20. 伊達味マーケット、二日目!
速やかに台車を押してイベント会場に野菜を搬入する。
アクシデントに見舞われた那須くんのテンションは最悪らしく、顔色が暗く濁っている。これは那須様の信奉者としては見過ごせぬ。俺は少しでも場の空気を軽くしようとはりきった。
「那須くん、向こうでゆるキャラが風船配ってるよ! もらってこよう、ね? 何色がいい? ピンク? それとも焼きそばパンでも買ってこようか!?」
「お前少しは黙れねーのかよ。赤根さんじゃねえんだから」
しゃべくっている内に赤根農園のスペースに着き、俺たちは昨日と同じように五十種類以上の野菜を商品棚にディスプレイした。どうやら、いくつか新しい商品がお目見えしているようだ。
ここで新メンバーを紹介するぜ! まずは幻の高級キノコ、胞子界の純黒プリンス『ススタケ』だあああ!
「何このキノコ、これで六千円ってどういうこと!? 買う人いるの?!」
「売れ残ったらテメーが自腹切って買い取れよ」
「無理だって! 大体なんだよこの黒さ、木炭かよ!」
続いては同じく胞子界からのエントリー、「香り松茸味しめじ」のしめじとはこいつのことさ! スーパーにはめったに出回らない『天然本しめじ』いいいい!
「これは一パック五百円か、まだ高い気がするんだけど……あ、こちらですか? ありがとうございます!」
頭の中でふざけた実況をしていたら、さっそく年配の男性が本しめじを購入していった。きっときのこに詳しくて、味を知っている人が買っていくんだろうな。
「このきのこも赤根農園で育ててるの?」
「いや、知り合いのきのこ園から仕入れて売ってんだよ。春は山菜とたけのこ、秋には栗と菊といちぢく――まあ一年中何かしら仕入れてるな。旬の物を置いておくと客の集まりが良くなんだよ」
なるほどなるほど。野菜もいいけど、季節ごとの旬を味わうのもおつなものだからな。
俺は急遽小ぶりなホワイトボードに『今が旬! 天然本しめじ五百円 きのこご飯やきのこ鍋にどうぞ』とマーカーペンで書いて目立つ場所に飾っておいた。
「こんにちは~! 山形県山村市から来ました、赤根農園です! 珍しい野菜もたくさんございますので、ぜひお立ち寄りくださ~い!」
アーケード街には、年齢も身なりも様々な人々が行き交っている。少しでも足を止めてもらおうと口に手をあてて呼び込みする俺を、那須くんが目を細くしてじーっと注視していた。
「お前……変わったな」
「ん? 俺が変わってるって?」
変人扱いには慣れっこだ。そもそも赤根農園には変な人しかいないし。
「ちげーよよバカ。とにかく、笑顔で働けよ」
「はい先輩!」
言われた通りにこにこする俺。那須くんは考え事をしているような上の空な顔で、しばらくぼうっとしていた。具合でも悪いのだろうか。
心配で笑顔が消えるとまた注意されたので、無理やり口角を吊り上げた。いっそ粘着テープでも買ってきて張り付けてしまおうか。
気付けばテントは足を止めたお客さんによって包囲された状態になり、俺たちは接客に追われ目まぐるしく動き回った。
まるで敵兵に囲まれ集中砲火を浴びる二人部隊……おい那須! 俺たちは絶対に生きて山形まで帰るぞ! それまでは死ぬな、這いつくばってでもこの激戦地から生き延びるのだー!
