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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第二章 激闘! 仙台・伊達味マーケットの乱
22/25

21. 英語が話せなくても、とりあえず笑顔と勢いでなんとかなる

 感心していると、店の前を外国人の親子が通りがかった。

 ママと手をつないだ金髪の男の子が、くりくりした青い目で野菜に注目しまくっている。ここは怯まずにコミニュケーションをとるべし。俺は考えるより先に、親子に向かって手を振った。


「ハロー! ウィーアーセーリングジャパニーズベジタブル」


 昔取った杵柄、ということわざが実にしっくり来る状況だ。一応俺だって偏差値の高い中高一貫校に三年間だけ在籍していたのだ、うろ覚えのカタカナ英語なら任せておいてくれ。

 軽く会話してみると、どうやら親子は日本にいるお友達の元に一週間ほどステイしているらしい。俺は身を乗り出すように野菜を売り込んだ。


「えーと、ディスイズ、レコメンド! イエローキャロット美味しいですよ」


 今日のおすすめは黄色人参だと伝えて、小さく切ったものを試食してもらった。おそるおそる口に入れた男の子は、その甘さを知るやいなや瞳をきらきらさせて俺とママを交互に見上げた。

 子どもが「おいしい」と言えば、大抵の親は必ず買ってくれる。案の定ママは人参をお買い上げ下さった。俺は調子に乗って、生もいいけれどビッグサイズに切ってシチューに入れても柔らかくて美味しいと説明した。


「センキュー、ハバナイスデー!」


 全力のバイバイで親子を見送る。グッジョブ俺。久々に自分を褒めてやりたい。その様子を目にした那須くんが、意外そうに話しかけてきた。


「お前、英語話せたのかよ」

「いや、今のは英語話せるってレベルじゃなかったと思うけど……あ、でも俺のいとこがアメリカ人と結婚しててね。その子どもがジェナちゃんっていってちょー可愛いんだ。ほら」


 スマホのカメラロールを操作して、おしゃぶりを付けたジェナとツーショットで撮った写真を見せびらかした。まだ三歳のジェナは現在両親と共にアラバマ州にいる。あの愛くるしい天使ちゃんに次会えるのはいつ頃だろうか。那須くんはますます解せないという顔で、スマホの写真と俺を見比べた。


「掘れば掘るほど意外な事実が判明するな、お前……」

「そう? ていうか那須くん英語だめなんだ。俺てっきり、今時の子はみんな話せるもんだと思ってたんだけど……いや嫌味じゃなくてまじで」

「調子のんなよウゼェ」


 別に調子のってるわけじゃないです! 俺は少しむっとしつつ、減った商品を補充しようとした。

 が、視界の端にビニール袋に入った黄色人参が目に入った。おいおい、ちょっと待てよ。これってまさか……いや、そんな馬鹿な。先ほどのママさんとのやり取りを回想し、ありえない結論に辿り着いた。


「やべえ、商品渡すの忘れてたっ! あばばば、お、俺ちょっとさっきの人追いかけてくる!」


 パニックになった俺は、人参の袋を引っつかんでテントから飛び出した。

 何か変な違和感があると思ったら、まさか品物を渡し忘れていたなんて。相手が外国人だからって緊張しまくって、肝心なことがすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。


 俺のアホ! 何てことしでかしてんだよマヌケ! 何度も己を罵って、先ほどのお客さんが歩いて行った方向に向かって突っ走った。なにせ通行人が多いので、ぶつからないよう右左に避けて必死にあの親子を捜索する。


「すみません、外国人の親子を捜してるんですけど、見かけませんでしたか!?」


 通行人を二、三人つかまえて聞いてみたが、効果がないことに気付いた俺は他の出店者のテントを回った。もしかしたら他の店の前で足を止めて商品を見ているかもしれない、という淡い期待を抱いて。


 しかし、別れてから結構な時間が経っていたので、アーケード中を駆けずり回っても親子を見つけることは叶わなかった。途方に暮れた俺は泣きそうになって立ち尽くした。

 お金だけもらって商品を渡さないなんて言語道断だ。でもあの親子がどこに行ったのかなんて見当もつかない。それでも諦め切れない俺は、誰かの助けが欲しくてふらふらとスイートハートのテントに歩いて行った。


