12. 秋のさつまいもは蜜の味
作業場に戻ると、すでに他の皆さんはパイプ椅子を出してお茶していた。火の点いたストーブの存在がとてつもなくありがたい。
「天見くん、お疲れ様。お茶っこ飲む?」
「あ……九条さん、ありがとうございます。宮城の人も、『お茶っこ』って言うんですね」
俺の叔父が岩手に住んでいて、その人も口癖のように「とうまくん、お茶っこ飲むっぺし~」と言っていた。そのことを話すと、「岩手と宮城の方言は似たようなものだからね」と苦笑された。
そういえば赤根さんは根っからの山形県民のはずなのに、全然訛っていない。疑問を口にすると、九条さんは底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「あいつ、高校生の時スーパーの青果部門でバイトしてたらしくてさ。そのとき山形弁丸出しで接客してたら、偉い人にノイローゼになるくらい叱られたんだって。部屋に閉じ込められて、標準語をマスターするまで出してもらえなかったみたいだよ」
「うわあ、かわいそげ……」
思わず新潟弁で同情してしまう。俺もそろそろ故郷の言葉が聞きたくて寂しくなってきた。駅のホームに聞きに行く、とか国語の教科書に書いてあったな。
九条さんが淹れてくれたルイボスティーとかいう薬草茶に息を吹きかけ、温かいコップを両手で包みこんで暖を取った。
「蒸かし芋もあるから食べな。いいよね、こういう無添加のおやつって」
自然派の九条さんにすすめられたので、俺は作業テーブルにのっていた菓子鉢から蒸かしたサツマイモをひとつ手に取った。
「あっち! はっ、あついですね!」
蒸し上がったばかりなのだろうか。激熱のサツマイモを割ると、もうもうと湯気がたった。輝くばかりの黄金色の断面からは、蜜がしたたり落ちそうなほど濃厚な香りがする。
よーく息を吹きかけて、一かけら口に入れた。舌の上で、熱いイモが甘くとろける。官能的といえるほどねっとりとした舌触りだ。ひたすら口の中が幸せで、これはもう一級品のスイーツと名乗るべきなのではないかと感じた。
「ほふ、う、うまい……」
「そうだろ、うまいだろ。こんなにいいイモは、大学芋やスイートポテトにするにはもったいないね。調味料を足さずに、火を入れただけでこんなに美味しいんだから」
九条さんも自慢の我が子を紹介するような口ぶりだ。
たしかに、素材そのものの味がとほうもなく美味い。脳から無限に幸福物質があふれ出てくる。毎日おやつの時間によろこんで食べたいくらいだ。
「おれはスナック菓子とか、カロリー糖分マシマシの菓子パンとか食べたいけどなあ」
空気の読めない茶々を入れる赤根さんを、九条さんがキッと睨みつけた。
「これだから最近の若いやつは……どうせ、味噌汁だって顆粒だしを使ったものしか飲んだことがないんだろう? そうやって化学調味料や保存料まみれのミイラになるといいさ」
「うるせーな、化学調味料でメシ食ってる人たちに謝れや! このロハス野郎! テメーみてーな押し付けがましい意識高い系は一人で山奥にでも籠もってろよ!」
九条さんの苦言にも屈さず、赤根さんはむきになって過激な暴言をぶつけていった。怒りのオーラで室内気温が急激に上昇していく。どうもこの二人は犬猿の仲というか、喧嘩するほど何とやらというか、相性がいいのか悪いのかさっぱり分からない。
わずかな会話の切れ目を狙って、それまで所在なさげにしていた那須くんが申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、すみません赤根さん。言い辛いんすけど、今日東京から姉ちゃんが帰って来るんで、早めに上がらせてもらえたらなあと……」
「おいおい何言ってんだよ那須くん。君の分の布団とパジャマはもう用意してあるんだぜ? なあ芹沢、今夜は奮発して刺身買ってこようぜ。皆でパーティだパーティ」
「お、オレ魚食えないんすけど……」
横暴な次期社長相手に、珍しく泣きそうな顔になっている那須くん。早引けも許されない上に職場にお泊まりだなんて、かわいそうに。これに生魚まで加わったら那須くんのライフが尽きてしまうだろう。助け舟を出すように芹沢さんが立ち上がった。
「魚は駄目だ。肉を買ってこよう。那須、お前は焼肉としゃぶしゃぶのどっちがいいんだ」
「え、や、だからオレ……もう、分かりました。はい、泊まります」
本日の食事当番・芹沢シェフからの問いかけに戸惑っていた那須くんだったが、最終的には先輩二人からのごり押し圧力に屈してうなだれた。
か、かわいそうに。お姉さんも交えた久々の家族団らんの夢が粉々に打ち砕かれ、先輩たちからおもちゃにされる悪夢のような未来が確定してしまった。これ以上の悲劇があるだろうか。さすがに俺も涙を禁じ得ない。
「よっしゃ決まりー。天見くん、那須と相部屋ね。君んとこに二段ベッドあったろ」
「へっ、うぇ!? そういうことだったら俺、野宿します!」
「はあ? てめぇオレと一緒の部屋で寝んのがそんなに嫌かよ!」