頭の中で血みどろになってマシンガンを撃ちまくりながら、現実の俺はにっこり笑顔で買い物客の相手をしていた。
「うわあ、あのお店男の子二人で野菜売ってる~」
ぴく、と俺の耳がこちらに向かって放たれた台詞をキャッチした。おう何だ、文句があるなら受けて立つぜ。
喧嘩腰の俺が勢いよく振り返ってみると、声の主は二人組の女の子だった。キャラメル色の長い髪をそれぞれポニーテールとツインテールにしている。ハート柄の真っ赤なエプロンがじつにキャッチ―だ。
「ねー、すごいよ見て見てー。お客さんいっぱいだねー」
「だね、わたしたちも負けないように頑張ろうねー」
かっ、かわいい……仲良さそうに戯れる様はまるでエンジェル。少女漫画のごとく周りにお花が咲いて見える。
これまで男だらけの職場で散々こき使われてきただけに、突然のときめきに襲われた俺は萌えの過剰摂取で死にそうになった。口の中がカラカラに乾き、瞳が彼女たちにばっちりオートフォーカスしている。はあはあ、か、かわいすぎる。やっぱ俺女の子大好きだ。
「な、那須くん。女の子だよ。かわい過ぎるよどうしよう。あんな子たちが店番とか始めたら俺たちに勝ち目はないよ。今すぐ抱きついて頬ずりしたいけど法律が許してくれないよお」
女に飢える浅ましい俺とは反対に、那須くんは殺る気スイッチが入ったようだ。獲物を狩る直前のチーターのような鋭い眼差しで、彼女たちを威嚇していた。
「たしかに、若い女ってのは店先に立ってるだけで客を集める力があるからな……オレらがどれだけ販売員として鍛錬を積んだところで、性差はどうすることもできねえ」
「そ、そんな。じゃあ俺たちはどうやってお客さんを集めればいいんだ!?」
「んなもん決まってんだろ。野菜の味で勝負だ! おい天見、そこのコンテナに包丁とまな板入ってるから人参とキャベツ切って試食作っとけ。使い捨て手袋つけんの忘れんなよ」
思わぬ強敵出現にピリピリする俺たちの元へ、女の子たちが近づいてきた。
「こんにちは~。わたしたち、双子のるなとりなっていいます」
「スイートハートっていう会社でバイトしてるんですけど、あっちのテントでトマトとかクレソンとか売ってるんです~。初めてで分からないことだらけなので、色々教えてもらえたら嬉しいな~って。ねー、るなちゃん」
「そうだねー、りなちゃん」
うふふっと目を見合わせて上品に笑い合う様子が最高にキュート。かわいいオブザイヤー最優秀賞受賞。でれでれする俺を押し退けて、那須くんが彼女たちの前に立ちはだかった。
「こちらこそよろしくお願いします。あとでそちらのお店も拝見しに参りますね」
物腰は丁寧だが、俺だけにはどす黒いオーラが駄々漏れているのがはっきりと見える。
るなりな姉妹は頭を下げて持ち場に帰っていき、俺たちは新たな武器である野菜の試食を引っさげて再び販売に戻った。
「よろしければ、ひとみ人参のご試食いかがですか?」
ベビーカーを押している若い夫婦にすすめてみると、奥さんの方が試食に手を伸ばしてくれた。旦那さんは、苦笑いを浮かべてやんわりと後退する。
「やー、おれ人参きらいだからいらないや」
「え! いやいや、ほんとに食べてみて下さい。俺も生の人参って苦手だったんですけど、ここの人参は別格なんですよ。だまされたと思って、どうぞ!」
自信満々の俺の態度が気になったのか、旦那さんの方も試食をとってくれた。夫婦二人で生人参のスライスを口にして、お互いの目を見合わせる。
「ん! ……なにこれ、うまいね。甘い」
「なんだか、噛むと人参ジュースみたいな感じでジュワっときますね」
「そうなんですよ! 水分たっぷりで甘みがあるので、そのままジュースにしてもいいですし。赤ちゃんの離乳食用に買って行かれる方もいらっしゃいます」
当然俺も食べたことがあるので、すらすらと売り文句がわいてくる。気に入ってくれたのか、その夫婦は人参をお買い上げしていった。
「こういうおいしい人参って、中々ないんですよねえ。どこで作ってるんですか?」
「あ、山形の赤根農園です。仙台のイベントにもちょくちょく出店してますので、見かけたらよろしくお願いします!」
深々と頭を下げてお客様を見送った。
みなさま、赤根農園でございます。赤根農園の名前をすこしでも憶えて帰って下さい。ご近所、お友だちへの口コミ大歓迎。ネットにじゃんじゃん写真をアップしてください。昨日の大失敗を取り返すために、俺は前のめりに接客した。
「ねー、あそこ見て。ヤバくない? キャベツの試食だって」
「うわ、ウケる。キャベツなんてどれでも一緒だよね」
とかなんとか噂しているギャルにも果敢に近寄って、問答無用でスイートキャベツを食べさせた。どうだ、美味いだろ。赤根農園の野菜は、想像した味を軽々飛び越えて行くんだから。この味はもっとたくさんの人に伝わるべきなんだ。
