15. 参戦! 伊達味マーケット一日目
「で、でも俺初めてなのに、そんな」
「那須の助手してくれればいいんだよ。今日は野菜の量多いし、売り子が二人いないときつい。それとも何か? 出来ませんって言う気か?」
「う……」
赤根さんからの冷ややかなプレッシャーにたじろぐ。どうしても嫌ってわけじゃないが、大勢の人がいる場所で失敗するのが怖い。このうじうじした俺が、販売なんて出来るのか?
視線が泳ぎまくっている俺の元に、トラックへの野菜の積み込みを終えた那須くんがつかつかと歩み寄ってきた。スキニージーンズに黒のジャケットを合わせた姿がおそろしいくらい様になっている。
どうやら赤根さんの私物を借りたみたいだが、見事に田舎DQNから大人っぽい都会の男にクラスチェンジしていた。
「おいグズ、そんなに嫌な顔すんなら断れよ。やる気のねー奴にいやいや手伝われてもかえって足手まといだしよ。残ってガキの使いでもこなしてろ」
吐き捨てられたストレートな罵倒に、むっと反骨精神が湧き上がる。馬鹿にされたことに対する怒りを隠すこともせず、俺は赤根さんを見上げて叩きつけるように言った。
「……俺、やります! 出来ます! 着替えてきます!」
くるっと背を向けて、作業場から出て行く。
母屋の二階にある自室に駆け込んで、つい先日届いたばかりの段ボールを開けた。実家の母さんが、俺の部屋に眠っていた冬物衣類を送ってくれたのだ。
箱をひっくり返してましな服を探していると、ふと白い紙の端が指先に触れた。拾い上げて広げてみると、綺麗な書体で文字が綴られていた。おいおい、これってまさか。
「 とうまへ
山形の農家さんでの暮らしに慣れましたか? 冬は寒いと思うので、服の他に手袋や毛糸の靴下も入れておきました。あったかくして、風邪ひかないでね。必要なものがあったらまた送るから、いつでも言って下さい。
あなたが働き始めてくれてすごく嬉しいけれど、心配でもあります。人生勉強のために一年は続けてほしいけど、辛かったらいつでも新潟に帰ってきていいんだからね。
今度連休が取れたら遊びに行くから、一緒においしいものを食べに行こうね。それまでは職場の皆さんの言うことをしっかり聞いて、仲良くしてください。
お父さんも、あなたのことを気にしています。わたしたちは、いつでもあなたの味方でいるからね。がんばれ、とうま!
おかあさんより 」
「かあ、さ……」
こんなの卑怯だろ、反則だろ。こっちはこれから仕事だってのに。ぽたぽたと目から水が垂れて止まらない。ティッシュを一枚取って、激しく鼻をかんだ。ああもう一枚じゃ足りねえ。ティッシュを連続で引き抜き、とめどなく溢れてくる涙と鼻水を拭いた。
「ひっ、うぇ、ぐ、おれ、がんばる、から……っ! おいしい野菜、送るからっ」
みっともなくえぐえぐ泣きながら、決意を固める俺。故郷と両親への想いがつのって感傷に浸っていると、突如部屋の扉がバーンと開けられた。
「おっせーんだよノロマ! こっちは今すぐ出発できるってのに、いつまでも待たせてんじゃねーぞウスノロ! デート前の女かよ!」
「うええ、ごめんなさい……那須くん彼女持ちなの?」
「ッせーな、今はンなこと関係ねーだろうが! 三秒で支度しやがれッ!」
那須くんは中指を突き立てて嵐のように俺の部屋から出ていき、大きな足音を立てて階段を下りていった。
慌てて俺も身支度を整え、勝負靴を履いて玄関から外に出た。すると朝食を作っていた九条さんが台所から出てきて、保温バッグを差し出してきた。
「天見くん、朝食用のおにぎりだ」
「あ、ありがとうございます!」
「健闘を祈る」
すっかり食事当番が板についている九条さんは、あたふた出かける俺をエプロン姿で見送った。うーん、その一言が嬉しい。健闘してきます!
