね。帰ったらこれを、五人で分けて食べるわけだ」

「嫌味な言い方すんなよ。別にお前一人で食ってもいいんだぞ」

「別に独り占めなんてしないって。赤根農園のみんなで食べようよ」


 思わぬ戦利品に心がほんわかした俺は、気分よく後片付けをした。若者の思い出作りを陰ながら支えるのも、案外悪くないものだ。


「那須くん、俺カラオケ行きたいんだけど……駅前の店なんて、一人で行くと追加料金取られるんだよ? 友だちのいない人間は来るなって言われてるみたいで肩身が狭いよ」


 荷物をまとめて駐車場に運んでいる最中、俺はぐだぐだと無駄口を叩いていた。

 那須くんはカラオケ好きという情報を小耳に挟んでいたので、大きめのエサをちらつかせて釣りをしている気分だった。俺、家族以外とカラオケ行ったことないんだよ。失われた青春を取り戻させてくれよ。


 嬉しいことに、那須くんはあっさりとエサに食いついてくれた。非常に迷惑そうな顔をしながらも、渋々といった感じで首を縦に動かす。


「別に、仕事終わった後なら付き合うけど」

「ほ、ほんきに? 感動……」


 俺は口元を手で覆い、目をうるませた。三人以上で行くと室料が半額になるから、勇気を出して他の人も誘ってみよう。

 

 とりあえず歌いたい曲をリストアップして、原曲を聴いて予習せねば。合いの手やオタ芸の基本もしっかり頭に入れ、よきところでタンバリンも鳴らして……。すっかりトランス状態になって、脳内で楽しいカラオケパーティのシミュレーションをした。

 那須くん、俺がアニソンとか歌ったら引いちゃうかな。そもそも俺は音痴で高い声も出ないから、お笑い芸人が出したコミックソングとかで盛り上げようかな。


 これから訪れるであろう楽しい青春のひと時に思いを馳せ、俺は胸を高鳴らせた。



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