レポート2-13 百合姫レポート
「ごめん百合姫、身体置いてきちゃった」
見慣れない身体で慌てて帰ってきたかえるさんがそう言って私に土下座せんばかりの謝罪をしてくる。
「まあ、それは別にいいですけれど何があったんです?」
「いい?よかった!いやー、入れ替えのせいでりらちゃんに気づくのが遅れちゃって正体がバレて捕まりかけてさ、慌てて瑞葵くんと入れ替わって逃げてきたんだよ」
「・・・え、ちょっとまって。じゃあ今私の身体って緋奈のお兄ちゃんがはいってるんですか?」
「うん、そうだけど」
「今すぐ取り返してこい!」
「え・・・いや、ほら私って単体だとそんなに強くないしさ。多分緋奈ちゃんは直接的な戦闘はしてくれないだろうし」
「はぁっ・・・とにかく、一旦身体返しますから、お兄さん入れるならせめて自分の身体にしてください」
「ええ、やだよ。相手は男子高校生だよ!?よしんばうまく入れ替われて逃げられたとして、目の届かないところで私の身体に何されるかわからないじゃん!」
「私の身体は今まさにそういう状況なんですよ!いいから行く!」
「は、はい!・・・もぉっ!主犯も共犯もみんな要求と言い方が厳しすぎるよぉ」
「私は共犯じゃないですからね!あくまで傍観者です!」
「はいはい、そうでしたね。じゃあ行ってくるから身体返してね。あー、下っ端は辛いなあ!」
そう、今回お兄さんたちに仕掛けた一連の事件の黒幕はかえるさんではない。
主犯は我が親友相馬緋奈。共犯は邑田あかりさんと甲斐田真白さんだ。
◆
「お願い、三音姉。お兄ちゃんが変な女に騙されてないか確認したいから手伝って。っていうか多分騙されてるから、パーティの女たちの本性を知らしめて目を覚まさせたいの!」
「えっと、高校に入って普通に正徒会にはいったってだけでしょ?そんなに心配することかな?」
「心配する必要あるんだって!だってあの、今まで女っ気のなかったお兄ちゃんが頭の上に胸を載せられたり、美人の先輩に腕組まれたり、それだけでは飽き足らずそんな三人を不機嫌そうにみてたりする他校の女子とまで侍らした写真を送ってくるようになっちゃったんだよ?!あの今まで女っ気がなかったお兄ちゃんが!」
いや、その女っ気がなかったっていう原因は緋奈が・・・いや、言うまい。
「そうはいうけど瑞葵くんもお年頃なわけだし男女交際の一つや二つ・・・」
GW開始直前のある日、緋奈ちゃんのお願いにそう言って苦笑いを浮かべながら拒否の構えを見せたかえるさんに共犯二人が畳み掛ける。
「昔、パーティメンバーを助けに行くの手伝ったよねその分の恩返しがまだだったような・・・」
「そういえばついこの間もサボっていたわねぇ、少しバイトの単価削ったほうがいいのかしら・・・」
「う・・・いや、でもそれとこれとは関係ないじゃないですか。というか、お二人は完全におもしろ半分ですよね!?」
「それが」
「なにか?」
「いえ、何でもないです・・・緋奈ちゃんも本当にいいの?多分この計画がバレたらお兄ちゃんから叱られると思うよ?」
こうなった真白さんとあかりさんには何を言っても無駄だと悟ったらしいかえるさんが緋奈の説得に切り替えたようで、改めて緋奈にそう聞くが、緋奈はそんなかえるさんの気持ちなどどこ吹く風といったように、ドヤ顔で鼻息荒く答える。
「最近あんまり叱ってくれなくなって寂しかったから大丈夫です!!」
いや、何が大丈夫なのだ我が親友よ。
そしてそんな目でこっちをみないでください三音さん。私にそのブラコンを止められるわけないじゃないですか。
「と、いうわけで全員適当に入れ替えちゃってください」
「いや、緋奈ちゃんも知っての通りどっちみち適当になっちゃうからね」
かえるさんの人格入れ替えの魔法は例えば『誰かと自分』とか『誰かと誰か』という感じで入れ替える分には全く問題がないのだけれど『この部屋で入れ替え』みたいな魔法の行使をするとその入れ替わりはランダムになってしまうのだ。
そしてこの入れ替え魔法は実は甲斐田屋の名物カリキュラムになっていて、本来はパーティー内のお互いの役割や大変さを理解するために使われる魔法だ。で、こういう特殊な魔法で名前が売れると他所スカウトだけでなく犯罪やらなんやらに巻き込まれる可能性があるために九十九三音さんが名乗っている芸名が鳥越かえるというわけだ。
「じゃあストーリーはこういう感じで・・・」
すぐに若い頃(と言っても500年も前の話だと思うんだけど)色々と本を書いていたらしい真白さんがかえるさんがいじめを受けて以来ちょっと性格が曲がってしまったという、かえるさんはいますぐ怒り出してもいいような内容のストーリーを仕上げてくる。
ちなみに、かえるさんというか、三音さんは別にいじめられてないし、多少の喧嘩はあったものの、その後は円満に卒業までパーティを組んでいたので、パーティメンバーのみなさんも怒っていいと思う。
というか、いくら親友と宿泊客の身内相手とはいえ宿泊客の情報を漏らしてしまって真白さんは社長に怒られないの?大丈夫?