那須くんに急かされながらトラックの助手席に飛び乗り、窓越しに赤根さんから持ち運び用のミニ金庫を預かった。
「ここに売上を保管してね。つり銭と昼飯代も入ってるから。あとブロッコリーとキャベツは鮮度落ちるの早いから、値下げでも何でもして売り切ってきて。できれば葉物野菜も」
「は、はい。じゃあいってきます」
「いってらー」
緊張感なく手を振る赤根さんを残して、俺たちは一路仙台へ向かった。
移動中、俺はこれから販売する野菜の一覧と個数、値段が書かれた用紙に目を通した。
「キャベツ三百円にブロッコリー二百五十円? 高くない?」
「仙台の金持ちにはそのくらいでも売れるんだよ。今日のやつは物もいいし、妥当だろ」
赤根農園はあくまで「美味しくて珍しい野菜を相応の価格で」という経営方針らしく、他の農家との安売り競争に参加する気はないようだ。いわばハーゲン○ッツ商法とでもいえようか。
運転席の那須くんは自然な動作で煙草を口に咥え、ライターを探していた。ここで俺が「煙草はだめだよお」なんて言い出したら、車外に投げ捨てられるにちがいない。幸いライターが見つからなかったので、那須くんは不服そうに喫煙を諦めた。
「このカーボロネロっていう野菜、何?」
「イタリア野菜。別名黒キャベツ。トスカーナ地方では肉と一緒に煮込み料理に使う」
「このパクチョイってやつは?」
「中国野菜。茎が白いチンゲンサイみたいなやつだ。あんかけとかの中華料理に使う」
那須くんすげえ。野菜博士。きっと販売するにあたって念入りに予習してきたんだろう。お客様に聞かれたとき、答えられないんじゃマイナス印象だからな。
「じゃあ、このヌッタラメッタラペッチョホフっていうのは?」
「アア? 頭おかしくなったのかよテメェ。冗談はツラだけにしとけ」
那須くんひでえ。でもこれが通常運転。暖房のきいた車内で、俺はジョークの通じない悲しさに包まれていた。
隣の不良くんとの会話は絶望的に盛り上がらないので、俺は知らない野菜の調理法をスマホで調べたり、値段を頭に叩き込んだりした。それにしてもネットの力はすごい、世の中には知らないことがまだまだたくさん転がっているものだ。
ふんふん、野菜は茹でるより蒸す方がおすすめなのか。え、大根の天ぷらなんてあるんだ。京都の人は風邪引いた時九条ねぎを焼いて首に巻く……マジ情報か、これ? 今度やってみよう。
スマホを見たり、おにぎりを食べたり、外の景色を眺めたりしている間にトラックは作並温泉を過ぎ、仙台市内に入っていた。あ、あのバスかっけえ。車体に描かれた政宗公のシルエットが超クールジャパン。牛タン食いてえ、ずんだ餅食いてえええ。
「すげー、人いっぱいいる……」
信号待ちする人の多さ、自転車人口の多さにも目を丸くした。東北生まれの人といえば『忍耐強くて保守的』みたいなステレオタイプに見られがちだが、赤根さんの意見では
「仙台はねえ、せっかちな人が多いよ。歩くの速くて、レジの行列とか待つのが苦手。あと、新しくて珍しいものが大好きなんだよ。東京では売れない新野菜も、なぜか仙台だと結構売れるんだよな」
だそうだ。仙台人の『伊達』な気質は、東北の中でも特別なものらしい。
東北一の大都会との誉れ高い仙台には、驚異の八車線道路が存在した。複雑怪奇な道路に臆することなく、那須くんは平然とギアを操作して目的地へ車を走らせる。分かった、次に流行るのは『マニュアル車を颯爽と乗りこなす系男子』だ。同い年の那須くんが頼もしすぎて震える。
やがてビルの間の狭い道に入り、その先のパーキングにトラックを停める那須くん。
「ここが一番料金が安い。覚えとけ」
庶民派な忠告に頷き、俺たちはトラックから降りて商品の搬入に取り掛かった。台車にコンテナを積み上げ、通行人の邪魔にならないようイベント会場であるムーンモール商店街へ運んで行く。那須くんは、道中に建っていたアジアンダイニングを指差した。
「あの店もよくうちの野菜買いにくんだよ。値引き交渉がしつけーけど、適当に相手しとけよ」
「は、はーい」
「あと隣のインド料理屋も買いにくるけど、日本語ができねーから金のやりとり気を付けろよ」
「はいっ」
業務連絡をしっかりと頭に入れ、歩を進めた。
陽光が差し込む巨大なアーケード街の中央には、「伊達味マーケット」のロゴが入った緑色のテントがずらりと並んでいた。すでに到着していた他の出店者がのぼりや看板を出している。八百屋に海産物屋に、珈琲パンお惣菜――犬用のおやつを並べているところまである。中々バラエティに富んで面白そうな市場だ。
やがて赤根農園のスペースに着くと、那須くんは隣の店に丁寧に挨拶した。
「お世話様です、赤根農園です。今日もよろしくお願いします」
「おはよー那須くん。はいビスコッティ」
隣はイタリア菓子を売るお洒落ショップだった。店先のポスターによると、仙台市内にある話題店が出張販売に来ているらしい。会話から察するに前のイベントでも隣同士だったようで、早速ゆるふわな店員のお姉さんからビスコッティなるお菓子をいただいた。
「ねえねえ、今日は黄色い人参ある? あれ前食べたらおいしくて、もう一度買いたいんだけどー」
「ああ、どうぞ。差し上げますよ。お菓子のお返しです」
那須くんはお姉さんと和やかに物々交換している。いいないいな、俺も都会の美女と話したいな。緊張しそうだけど。反対側に店開きしている文房具屋さんにも挨拶し終わった那須くんは、またもありがたいお知恵を授けて下さった。
「いいか、イベントに参加した時はこうやって他店の店員ともまめにコミュニケーションとっておけよ。顔見知りになれば、うちの野菜買ってもらえたりするからな」
頷きながらくちびるを噛みしめた。年齢も職業も違う人たちと交流して人脈を広げるなんて、少し前まで部屋にこもっていた俺には難易度が高すぎる。
でも、誰かの支えがあればできる気がした。まだ勇気が出ないけど、少しずつ変わっていきたいと思った。