 商品棚には、水玉柄のかわいいパックに入ったトマトやハーブ、サラダ用のベビーリーフや水菜などが並んでいる。女性客がきゅんとくるようなセンスあふれる店構えだったが、げっそりやつれた俺にはそれ以上細かく観察する余裕などなかった。


「あの、るなりなさん……外国人の親子を見かけませんでしたか? さっきうちの店でお買い物されていったんですけど、商品を渡しそびれてしまって……」


 己の無能さをひけらかしているようで最高に格好悪い。店番をしていたるなりな姉妹は、二人同時に首を横にかしげた。


「うーん、見かけた気はするんですけど、どこに行ったかまでは分からないです~」

「ごめんなさ~い、お役に立てなくて」

「そうですか、ありがとうございます……」


 お礼を口にして肩を落とす。やっぱり俺は役立たずのままだ。一瞬でも成長できたと感じたのは勘違いだったんだ。どうしようもない自分への苛立ちがつのって、とうとう人目も気にせずみっともなく喚いてしまった。


「あーっ、俺のバカ! アホ! こんなんだからいつまでたっても駄目なままなんだよおお、あー!」

「そ、そんなに自分を責めないでください~。諦めるのはまだ早いですよ! ここより、隣のクリスタルロード商店街を捜してみたらどうですか?」


 るなりな姉妹によると、クリスタルロード商店街というのは仙台市内でもトップクラスに人通りが多い場所らしい。もう引っ込みがつかなくなっていた俺は、二人にお礼を言って隣の商店街へ走って行った。

 

 おそらくもう手がかりはつかめないだろう。でも、このまま引き返すのも寝覚めが悪い。俺は贖罪の意味も込めて、懸命にあの親子を捜し回った。それにしても仙台人、皆めちゃくちゃ歩くのが速いな。東京に来たみたいだ。どこもかしこも人の波、大洪水である。


「ん?」


 ふと見ると、商店街の真ん中に人だかりが出来ていた。老いも若きも集まって、めいめいのスマホで何かを撮影している。人ごみの中央からは、黒くてフワフワした謎の物体がニョキッと生えている。

 あ、あれはまさか、ガンマイク? テレビの取材か?


「モーモー、ウシだぞー。ワンワン、イヌだよー……じゃーん! おれでしたー!」


 輪の中心にいる男性が、声を張り上げておどけている。続いて、鈴をふるような小さな男の子の笑い声が聞こえてきた。


「ん……!? す、すみませーん、ちょっと通ります!」


 これはもしかしたら、もしかするぞ。俺は無我夢中で、押しくらまんじゅう状態の人ごみをかき分けた。右手に人参の入ったビニール袋を持ち、息を止めて身体を人と人の隙間に割り込ませる。どんどん進んでいくと俺の視界に金髪の男の子が入ってきた。


「あ! よ、よかった……!」


 どうやら、さっきの外国人親子はテレビの取材を受けていたようだ。とにかくさっさとブツを渡して退散しよう。強い照明の光にひるみつつも、俺は腕を伸ばしてママさんにビニール袋を差し出した。


「ごめんなさい、これ、忘れてましたよ」

「ちょっと、何なの君? 今収録中だよ!」


 出演者とおぼしき男性が、笑いを含んだ声で俺に注意してきた。まさかとは思ったが、やっぱりあの人だった。お笑いコンビ・エチルチオメトンの江波さん。

 たるんだ二重あごに禿げ頭、カエルみたいなでかい口。超ド級のモンスターフェイスがすぐ目の前にあった。憧れの有名人を前にした俺は、気が動転して口から泡を吹きそうになった。


「すみません! お、おお、おれ、農家です。そちらの奥さんが人参忘れてらっしゃったので、届けに来たんです。邪魔してごめんなさい!」

「まー、待って待って。ちょっとお話していこうよ。君、農家やってるの?」


 ツッコミの千葉さんが俺の肩をつかんで引き止めた。近くで見ると、のっぺりしたキリンみたいな草食動物フェイスだ。顔は面白いが着ている服がおしゃれで、東京の風が感じられる。


「ちょっとカメラに向かって宣伝とかしてもらえるかな?」

「えっ、えっ、いいです。俺もう帰るので!」

「いーからいーから」


 とんでもない無茶ぶりだ。きっとシャイな一般人を無理やりカメラの前に引きずりだして、醜態を笑おうとしているのだ。俺は頭が真っ白になって、あわあわと口を開け閉めすることしかできなかった。