「じゃあ私はみつきを誘って彼らの前で不穏な感じの種を蒔いたりストーリーがうまく進むように陰ながらフォローするよ」
「あ、みつきちゃんを巻き込むのはいいけど、絶対ボロ出すから計画を話しちゃだめよ?」
「もちろん」
酷い親友達だ。私は会ったことないけど、件のみつきさんには同情しかない。
◆
一応計画からは一線を引くということを宣言して待機していた甲斐田屋の2番タワーの客室で、私は突然緋奈に抱きつかれた。
「やばいの、百合姫助けて」
「な、なんなのよ一体」
「お兄ちゃんが思ったよりパーティメンバーとうまくやってんの。まあ、あのぼたんさんは昔の因縁もあるからしかたないみたいなところはあるけど、それ以外の女子4人とも結構うまくやってるっぽいんだよね。チラっとりらにも聞いてみたけど、りらからの評判も上々だし」
「・・・・・・いいことなんじゃないの?」
今いる2階くらいまではそこまで危険がないとはいえ、この先を攻略していくなら命を預け合う仲間たちなのだからパーティメンバーとうまくいくに越したことはない。
「レベル上げして、この先も潜る気なんでしょ?お兄さん達」
「そうなんだけど、それはそれとしてお兄ちゃんに対するフラグは折っておきたい」
「・・・・・・」
「ねーぇー、協力してよー、また勉強教えてあげるからさー」
緋奈は学年屈指の成績ではあるけれど、私も別に勉強を教えて貰う必要があるほど成績が悪いわけではなかったりする。
なかったりするが、一緒に勉強しようという話になると、緋奈は私の部屋に来る。お兄ちゃんがいると本音が話せないからと、共働きで両親の帰りが遅く兄弟姉妹のいない私の部屋にやってくるのだ。
正直滾る。
勉強に区切りがつくと『一休み~』と言って私のベッドでゴロゴロ転がりいい香りをこすりつけて行く緋奈。
なんだったら無防備にそのままウトウトし始めてしまう緋奈。
そして不用心にも飲み終わったカップをそのまま、いやなんだったら中身も少し残していく緋奈。
緋奈、緋奈、緋奈、ああ、そういう私の気持ちに対して自覚のないところがたまらなく愛しいよ、緋奈。
「どうしたの?大丈夫?百合姫」
「え?ああ、うん。大丈夫。それで私は何をすればいいの?」
「お兄ちゃんを誘惑してよ。そんでだらしない感じのところをパーティーの女どもにみせつけてやるの」
緋奈はそれでいいのか。もしよしんばその作戦がうまくいったとして、お兄さんのパーティメンバーから見た緋奈は『妹の友達に鼻の下を伸ばす兄を持つ妹』になるけど、本当にいいのか。
というか、それ以前に私の誘惑になんてひっかからないだろあの人。いつもかわいい緋奈が側にいるのにそういう気を起こさないような人だぞ?
「でもさ、そもそも私なんかが誘惑しようとしても無理なんじゃない?」
「大丈夫、多分百合姫はお兄ちゃんの好みドストライクだから」
「そうなの?」
「うん!百合姫だったらいけるし、そのままこの先うまく行っても許してあげる。ううん、許してあげるっていうか、理想的じゃない?百合姫が私のお義姉ちゃんになるの」
お兄さんとの結婚はともかく、緋奈からお姉様と呼ばれるのはやぶさかではない。
義姉と義妹ならいつも一緒にお風呂に入ってたって問題ないし、同じ家に住んでいたって問題ない。寝起きの緋奈もおねむの緋奈も、おはようからおやすみまで一緒にいたって問題なくなるのだ。
「私、お兄ちゃんと百合姫の子供ならめっちゃ愛する自信ある」
ああそうか。義姉妹には憧れるが、その道中にはそういう行為があるのか。
でもどうせなら緋奈としたいな。緋奈との子供がほしいな。
「緋奈が産んでくれたほうが、私はうれしいかな」
思わずぽつりとつぶやいてしまった本音に私は慌てて口をつぐむが、緋奈の顔がみるみる赤くなっていく。
ああ、ついに私の気持ちがバレてしまった。これで緋奈との関係が終わってしまう。
自分の顔から血の気が引くのを感じた。
しかし、緋奈の口からでたのは私の理外の言葉だった。
「えー、お兄ちゃんと百合姫が結婚して私がお兄ちゃんの子を産むとか流石にインモラルすぎない?」
よかった。緋奈が勉強だけできるアホの子で。