椅子を蹴り飛ばして立ち上がった怒れる那須くんにとっ捕まって、俺は強烈なチョークスリーパーを食らった。痛みより先に、なぜか嬉しさを感じてしまった俺は頭がおかしいのだろうか。
学生時代はこんな男子校的なお喋りやプロレス技とは無縁のぼっちライフを送っていたから、なんだか今が無性に楽しくて仕方がない。
俺がにへにへ笑っていることに気付いて、那須くんは気味悪そうに俺を解放した。さっきのお返しに那須くんの腕をばしばし叩く。
「あはは、うそうそ。今夜はお互いに腹を割って話そうよ那須くん!」
「う、うっせーな。何なんだよ気持ち悪ィ」
那須くんは俺を振り払うように突き飛ばし、足早に作業場から出て行った。休憩を切り上げて、残っている仕事を片付けに行ったのだろう。
「ふっふっふ、話がまとまったところでもう一仕事といくか。芹沢は昼飯の支度な。俺は九条とキャベツ採りに行ってくるから、天見くんは大根洗いよろしくー」
赤根さんの号令によって皆は各自の仕事に戻り、俺は作業場の外に出て泥付き大根を洗うことになった。
雪がしんしんと降っているため、水が一段と冷たく感じられる。これも十二時までの辛抱だ。俺は桶に水を溜め、再び大根洗いマシーン・マークⅡと化してやけくそ気味に泥だらけの大根を洗い続けた。
十二時の昼食休憩。茶の間に集まって、五人そろって野菜炒めがどっさりのった味噌ラーメンをすすった。デザートの柿をつまみながら昼のニュースを眺め、しばしのリラックスタイム。
「東京は五十四年ぶりの寒波だってよ。明日は雪降らなきゃいいんだけどな」
赤根さんは気が気でない様子でチャンネルを変えまくり、テレビ画面に見入っていた。
山形でも十一月に本格的に雪が降るのはまあまあ珍しいことらしく、お天気お姉さんは厚手のモッズコートと耳当てをつけて、雪模様の中継をしている。
雪が降って気温が低下すれば外出する人も減るわけで、わざわざ伊達味マーケットに足を運ぶ人も少なくなるだろう。一応明日の天気は曇りとなっているが、どうなることやら。
うだうだしている内に連続テレビ小説の再放送を見終わり、赤根さんが腰を上げた。
「よし、さっさと残りの収穫終わらせるぞ。おれはネギ採ってくるから、天見くんはパセリとスティックセニョール頼んだ。芹沢は人参収穫、後の二人は採ってきた野菜の選別な」
「サボイとケールはどうする? 仙台でよく売れるぞ」
「お、忘れてた! じゃあ芹沢ついでに採って来て。あと追加で紫白菜も」
赤根さんにこれだけ仕事を言いつけられても文句一つ言わない芹沢さんは、聖人か超人のどちらかだ。
俺は慌ただしく食器の片付けを手伝い、先ほど言い付けられた二つの野菜について赤根さんに尋ねに行こうとした。
「天見くん待ちなさい。野菜収穫のマニュアルならすでに作ってある」
持って行きなさい、と全てを察した様子の九条さんからありがたい冊子を授けられた。
この人はRPGで始まりの村にいる、説明役の兵士か何かなんだろうか。魔物との戦い方や文章をスキップする方法も、自然な流れで教えてくれそうな気がする。
「ダッシュするにはどのボタンを押せばいいんですか?」
「君は何を言っているんだ? 精神的にまいっているのなら、僕が代わってあげてもいいんだぞ」
我慢できずにふざけた質問をすると、えらく心配された。反省した俺は「何でもないです」とダッシュでその場から逃げ出し、下足置き場で長靴に履き替えた。
パセリとスティックセニョールの畑は、赤根家の裏手にあるという。俺はマニュアルに書いてあった通り収穫用のハサミとコンテナ二つを持参し、まずはパセリ畑を目指した。
黒マルチに空けられた穴から、パセリがわっさりと盛り上がった姿で生えている。
細い茎の部分をハサミでばしばしとテンポよく切り、コンテナに収めていった。とにかくパセリ臭がすごいが、香味野菜が大大大好きな俺としてはむしろご褒美だ。
ここで俺のおすすめのパセリ料理を披露しよう。
コンソメ味の洋風炊き込みご飯を作って、そこにコーンとバターとパセリをふんだんに混ぜ込むと抜群に美味い。
新鮮なパセリを使ったタルタルソースなんかをこしらえても、間違いなく美味いだろう。揚げたてのエビフライや白身フライにたっぷりと……これでもかと……想像しただけでお腹が空きそうだ。
雪がこんこんと降る中大量のパセリを採り終えた俺は、後回しにしていた謎の野菜『スティックセニョール』の畑に向かった。聞いたことも無いが、見たことも無い。しかし、実物を見てみると「なるほど~」と変な声が出た。
「そっか、ひょろ長いブロッコリーか……アスパラみたいに、茎を食べるんだな」
ひょろりと細く伸びた茎の先に、小さいブロッコリーの頭部がお飾りのようにちょこんとついている。ハサミは使わずに、茶摘みのごとく手でへし折って収穫すると効率がいいらしい。
吹雪にさらされて感覚が鈍りかけたが、俺はなるべく長さをそろえ、スティックセニョール収穫マシーンと化して無心で採り続けた。