「仙台のどこで野菜作ってるの?」

「あ、山形です……山村市から来ました」

「へえー、じゃあ、一番好きな野菜は?」

「す、すき……俺は個人的には白菜が好きなんですけど、ねぎも美味いし、キャベツもブロッコリーも……あ、やっぱり赤根ほうれん草です! 赤根農園のほうれん草はふにゃふにゃしてなくて、こう、『大地でたくましく育った命』って感じがするんです。食べると元気が出て、明日も頑張ろうっていう気持ちになるので、ぜ、ぜ、ぜひ召し上がってみてくらさい」


 噛んだ。はずかしい! 顔を真っ赤にしながら話し終えると、わけも分からず涙が出てきた。感情のコントロールが上手く出来ない。

 芸能人に会えたのも嬉しいが、どうにかしてテレビの向こうにいる視聴者の皆さんに赤根農園のことを知ってほしくて必死だった。野菜を食べてください。山形の。俺たちの収穫した野菜を食べてください、お願いします!


 引きこもりを卒業したおかげで、俺もようやくまともな人間になれた。働いて、疲れて飯食って、たくさんの人と会話して、エチルチオメトンのお二人と一緒にテレビにも出て。感極まって胸が苦しい。度重なる偶然に感謝、感謝である。

 

「なんかこのあたりで、おすすめのスポットとかあるかな?」

「うぇ! あー、俺詳しくないんですけど、えっと」


 俺は仙台の店や地名なんてこれっぽっちも知らなかった。そのとき脳内に電流が走り、衝動的にコートのポケットから名刺を取り出した。さっき九条さんからもらったものだ。


「こちらの社長さんが俺の知り合いなので、よろしかったら……」

「え、なにこれ! あやしげ~、面白そ~」


 江波さんが名刺を手に取ってカメラに見せている。グルメやアミューズメント的なものじゃなくても、興味を持ってもらえたようだ。俺が紹介できる場所なんてそこくらいなので、あとは仙台出身の九条さんになんとかしてもらおう。


「じゃあね、がんばってね~」


 お二人はカメラクルーを連れてぞろぞろと歩き始める。ぺこべこ頭を下げて見送っている間、俺の身体はアドレナリンで熱くなりっぱなしだった。

 サインや写真なんて一周回って必要ない、俺にとってはあの方々と過ごせた時間こそがプレシャスである。興奮さめやらぬまま、スキップしそうな勢いで赤根農園のテントに帰った。


 すると今度は、こっちに人だかりができていた。那須くんが一人で会計をしているため、順番待ちのお客がわんさか溜まっているのだ。俺はすぐさま応援に入った。


「ごめん! ホントにごめん!」

「謝るひまあったら動けや! 仙台までなにしに来たんだよテメーは!」


 異常な熱気にさらなるギャラリーまで集まって来て、押すな押すなの大騒ぎに発展した。もしかしたら、そこら中で悪目立ちしていた俺が広告塔となってお客さんを連れてきてしまったのだろうか。

 カオス状態の中で野菜は飛ぶように売れた。実際空を飛んでいたかもしれない。


「うっうっ、もしもし赤根さん? 野菜が売り切れそうなんで、追加分を持ってきてほしいんですけど――え、もう芹沢さんが向かってる? 仕事早すぎますね流石です」


 電話をかけてから数十分後、芹沢さんが運んで来てくれた採りたて野菜をどっさりと店先に並べて販売を続行した。

 どうやら前もって農園の方で追加分の野菜を用意していたらしい。おかげで買い物客の不興を買うことなくスムーズに商品を補充して売り捌くことができた。迷惑かけてごめんよ那須くん、そしてありがとう赤根さん、芹沢さん!


 時刻は十七時を回り、街路樹の青いイルミネーションが灯り出す。俺はすっからかんになった商品棚を前にむせび泣いていた。


「か、完売……あんなにてんこ盛りになってた野菜が、売れ残り一つなく、完・売……!」

「お疲れ。撤収すんぞ」


 一日中働きづめだった那須くんは、混乱と疲労のせいでキャラ崩壊でも起こしたのか俺を労わってくれた。俺も那須くんを労って、撤収作業に取り掛かった。

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