16. 農業は接客業!? 那須くんのパーフェクト販売講座
開始時刻がせまり、俺たちは伊達味マーケットの運営の人から渡された黒いエプロンをつけ、二人で開店準備にあたった。
赤根農園は野菜の量が膨大なため、広めにとられた販売スペースはコの字型になっていて三方向に商品を置くことができた。テーブル上の木製の商品棚に片っ端から野菜を並べていく。
人参はここに、葉物野菜はまとめてここに。白菜はどこに置こう。戸惑っていると、那須くんがびしびしアドバイスを入れてきた。
「白菜とねぎは近い場所に並べとけ。客が鍋を連想してセット買いする確率が高くなる。あと、緑の野菜は同じところに固めないで散らして置け。商品全体の色のバランス考えろよ」
「あ、はいっ」
「人通りの多い所にはカラフルな野菜を置いて注目させろ。キャベツや白菜はどこにあっても売れるから、売れにくい野菜を目立つ場所に置いてやれ」
次々に出てくるディスプレイ案。積み重ねてきた経験に基づいた販売術……お見それいたしました。レイアウトの神・那須様に仕える下僕となって、俺はへーこら野菜を飾り続けた。
十分後、種類も量も豊富な素敵な店先が完成した。八百屋ではなく『ファーマーズマーケット』と横文字を使いたくなるほどイカしている。朝採りのブロッコリーは大きくて緑が鮮やかだし、スイートキャベツや大玉白菜の葉もパリッとして新鮮そうだ。
珍しい野菜も数多くあって、つい立ち止まってじっくり見てみたくなる。これならお客さんのハートをつかめること間違いなし。
すでに通行人が寄ってきて野菜を手に取ったりしている。俺は那須くんに思いきり脇腹を小突かれた。
「おい、ボサッとすんな。次は値札付けてこい」
「はいっ、ただいま」
お客様の相手を彼に任せ、俺は値札や商品解説のポップを専用のクリップで取り付けて回った。俺が詰めたミニパプリカ、百五十円。カラフル人参、三百五十円。
さっそくカラフル人参を、小さな子供連れの若奥さんが手に取った。
「わあ、見てまーちゃん。面白い人参さんがあるねえ」
いろんな色があるよ、と幼稚園児くらいの娘に見せるママさん。俺が声をかけなくても買ってくれそうだけど、一応食べ方とか教えた方がいいかな。
「そ、その人参、生でもすごく甘いんですよ。おやつ感覚で、皮ごとぽりぽり食べられます」
「へー、そうなんですか。この白いものは大根ですか?」
「いえ、白人参です。珍しいので、この機会にぜひ食べてみて下さい」
那須くんの販売トークを盗み聞きして真似しただけだが、効果はあったらしい。
奥さんがバッグから財布を取り出したので、すかさずビニール袋を持ってきて中に人参を入れた。千円札を受けとり、金庫の中から六五〇円出してお返しする。最後に人参を差し出した。
「はいっ、こ、こちらになります」
「ありがとうお兄さん」
笑顔の奥さんに、俺もつられて照れ笑いする。人見知りをしてママの後ろに隠れる女の子にも、ばいばーいと手を振った。女の子はもじもじしながら手を振り返してくれた。うはっ、かわいい。人参、喜んで食べてくれるといいな。
余韻に浸ってにこにこしていると、那須くんに胸倉をつかまれた。な、なにか不手際がございましたでしょうか!?
「おい……やるじゃねーか」
「へっ」
恐喝されるような雰囲気で、褒められた。
らしくないことをして調子が狂ったのか、那須くんは野生動物のように首を振った後、商品の補充をしに行った。喜んでいいのかな、これ。いじめられっ子モード発動でバクバクしている心臓を落ち着かせ、俺は残っていた値札付けの仕事を続行した。
えっと、あとはこれを付ければ完了のはず。
商品棚の前に回ろうとして、隣の文具店との境目を通ろうとしたとき。腰に何かがぶつかる感触があり、一拍置いてバラバラバラ――と何かが地面に散乱する嫌な音がした。見ると、煉瓦敷きの地面に色とりどりの鉛筆が転がっていた。
「あ、ああああ」
こ、これはたしかお隣さんの商品では……!? 自分の巻き起こしてしまった悲劇を理解し、俺はとっさに地面に這いつくばって色鉛筆を拾い集めた。
何てことを。俺のアホ、ばか野郎! 弁償しないと、弁償弁償……! パニックで吐きそうになっていると、店の内側から店主のお姉さんが出てきた。
「あっ、ごめんなさい……私が変な所に置いたせいで」
「い、いえいえ! ちがうんです、俺のせいで! ごめんなさい本当に!」
お姉さんは眼鏡が似合う上品な人で、物腰柔らかに謝罪してきた。商品をぶちまけたロクデナシを責めもしないなんて、徳の高い聖女としか思えない。
俺は土下座せんばかりに謝り倒し、弁償を申し出たものの固辞されてしまった。こういうときは無理に代金を置いた方が良いのか、それとも引き下がってもいいものなのか。
結局腰抜けの俺は、そのままお姉さんと別れて罪悪感に満ちた心境で店番に戻った。
その後、赤根農園のテントには買い物客が途切れることなく押し寄せてきた。時には一人で複数のお客さんの相手をしなければいけなくなる。
接客素人の俺は失礼のないように気を付けつつ、飛び回るように忙しなく動き続けた。
お客さんの相手をする内に、色々な人と遭遇した。
値札がついているのに値段を聞いてくるおばさん。時間をかけてキャベツの重さを比べ続ける奥さん。無農薬かどうか即座に尋ねてくる人。虫食いを発見した途端に野菜を置いて去っていく人。すべての野菜をひっくり返して切り口を確認し、しつこく鮮度を確かめてくる人もいた。