手当たりしだいに試食を配っていると、ペットを連れたおじさんがこちらに寄ってきた。
「お、ちょっとうちのモンちゃんにちょうだいよ。この子、野菜好きなんだ」
「えっ! わ! さ、サルですか!?」
なんと、小さなニホンザルを連れていた。ピンクのセーターを着た子ザルがキャベツを貪る様子を、俺は「わあわあ、キャベツ食ってる!」とビビりながら見守っていた。
接客業をしていると、いろんなことが巻き起こるんだな。今後お客としてどこかの店に入ったときは、もれなく店員さんに優しくなれそうな気がする。反対に、無礼な店員に遭遇したらいらっとしそうだけど。
優しい人や怖い人、お喋りな人に無口な人。老若男女性格も様々なお客さんたちと交流するたび、俺の中で経験値が一ずつ上がっていくような感覚を味わった。
もう何レベルくらい上がったんだろう。新しい技も覚えられたかな。自分の成長を実感し始めた俺は、気分を盛り上げて次なる買い物客に元気よく声をかけた。
「こんにちは! そちらの白菜は『きらぼし』っていう品種なんですけど、とても柔らかくて火の通りが早いんですよ。お鍋に入れたらあっという間にとろとろになります」
「そうか、ではこの白菜を二つと赤ねぎを二つ、それと里芋ももらおうか」
「ありがとうございます! 合わせて千二百五十円になりま――って、ええ? 九条さん!? 何で!?」
顔を上げた途端に気付いて、驚きのあまり引っくり返りそうになった。な、なな何で山形にいるはずの人がここに。
九条さんはスーツの上からトレンチコートを着て、ビジネスに使うような四角い鞄を手にしていた。俺のオーバーリアクションに苦笑して、長財布を広げる。
「明日僕の会社でステークホルダーとのMTGがあってね。今日はこちらに戻って、部下たちとブレストしたあと鍋でも作ってやろうかと思ってここに寄ったんだよ」
「はあ?」
わけが分からないが、とにかく仙台にある自社で仕事をするために戻ってきていたということか。俺はキツネにつままれた気分で野菜をビニール袋に入れていった。
「今さらなんですけど、九条さんの会社って主にどんな仕事をしてるんですか?」
「ああ、基本的には印刷物のデザインだ。他にも企業サイトの作成や、商品のパッケージデザイン、映像編集、飲食店の看板製作だとか、まあ幅広くやっているよ。念のため名刺を渡しておこうか」
ふんふん、WEBデザイン会社ってところか。九条さんは野菜の代金を払った後、銀色に光るプラスチック製の名刺をくれた。「株式会社 フィアダンク 代表取締役 九条仁」と文字が浮き彫りになっている。
名刺で自社の印刷技術をアピールするとは、中々やりおるわ……いつか路頭に迷った時は、掃除のバイトにでも雇ってもらえるだろうか。俺はもしもの時のために、名刺をコートのポケットにしまっておいた。
「でも、わざわざお金出して買わなくても、農園から食用の野菜持ってくれば良かったんじゃないですか?」
「いや、たまには自腹を切って消費者の立場に立ってみないとね。この価格でこの大きさと味なら納得するかどうか、商品調査みたいなものだよ」
ほおお、そこまでしてくださるなんて。なんて献身的な社長さんなんだろう。
赤根さんはもっと九条さんの待遇を見直すべきだ。この人は赤根農園にとって、絶対に手放したらいけない人材だろう。彼の放つ都会的なオーラにやられて、うっかり心酔しそうになってしまう。
「部下の人たちに鍋を作ってあげるなんて、なんだかアットホームでいいですね」
「そうか? 僕はただ独身で一人暮らしの奴らを集めて、栄養が偏らないようにお節介を焼いているだけなんだが……下田、持ってくれ」
九条さんは大玉白菜が入ってぱんぱんになった二つの袋を、後ろに控えていた背の高い部下に手渡した。もう一人部下らしき青年が勢い込んでしゃしゃり出てくる。
「社長、おれも何か持ちたいです!」
「なら僕の鞄を持ちなさい。紹介するよ天見くん、社員の下田と根岸だ」
九条さんに付き従う根岸なる若者は、口が半開きで落ち着きがなく、躾のなっていない犬のようだった。 俺を指差して「うわーこんな若い子も働いてるんですか! 赤根農園すげーですね!」と騒いでいた。九条さんはリードを引くように根岸さんの腕をつかむ。
「許してくれ天見くん、こいつは馬鹿そうだが業務上では優秀なんだ。それでは、引き続き頑張ってくれよ」
部下を従えた九条さんはコートの裾をひるがえし、早足で人ごみの間をすり抜けて行った。
うーん格好いい、憧れの大人だ。赤根農園ではエプロンつけて食事を作ったり、ラフな私服姿でパソコンを叩いたりしている印象が強かったが、人間出るところに出ればがらりとイメージが変わるもんだ。