こうして見ると、野菜を買うのって九十五%くらいが女の人だな。世界がOLと主婦とおばちゃんのみで構成されているのかと錯覚してしまいそうだ。かと思えば、サラリーマンの二人組がほうれん草の前で思案していた。
「うーん、どーしよっかなあ」
「どうかしましたか?」
俺が出ていくと、片方の熟年リーマンが赤根ほうれん草を手に取った。
「これって日持ちする? おれ明日から出張するから、迷ってんだよね。土曜日まで冷蔵庫入れといても悪くならない?」
「う、うーん、それはちょっと……四日も経つとさすがに鮮度が落ちそうな……あっ、今日の内に茹でておいて、冷凍するっていうのはどうですか?」
雲行きが怪しくなりかけたが、俺は咄嗟にひらめいた。俺はあまり冷凍保存とかしないけど、以前ちらっとテレビで目にした調理テクを思い出したのだ。
リーマンは「その手があったか!」と感心した様子で赤根ほうれん草を三束買っていった。
「そういうことなら、いっぱい買っていっぱい冷凍しておくよ。これでしばらく美味いほうれん草には困らないな。ワハハ」
「あざーす!」
おめでとう、俺はやり手の販売員に進化した! 己の機転に惚れ惚れする。
忘れずに在庫からほうれん草を出し、減った分を補充した。那須くんいわく、店先に品物が少ないとお客さんが見てくれないので、常にボリューム感を出しておくことも大切なのだそうだ。
十二時のチャイムが鳴る。昼休みの時間帯になるや否や、さらにお客が来るわ来るわ。世の中にはこんなに大量の人類がいるのかと驚き、気持ち悪くなるほどだった。人酔いでふらふらしかけながら、俺は気力を振り絞って販売戦士と化した。
インド人に人参を売り、ビニール袋が中々開かなくてピリピリし、やたらと野菜の品種を知りたがるおばさんに片っ端から教えてあげた。今なら野菜の品種早押しクイズで誰にも負ける気がしない。
うちで売ってる赤人参の品種は? ピンポン! 正解はひとみ五寸!
買い物客が比較的引けてきたタイミングを見計らって、那須くんがエプロンを外してテントから出て行った。
「休憩。あと頼んだ」
「えっ、ままま待って那須くん。一人にしないで――あ、ありがとうございまーす。合わせて七百円です!」
そろそろ俺一人に店番させても大丈夫だろうと考えたんだろうか。そんな無茶な。俺はまだまだ歩き始めの幼児みたいなもんなんだぞ! 早く帰って来てくれ!
心細さと責任感がない交ぜになったワンオペ状態で店番をしていると、ブロッコリーを注視しているおばはんに気付いた。
「こんにちはー、こちら朝採りですよ! 今日一番のおすすめです」
今朝赤根さんに釘を刺されたことを思い出し、ここぞとばかりに売り込んだ。おばさんは険しい表情で、口紅が厚く塗られた唇をひん曲げている。
「このかごに入っているもの、全部合わせて二百五十円なの?」
「いえ、一個二百五十円です」
「あらまっ、高すぎるわ~、こないだスーパーで一個八十円で売ってたのに」
「それ、外国産ですよね? こちらは山形の山村市で今朝採りしたものになります」
「ううん、山形産で八十円だったわ。はー、高い高い。高いわねーこの八百屋さんは!」
おばさんは大声で「高い高い」と連呼した。
こんな言い方をするのは申し訳ないが、スーパーの物と一緒にしてもらいたくない。赤根農園のブロッコリーは自然栽培で味も柔らかさも別格なのだ。
気に入らなければ立ち去ればいいのに、これは立派な営業妨害なんじゃないのか。いいかいよい子の皆、大事なことを教えてあげよう。どんなにムカついてもこのおばさんをボコったらダメなんだゾ。お兄さんとの約束だ!
俺の元に襲来してきたモンスターは、次なる非難の標的を白菜に定めた。
「この白菜の葉にも虫食いがあるわね。はー虫怖いわあ」
「うちの農園は農薬を控えた自然農法なので、多少虫食いはありますけど味はとびきりいいですよ」
「それでもぉ、どうせ買うなら見た目のいい物を買いたいわあ」
おばさんは顔を歪めて白菜をデコピンした。
うるせーな見た目なんてかんけーねえ、駄目な葉だけ捨てて鍋で煮ればどれでも一緒だろうがゴラァ! と叫びたくなるのをぐっとこらえ、俺はもうこのおばさんとまともにやり合うのはやめようと決めた。精神衛生上よろしくない。那須くんならどうやってこのおばさんに野菜を買わせるのだろうか。
「この大根小さくないかしら?」
「……それはミニ大根という品種でして、普通の長い大根はこちらにあります」
これにも実はちゃんと理由がある。仙台は電車やバスでやってくる人が多いので、持ち運びやすい小さめの野菜が喜ばれるのだ。
ミニ大根、ミニ白菜、ミニねぎなど、赤根農園では消費者のニーズに合わせた野菜を栽培している。お客様に対するせめてもの心配りですよ。
「このカリフラワー黄色くなってる! こんな悪い物売るなんてどうかしてるわあ」
「……それはオレンジカリフラワーという品種です。こちらに商品説明のポップがあるのでよろしければお読み下さい」
結局おばさんは言いたい放題言って、何も買わずに帰って行った。な、何だったんだ一体。あのモンスターがすごい剣幕で吼えまくっていたせいで他のお客さんが寄り付かなくなってしまったし。
もう嫌だ。俺も早く休憩したい。疲弊した俺の元に、別のお客様がやって来た。




